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第103話 後悔先に立たず
しおりを挟む今、ひとりで亜空間のログハウスにいる。
剣聖爺さんはカナドや第五分隊の男たちと一緒に、ドワーフの工房で酒を酌み交わしている。
訪問者の女性たちは、うちのちびっ子たちと教会に泊まる予定だ。
『マスター、席を外しておきましょうか?』
「それはもういいから! それより、王女から預かったネックレスに付与したいんだが、どうやるんだ?」
『マスターの能力を付与する場合、その能力を発動させるか、もしくは意識して【付与】と唱えれば可能です。
ただし、失敗した場合、そのネックレスは粉々になります』
「マジかよ! これ、大事なものだろ? 失敗できないじゃないか!」
『でしたら、先ほどマスターに組み込んだ【創作】を使って、そのネックレスのイミテーションを作り、練習してみてはどうでしょう。
【創作】はマスターの魔力で再現できます。
それか、失敗したら【リペア】をかけて元の形に戻すという方法もありますよ』
「なるほどな。【創作】でコピーを作って練習するか、【リペア】で修復するか……その二択ってわけか」
――なら、面倒な練習はいらないな。
『マスター、私としては【創作】を使って練習したほうが良いと思います。
今回付与しようとしているのは“神力”の能力ですよね?
オリハルコンならともかく、ミスリルでは成功率は十に一つ程度ですよ』
「なら、十回試せばいいってことだな。【付与】!」
直後、能力を付与しようとしたネックレスが、パリンッと音を立てて粉々に砕け散った。
「あ、マジでヤバい! 【リペア!】」
慌てて修復魔法をかけると、粉々だったネックレスはゆっくりと元の形を取り戻した。
「……戻ったけど、これ、精神的にくるな」
『ですから、最初から【創作】で練習しろと言ったのです』
それから何度も失敗を重ね、十一回目でようやく成功した。
しかし、不慣れな作業と一日の疲れが重なり、そのままログハウスで倒れるように眠ってしまったのだった。
……
翌朝、早くに目が覚めた俺は、教会に戻ってみんなの様子を確認した。
まだ、ほとんどの人たちが眠っているようだ。
静かに教会を出ると、一人の女性騎士が外で素振りをしていた。
「おはようございます。朝から精が出ますね」
「あ、ケンイチロウ殿か……」
「言いづらいでしょうから、ケンでいいですよ」
「では、失礼して――ケン殿。貴殿は何者なのだ? 昨夜、皆から話を聞いた。
何でも、治療不可能とされた魔力過多症を治したそうではないか。
それに、我々を助けた時にも、さまざまな魔法を使っていた。
私は話を聞けば聞くほど、貴殿という人物がわからなくなってしまった」
「えーと……」
「そうだったな。自己紹介がまだだった。
私はアンジェラ・ライスパーク。第一王女殿下が創設された白鳳騎士団に所属している」
「ライスパーク……あの公爵家のお嬢様ですか。
あそこの領都フルールには、よくパンを買いに行くんですよ。
街並みが花であふれていて、とても綺麗なところですね」
そう言うと、アンジェラは嬉しそうに微笑んだ。
「私の領都を褒めてもらえて嬉しく思う。あの街は私の自慢でもある。
そうだ、ケン殿には謝礼をしなければならない。
何か望むものはあるか?」
謝礼と言われても、正直困る。
「特にありませんね。……あ、そうだ。
ライスパーク領で取り壊し予定の建物などはありませんか?
もしあれば、代金をお支払いしますので譲っていただけたら嬉しいです」
「取り壊し予定の建物? なぜそんなものを欲しがるのだ?」
「ほら、この辺り、教会とドワーフの工房くらいしかないでしょう?
