九龍懐古

カロン

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有害無益

死魚眼とチャイナブルー

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有害無益5




 
数刻もしないうち入口にカムラアズマの姿、2人はライトがあまり当たらない位置にある暗がりのスツールへ。カムラはどこからか持って来たらしいニット帽を目深にかぶっている、変装なのだろうか。服と相まってフォルムが雪だるまみたいになっており、思わず吹き出した燈瑩トウエイを女性がキョトンと見上げた。何でもないと言い口元に手をやる燈瑩トウエイへ詰め寄る女性。嘘だぁ絶対なにかある、なにもないよ、教えてよぉ、などとはじまる押し問答───否。イチャイチャ。



カムラはそれを死んだ魚の様な目で見ていた。



「なんなんアレ…」
「え?マオの店の従業員のダチだろ」
「ちゃうんよアズマ。そうやないんよ」
「煙草いる?俺、飲み物とってくるわ」

アズマが勧めた煙草を、全くというわけではないが滅多に吸わないカムラが珍しく頂戴。緊張しているのかヤサグレているのか。
カウンターに向かいカクテルをオーダーするアズマ、そこへタイミングを合わせおかわりを取りに来た燈瑩トウエイ。特に会話は交わさず、燈瑩トウエイは薬の入った小袋をアズマへと滑らせた。それを受け取り、アズマはカクテルを手にカムラの元へ戻ると早速中身を確かめる。

「…こいつじゃねぇな」

似ているが別物。作りが粗い。多分あの女、もう1種類隠してる。しばらくして、女性がトイレに立った合間に燈瑩トウエイが首尾を訊きに来た。

「お疲れ様。当たり?じゃなさそうだね」
「ご明察。けどあいつ他のも持ってるだろ?燈瑩おまえどうにかしてってきてよ」
「んー…やってみるけど…」

アズマの言葉に、燈瑩トウエイは方法を考える仕草。袋ごと貰ったばっかりだからなぁと呟く。

中毒者ジャンキーがフェイクで満足するのは土台無理であろう、そのうち本物をキメるはず。前菜の後のメインディッシュといったところ。待っていればいずれ料理はサーブされる、それが山茶花カメリアかどうか確かめたら次のステップ。

トイレから出てくる女性を視界に認め、アズマカムラのテーブルから離れる燈瑩トウエイ主菜メインの提供時間としてはそろそろ頃合い、彼女の動きを注視する。

この、物を食べる際に1度唇にくわえる癖がある…狙うならそこだな…。どうでもいい会話を上手い具合に弾ませつつ燈瑩トウエイは女性の手元を探った。いくらか経つとその指がショルダーバッグの内側に伸び、中のポケットから新手の小袋が出てくる。酒と薬でフワフワしているのか彼女は警戒する様子は見せていない。

あれか?山茶花カメリア。声を掛けるか?いや、意識をこちらに向けさせず無防備にさせておこう。飲み込む直前の一瞬でるのがベスト。さりげなく手に入れる方法は───…

女性がパクッと錠剤を口にくわえたのを見計らって、燈瑩トウエイは彼女を壁際に寄せると鼻先をくっつけた。

「俺それが欲しいな」

言って、唇から唇で薬を奪う。一度身体を抱き寄せ死角で袖へとドラッグを落としてまた視線を合わせると、もう、と可愛らしく頬を膨らませた女性に甘ったるく睨まれた。ごめんねと微笑みその目元にキスする燈瑩トウエイ

いやいやいや何なんそのり方───…?目を点にして見ていたカムラは煙草が燃え尽きかけていることに気が付かず、重力に抗いきれなくなった灰は全て手元のチャイナブルーに吸い込まれていった。

ドリンク奢るから許して、何がいい?と彼女にリクエストを聞くと燈瑩トウエイは再びバーカウンターへ。途中でアズマカムラの居るテーブルにさり気なくてのひらを置き、ドラッグをパス。アズマが錠剤を調べる。

「多分これだ、本物」

頷くアズマに、誰からうてるんやろとカムラアズマは店内を観察し人々の動きをチェックした。
プッシャーにはプッシャーが判別出来わかる。動き方、話しかけ方、傍にいる人間。本物こっちを取り扱っているのは────…

「あのDJっぽい」

アズマはステージの奥に立つ人物を顎で示す。

ブースの後ろで静かに音響を操作している男。一見いっけんどこにでもいそうなうだつのあがらない印象、しかし売人というものは派手では務めるのが難しい。消された・・・・先日のアイツが好例、あんなに金がかかった装飾品ばかりつけてたから…まぁ関係ないことだが。

DJをして燈瑩トウエイに目線を投げるアズマ。察した燈瑩トウエイは、俺2個目の薬気に入っちゃった、誰から買ったか教えてと女性へ耳打ち。答えるのをいささか躊躇う彼女に、そこのDJの人でしょ?と笑い、肩に腕を回す。どうしてわかったのと驚く女性をのらりくらりかわアズマにハンドサイン。アズマも反応を返した。

「んー…でもなんかアイツ、胴元って雰囲気無いんだよな。もうちょい先まで行かないと駄目なんじゃね?」

カクテルを舐めながらDJを目で追うアズマが唸った。

「もっと上の奴が薬運んできとるっちゅうこと?ほんでDJにさばかせとる?」

カムラの推測に、だいたいそんなとこじゃんとアズマ。となると‘もうちょい先’を捕まえたいが───それが誰なのか明確になっていない。

「俺、聞いてこようか」
「えっ!?どしたん!?」
「そんかわり、お前らマオにもう1000香港ドルまけるように頼んでよ」
「あ…そゆこと…」

スツールから颯爽と身体を浮かせたアズマカムラは眉根を寄せるも、続く台詞を耳にし納得。ドラッグ関係のイザコザには割と積極的なアズマだが、それでも大抵、イツキの影にコソッと隠れて──体格的にはめちゃくちゃハミ出てるけど──いることが多い。今日は莫迦ばかにヤル気だと思ったら、ツケの減額を狙っての行動か。

トイレの方向へ歩いていくDJに歩調を合わせるアズマ、その背中をカムラは見送る。

手持ち無沙汰になったカムラがカクテルを啜ろうとグラスを傾けると、表面がタバコの灰で綺麗に覆われていた。せや…さっき燈瑩トウエイさん見とって落としたんやったっけ…。酒も無く連れも無い、いよいよすることがなくなったカムラはスンとした表情をうかべ、プーさんの名の如くポヤンとスツールに座り続けた。
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