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第95話 ユリアと街ぶら
しおりを挟む翌日、街に行くことをみんなに話すと、その理由を尋ねられた。
付与魔法を覚えたので、能力を付与するための装飾品――
特に、ミスリルかオリハルコン製のものを買いたいと説明したのだが、師匠はあきれ顔でため息をついた。
「ケンよ。お主は少し常識が足りんのう。
この世界でミスリルは、とても高価で貴重な金属じゃ。
ましてや“神の石”と呼ばれるオリハルコンなど、言うまでもない」
「それじゃあ、街に行っても買えないってことですか?」
「ミスリルなら、運が良ければ買えるじゃろう。
もっとも、どれほどの金額になるかは見当もつかんがな」
(マジか……どうするか……)
「でも、買えるかもしれないんですよね?」
「ああ、北にあるドワーフの国――ドルランでなら、手に入る可能性はある。
あそこは鉱脈が多く、昔はそれなりに採れたのじゃが……今はあまり良い状態ではないらしいぞ」
「行っても無駄足になるかもしれないのですね?」
「まあ、ケンなら影で移動できるじゃろうし、散歩ついでに街の様子を見て常識を学んだ方が良かろう」
「なら、明日行ってみます」
(ユリアと約束したしね)
「でも、なかったり、高価だったりしたら、人数分は買えないか……」
「ふむ……それは致し方あるまい。
わしは、そろそろエルフの里に戻り、祭りの準備をせねばならん。
そこで、この場にララとルルを残していこうと思う。
二人もここで友を得たようじゃし、きっと役に立つこともあろう。頼むぞ、ケンよ。」
ララとルルに本当にいいのかと確認しようかと思ったが、二人はすでに居座る気満々で、カナドの作った料理を美味しそうに頬張っていた。
そして翌朝、師匠は転移魔法を発動させ、エルフの里へと戻っていった。
◆
「まだ少し寒いか?」
「大丈夫です。羽織れる服も持ってきてますから」
ユリアと二人きりで、北にあるドワーフの国――ドルランへ来ていた。
この街の第一印象は――くすんだ赤。
レンガ造りの家々が整然と建ち並び、街全体がその色に染まっている。
行き交う人々の多くはドワーフだが、人族や獣人の姿も見える。
さらに、仕入れのために訪れた商人たちも多く、街は思いのほか活気づいていた。
本当は、みんなで行くつもりだったのだが、なぜかそれぞれ用事があると言われ、結局ユリアと二人で出かけることになった。
「こうしてユリアと二人きりなのは、初めてだな」
「はい、今日はよろしくお願いします」
そんなに畏まらなくてもいいのにな……。
「みんな、都合が悪くて残念だったな」
「えっ、そ、そうですね。でも……私は、ケンさまと二人きりの方が……嬉しい、というか……その……ごにょ、ごにょ……」
最後の方は聞き取れなかったが、楽しそうにしているなら問題ない。
『鈍感系主人公って、見ていると腹が立ちますね』
エイシスがぼそりと呟いたが、気にしても仕方がない。
俺だって、ユリアが俺に好意を向けてくれていることくらい、わかっている。
けれど――まだ彼女は幼い。
これから先、いろんな経験をして、たくさんの人と出会うだろう。
その中で、本当に好きになる誰かが現れるかもしれない。
だから、今はただ――その未来を邪魔したくないだけだ。
「お、あそこの露店からいい匂いがするな。この地の名産かもしれない。食べてみようか?」
「はい。お任せします」
ユリアを連れて露店の前に行くと――
炭火の上で焼かれていたのは、どう見てもカエルだった。
「これは……」
「お、兄ちゃん、知らねえのか? “フロッグの姿焼き”ってやつだ。この辺りじゃ子どもでも知ってる名物だぜ。ま、とにかく食べてみな。今日はおまけしとくよ」
親指ほどの大きさのカエルが三匹、一本の串に刺さっている。
亭主は笑顔でそれを、俺とユリアに一本ずつ手渡してくれた。
「わぁ、美味しいです! 鳥さんのお肉みたい!」
ユリアは早速ひと口食べて、目を輝かせた。
なら、俺も……
「……うまいっ!」
味はまさしく鶏肉そのもの。
見た目は少々グロテスクだが、生臭い匂いもないし、むしろ香ばしい。それに、塩味がクセになる。
「これが酒に合うんだぜ。あんたらはまだ飲めねえだろうが、こいつで一杯やると、一日の疲れが吹っ飛ぶんだ」
確かに、酒の肴にちょうど良さそうだ。
そういえば、ペロもよくカエルを食べていたっけ……
「親父さん、これを十本ください」
「おう、毎度あり! 一本、銅貨五枚だよ!」
銀貨五枚を渡して、串焼きを受け取った。
焼きたての香ばしい匂いが、鼻をくすぐる。
それから、二人で目につく店に入っては、買い物をした。
ここでは、岩塩が一般的らしくそれも買っておく。
「なんか、食べ物屋ばっかり回ってるな。飽きないか?」
