九龍懐古

カロン

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倶会一処

憧憬と定離・後

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倶会一処20






弾丸が貫いたのはシュウだった。

イツキが咄嗟に抱き止めた背──だけではなく胸や、口元も──から血が流れ出して、互いの服を鮮やかな朱色に変える。

再び発砲音がしイツキはそちらに顔を向けた。倒れ込むマフィア達と銃を構えている燈瑩トウエイ。離れた場所にタクミの姿もある。
燈瑩トウエイは一瞬イツキへと目線を寄越して、眉間にしわを寄せ小さく舌打ちをした。恐らく間に合わなかったことに対する自責の念からだろう。イツキは軽く首を横に振った。
燈瑩トウエイのせいじゃない、俺のせいだ。俺が注意を怠ったから。周りを見ていなかったから。集中力を切らしたから。俺が────…

シュウイツキのシャツの裾を引く。震える指。

「っ、シュウ…」

名前を呼ぶ自分の声が上擦っているのがわかった。戸惑い、いやそれより、もう理解してしまっているからだ。助ける事は難しいと。傷の具合、出血の状況…手遅れ・・・。悲観的な単語がイツキの頭を占めていく。
どうしてだ?今、ようやくわかりかけたのに。シュウの手を掴みかけたのに。どうにかならないのか?どうにか、どうにか───…

「お兄ちゃん」

薄く掠れた呟き。イツキは何かを伝えようとするシュウの口元を注視した。聞き取れないほどに弱々しく、やっとの思いで紡がれたのは。

「僕…」




───ただ、認めて欲しかっただけなのに。




認めてもらえなかった。産まれたときから、誰にも。裏路地で独り過ごし。月が昇る度に次の朝日を拝めるのかもわからず。家族を、世の中を、全てを憎み。どんな手段を使ってでものし上がってやると誓って、何もかもを踏み台にして…そうして証明してきた。力をつけ富を築き皆を畏怖させ。自分をあざけり笑ってきた連中に。自分を捨てた【黑龍】に。居場所が無かったこの世界に、自分を───認めさせる。それだけが存在意義だった。
だからイツキねたんだ。持っていた癖に放り出した、そして放り出した癖になお手にしている。腹が立った。腹が立って腹が立って────


少し、憧れた。


けれど…シュウだって手にしていたはずだ。考えつつイツキシュウの唇の血を指で拭う。
これまで過ごしてきた日々の中で。造り上げてきた物の中で。ロクのこともそうだ。シュウわずらわしく思い斬り捨ててきた数多あまたの中に、かけがえのないモノはきっとあった。
しかし、それを言ったところで現状はもはやどうしようもなく。今更シュウいさめたとて仕方がない。もっと早くにするべきだったのだ、もっと気付いてもっと向き合って、もっと。

イツキは目を細め、シュウの瞳を見つめた。掛けるべき言葉。シュウに伝えられる言葉。善や悪や、白や黒や、正しいか間違いかなど、九龍ここでは誰にも決められない。でも────



「俺は…………認めてたよ。ずっと」



はじめから。



シュウ、すごいね’。初めて会った日のセリフ。褒めた気持ちには嘘も偽りも無かった、本当に思った。逆境を物ともせず前を向く姿勢。計算高く賢く、クレバーなところ。自分には出来ないと口にしたイツキシュウは世辞だと感じて聞き流したかも知れないが、本当に、そう思ったのだ。


シュウが瞼を見開き、目尻を下げ、涙ぐむ双眸でかすかにんだ。んで────



袖を引いていた手が静かに地面に落ちる。



その拍子に、シュウのポケットから四角い小箱が転がった。少し潰れたパッケージ。


ロクの煙草。


どうして持っていたのかなんて、考えるまでもなかった。イツキシュウを抱き寄せ肩口に顔を埋める。温かい。

「…シュウ

そっと髪を撫でて頬を寄せる。まだ温かい。温かい、のに。




段々と白くなり重さを失っていく身体。



喧騒がみ夜が静けさを取り戻しても───イツキシュウを両手に抱いたまま、いつまでも、そこにうずくまっていた。
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