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第104話 一難去ってまた一難
しおりを挟む俺の浅はかな行動のせいで、いま、ライスパーク公爵家の家族と一緒に朝食をとっている。
「ケンさんは、アンジェラお姉さんの恋人なんですか?」
無邪気に聞いてきたのは、アンジェラさんの妹ミランジュ。十四歳だそうだ。
「いいえ、恋人ではありませんよ。そもそも私は平民ですし、身分が釣り合いませんから」
「まあ、道ならぬ恋なのですね? アンジェラお姉さん、かっこいいです」
「ミラン、それは違うのだ。ケン殿は、私とチェルシーを助けてくれた恩人なんだ。ご、誤解しないように……」
そこへ、恰幅のいい長男ブラームスさんが口を挟む。
「聞くところによると、ケン殿はあの伝説の大錬金術師・ナナ様のお弟子だというではないか。それだけでも我々と同等、いや王族にも匹敵するお方ですよ」
「まあ、あの御伽話のナナ様の!? すごいです。ナナ様はどんな方なんですか?」
(師匠……変なところで有名にならんでくれ!)
「師匠は……小さいですね」
(絶対あとで怒られる)
そのとき、アンジェラさんの母親がにこやかに言った。
「ところで、アンジェラ。あなたの気持ちはどうなの?」
「わ、私ですか!? えっと……ケン殿は命の恩人ですし……嫌ではないというか、なんというか……」
「なら、決まりね。ケン殿、アンジェラを嫁にもらってはくれませんか?」
(えーーっ!?)
「い、いえ! 私と致しましては、畏れ多いというか、その……」
「アンジェラは、以前とある公爵家の長男に嫁ぐ予定だったが、男の素行が悪くて婚約を破棄したんだ。その腹いせに、社交界で嘘の悪評を流されてな……。
だが、アミリア王女殿下が気にかけて、彼女を自ら創設した騎士団に迎え入れた。
そんな娘だが、ケン殿なら任せられそうだ」
(いやいや、まだ結婚とか早すぎるって!)
「私はまだ十六歳です。結婚のことは、まだ考えていません。アンジェラさんが嫌というわけではないのですが、まだお会いしたばかりで……」
「なら、お付き合いから始めればいいのではなくて?」
母親が涼しい顔で言う。
「貴族家としては婚約なしに交際するのは良くないけれど、あとで“最初から婚約していた”と言えば済む話ですわ」
「……母上、それは……」
「うむ、それでよかろう。アンジェラも年頃だし、少しくらい道を外れても、あとでどうにでもなる。わはは!」
(わははじゃねぇ! この状況、どう逃げるんだよ!!)
『マスター、諦めたらどうですか? 公爵家の後ろ盾があれば、この国でかなり自由に動けますよ』
(俺の自由がなくなるわっ!)
『家をもらったら嫁もついてくるってことでいいじゃないですか』
(いらんわ!)
「そうと決まれば、さっそく家を手配せねば」
「あの……壊す予定の別宅を譲っていただけますか?」
「アンジェラから聞いているが、あれはもう手入れより建て直した方が早いぞ」
「そこに建てるのではなく、大森林の中に拠点があるんです。そこへ移築したいと思います」
「なるほど。できれば公爵領に住んでほしいが……まぁ、事情があるのだな。建物の件は任せよう」
「あ、職人さんは不要です。私が運びますので」
とにかく家だけは確保しておかなければ。
そのあとのことは……まぁ、なんとかなるだろう。
◆
緊張続きだった朝食を終え、今は壊れかけの別宅の前にいる。
築百年近いというその建物は、先々代公爵の保養所だったらしい。
「大きな家ですねー」
「そうか? 私にはただの廃屋にしか見えんが」
さすが公爵令嬢、スケールの感覚が違う。
「ところで、マリアンヌさん。その荷物は?」
「ご当主様から、家の管理が必要だろうと派遣されました。この荷物は私の私物です」
(ってことは、大森林までついてくるのか?)