「珍しいものが多いので、飽きることはありません。それに、ゴンタロウお爺さんにお酒を頼まれました。買って帰らないとがっかりしそうです」
なるほど。自分が飲まない――というか、ユリアの年齢ではまだ飲めないから、お酒のことは後回しになっていたな。
「じゃあ、酒屋に行ってみるか」
「はい、行きましょう」
道行く人に尋ねて教えてもらった店は、こぢんまりしているが、外からでも樽や瓶が並ぶのが見えた。
中に入ると、さまざまな酒の香りが混ざり合い、ほんのり鼻をくすぐる。
「いらっしゃい! 坊主たちは旅人か? ここらじゃ見ねぇ顔だな」
カウンターの向こうにいたのは、典型的なドワーフの店主だ。
丸太のような腕でグラスを磨きながら、にやりと笑っている。
「ええ、お酒を一通りください」
「おう、ありがとよ。で、“一通り”ってどのくらいだ?」
エルフの祭りもあるし、多めに買っておきたい。
「まずはエールを樽で。それからワインと……酒精の強いやつもあればお願いします」
「へぇ、景気がいいな。だが、こんなに運べるのか? 荷車でもなきゃ無理だぞ」
――しまった。カナドに貸してる魔法鞄を持ってくればよかった。
ストレージを使うのは、あまり人前では避けたいんだが……
「大丈夫です。わたし、アイテムボックスがありますから」
俺が答えるより先に、ユリアがさらりと言ってしまった。
「ほう! 嬢ちゃん、アイテムボックス持ちか。そりゃすげぇな! よし、今用意してくるから待ってな!」
そう言って店主は奥へと引っ込んでいった。
……この世界でアイテムボックスは、かなり貴重な能力だ。
悪人に目をつけられれば、狙われる可能性だってある。
「ユリア、すまない。俺が判断を迷ったせいで……」
「大丈夫です。アイテムボックスのギフトを持ってる人はそれなりにいますし、そんなに危険ではないと思います」
小さな彼女に気を使われてしまった。なんとも情けない話だ。
『マスター。ユリアもマスターと同じ修行を積んでいます。見た目は子供でも、精神年齢は二十歳と同じですよ』
(あ、そうだった……)
エイシスに言われて思い出す。
それでも、やっぱり子どもの姿をしたユリアに任せきりは気が引ける。
「次からは俺が収納するから、ユリアはできるだけ能力を隠しておけ」
「わかりました。気をつけますね」
やがて、店主が酒樽と瓶を運んできた。
ユリアがそれを手際よくアイテムボックスに収め、俺は大銀貨を数枚取り出して代金を払った。
そして、店主に貴金属を扱っている店を尋ねると、愛想よく場所を教えてくれた。
教えてもらった貴金属店に足を運ぶ。
「すみません、ミスリルってありますか?」
ドワーフの店員の女性が、少し申し訳なさそうに答えた。
「うちの店では扱ってませんね。今はどこの店もミスリルは手に入らないと思いますよ。鉱脈が掘り尽くされてしまったので」
「そうですか……。ここにある金属は鉄ですか?」
「いいえ、魔鉱石ですね。魔力を含んだ鉱石で、ミスリルよりは安価ですが、それでも値は張りますよ」
横を見ると、ユリアが魔鉱石で作られた装飾品を眺めていた。
その中でも、青く輝く宝石をあしらった髪飾りをじっと見つめている。
「それが気に入ったのか?」
「そ、そういうわけではないのですが……とても綺麗だったので」
気に入っているのは間違いなさそうだ。
「これは、とても繊細な細工ですね」
「ああ、その髪飾りですか? 有名な鍛冶師の作品ですよ。昔はオリハルコンも扱ったことがあるそうです。
でも今は……まあ、色々とあって、鍛冶の仕事をほとんどしていないみたいですね」
何か事情がありそうだ。
「そうなんですね。では、これをください。それと、その職人の方の居場所を教えてもらえますか?」
髪飾りを購入し、ユリアにプレゼントする。
ユリアは頬を染め、心から嬉しそうに微笑んだ。
そして俺たちは、その“オリハルコンを扱ったことのある職人”を訪ねることにした。
もしかしたら、ミスリルくらいなら手に入るかもしれない。
街の外れに、その職人の家はあった。
鍛冶場らしい建物で、大きな煙突が空に突き出ている。
「すみません、誰かいませんか?」
それなりに大きな声を上げたつもりだったが、反応はない。
「ケンさま……留守なのでは?」
「そうかもしれないな……」
そう言いかけたその時――
奥の方から、微かに女性のうめき声が聞こえてきた。
「今の声……!」
ユリアが俺を見る。
俺はすぐに頷いた。
「行ってみよう。もしかしたら、誰かが襲われているのかもしれない」
二人で慎重に声のする方へと進む。
鍛冶場の奥は薄暗く、焦げた鉄と油の匂いが漂っていた。
やがて、一枚の木の扉の前で足が止まる。
「声はこの中からですね……」
「ああ、入るぞ」
扉を押し開ける。
――そして、部屋の中で目にしたものは……
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