皆さんのような方々が来られた時に、休める家が欲しいんです」
「そうか。確か父上が持っている別宅を壊すと聞いたことがある。
かなり古くて大きいのだが、相当傷んでおって、もう使い物にはならんぞ」
それは都合が良い。
「でしたら、その建物を譲ってもらえませんか? 代金は言い値で構いません」
「いや、お金はいらん。取り壊すにも費用がかかるし、無料で引き取ってくれるならこちらも助かる」
「なら、今から行きましょう」
「なに!? 今からか?」
「はい、時間がありませんから。このまま失礼します」
学校に行かねばならないため、時間は惜しい。二人は慌ただしくその場を後にした。
俺はアンジェラさんを影に入れ、ライスパーク領の領都フルールへと向かった。
「な、まさか……ここは領都か?」
「そうですよ。それで、どこに行けばいいですか?」
「ま、待て! ケン殿、今のは転移魔法か?」
「いえ、闇魔法の【影渡】です。転移魔法は使えませんよ」
「だが、これはほとんど転移と同じではないか!? こんな魔法を使えると知れたら、国中が大騒ぎになるぞ!」
「そうなんですか? それより時間が惜しいです。早く行きましょう」
「ま、待て、待て! 一応、父上――公爵の許可がいる。あそこが領城だ」
アンジェラさんが指差した先には、白い大理石の城が堂々とそびえていた。
俺も何度か街から見上げたことのある、あのライスパーク領の象徴だ。
「わかりました。じゃあ、あの城の門まで行きます」
俺は再びアンジェラさんを影に入れ、そのまま領城の門付近へと移動した。
一目のない場所で影から出ると、アンジェラさんは大きく息を吐いた。
「はあ~~……ケン殿の無茶振りには舌を巻くな。少し、ここで待っていてくれ。父上に話を通してくる」
アンジェラさんは、勝手知ったる自分の家ということもあり、臆することなく門へと歩いていった。
「あ、アンジェラ様。こんな朝早くにどうされたのですか?」
門兵のひとりが驚いた様子で声をかけてくる。
「父上に用があってな。――ケン殿、こちらへ。この方はケンイチロウ殿だ。中に入るが問題はないな?」
「はっ、もちろんでございます。どうぞお通りください」
門の前で待つのかと思いきや、アンジェラさんはそのまま屋敷の中へ入るよう促した。
二人並んで、玄関へと続く長い石畳の道を歩く。
「アンジェラさん、門の外で待っていても構わなかったのですが……」
「そういうわけにはいかない。ケン殿は、私の命の恩人なのだ。恩人を外で待たせたとなれば、ライスパーク家の名が廃る」
――ありがたい言葉だが、こういうところが貴族は面倒くさい。
屋敷の扉をくぐると、使用人たちが一斉に頭を下げた。
予定外の主の帰宅に、驚きと戸惑いが入り混じった表情をしている。
アンジェラさんはそんな様子を意に介さず、俺を応接室と思しき部屋へと案内してくれた。
「ケン殿、すまないが、ここで少し待っていてほしい。
――マリアンヌ、ケン殿は私の大切な客人だ。丁重にもてなしてくれ」
「アンジェラ様、それはもしかして……」
「そうではない。余計な詮索はしなくていい。あとは頼んだぞ」
「はい、アンジェラ様の旦那様候補の方を、精一杯ご奉仕いたします」
「だから、違う……」
アンジェラさんは、後ろに控えていたメイドにそう言い残し、諦めたように部屋を出て行った。
「ケン様ですね。ただいまお茶をご用意いたします」
マリアンヌと名乗ったメイドさんが、深々と一礼して部屋を出ていく。
(……マズったな。もっと早く済むはずだったのに)
今日は火曜日。もちろん、学校がある日だ。
『今日は休んでもいいのでは?』
(そうしたいのは山々だけど……前半は入院してたから、出席日数がギリギリなんだよ。
夏休みに補習なんてことになったら目も当てられない)
そんなやり取りをしている間にも、香ばしい紅茶の香りが立ちのぼる。
マリアンヌさんが戻り、優雅な所作でカップを差し出した。
「お待たせいたしました。アールグレイでございます」
「ありがとうございます」
湯気の向こうに浮かぶ自分の顔を見ながら、俺はただ時間だけが過ぎていくのを感じていた。
そのとき、控えていたマリアンヌさんとは別のメイドが静かに部屋へ入ってきた。
「ご朝食のご用意が整いました。こちらへどうぞ」
朝食など、ゆっくり食べている時間はない――そう言いたかったが、さすがに口にはできない。
『マスター、もう諦めたほうがいいのでは?』
(いや、一時間目は無理でも……二時間目なら、まだ間に合う)
『そうだといいですね……』
案内されたのは、完全に公爵家の家族専用空間――格式高い食堂だった。
長いテーブルの中央には金の燭台が並び、銀の食器が朝の光を反射して眩しい。
その席には、公爵家当主を筆頭に、上品な雰囲気を纏った奥方、立派な体格の長男夫婦とその子どもたち、
そしてアンジェラさんの姉妹と思われる少女たちがずらりと並んでいた。
場違い感が半端ない。
「よく参られた。私がライスパーク公爵家当主――ジュダイ・ライスパークだ。
ケン殿、娘アンジェラを助けてくれたこと、まことに感謝する」
低く響く声に、空気が一瞬で引き締まる。
「急なことゆえ、十分なもてなしはできぬが、うちの料理人が心を込めて作った料理だ。
味は保証する。存分に召し上がってくれ」
(うわ、完全に正式な謁見じゃん……!)
『後悔先に立たず、ですね』
エイシスにそう言われても言い返せない。
思わず姿勢を正しながら、俺は空腹よりも「このあとどう抜け出すか」を必死で考えていた。
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