『綺麗になった家の管理をしてくれるんです。あの規模をちびっ子たちに掃除させるつもりですか?』
(確かにそれは無理だが、公爵家に秘密が筒抜けになるのもな……)
『今更ですよ。いずれマスターは世界を手に入れるお方なのですから』
(そんなつもりねぇよ!)
「では、さっそくやりますか。【収納】!」
次の瞬間、建物は跡形もなく消え去った。
「「なっ……!」」
二人が驚いているが、それどころじゃない。
すでに三時間目が始まっているのだ。
「じゃあ、帰りましょうか」
俺は二人を影に入れ、大森林の拠点へと戻った。
◆
「着きました」
驚いて口をぽかんと開けているアンジェラさんとマリアンヌさんを横目に、俺は周囲を見渡した。
「ここら辺かな?」
場所は、教会の東側。
西側にはドワーフたちの工房があるため、屋敷を出せるのはこの一角しかない。
俺は少し息を吸って、慎重にストレージを操作する。
光とともに、さっき収納したライスパーク家の別宅――いや、もはや屋敷と言っていい建物が姿を現した。
ただ、収納と放出をしたせいで、外壁の一部がはがれ、屋根も少し崩れている。
「まあ、このくらいなら…【リぺア】!」
修復魔法を発動させると、淡い光が屋敷全体を包み込み、破損箇所が音もなく元に戻っていく。
その代わり、かなりの魔力を持っていかれた。
(うっ……思ったより消費が激しいな)
だがその甲斐あって、屋敷はまるで新築のように輝きを取り戻していた。
すると、どこからともなく子どもたちがわらわらと集まってくる。
目を輝かせ、口々に歓声を上げているが、説明している暇はない。
「ここが新しい家だ。詳しいことは、そこにいるアンジェラさんか、家の管理をしてくれるマリアンヌさんに聞いてくれ。
俺は――ちょっと用事がある」
それだけ言い残し、俺は急いで日本の家へと戻った。
◇
「遅刻だ!」
影に潜って、昨日移動したコンビニの裏に移動する。
今から走っても三時間目は間に合わない。
「四時間目に合わせて行くか」
コンビニに寄って、おにぎりとお茶を買い歩いて学校に向かう。
(しかし、まいった。正直、貴族を舐めてたわ)
『公爵家となれば、あれが普通でしょう。女騎士をダシにして、大錬金術師のナナと接点を持つ。公爵家にとって利のある話です』
(そんなことまで考えてんのか?俺には理解できん)
『例えばの話です。両親は素直に女騎士の幸せを願っているでしょうが、あの長男は、おそらくそこまで考えていると思われます』
(貴族、怖っ!)
通学途中、スマホを出して『屋上のお茶会』のメンバーから、連絡がきているのを確認する。
「あちゃー!みんなに心配かけてしまったか……」
連絡の一本でも入れておけば良かったと後悔する。
みんなに連絡を入れてから学校に向かったのだが――
「なあ、今日はやけに飛行機が飛んでないか?」
『マスター、大変です。富士山麓のゲートからワイバーンが出現したようです』
「ええっ!? なんだって!!」
(だって、あそこは狭間がまだ消えてないはずだよな?)
『悪魔の一体が、狭間を通らずにワイバーンを誘導したのかもしれません』
(そんな芸当、できるのか?)
『ええ。悪魔がワイバーンをテイムしている場合、狭間の影響を受けません』
(ということは――悪魔との戦闘も視野に入れなきゃいけないってことか)
『ただ、現時点では悪魔の気配は確認できません。ワイバーンだけ放って、ゲートに戻った可能性もあります』
(なんて迷惑なやつだ……はあ~~、学校なのに……仕方ない。行くか)
『その方が良いでしょう。ですが、政府が緊急避難命令を出していないのが気になります』
確かにおかしい。
前の時は、侵攻前にすぐ避難命令が出ていたはずなのに……
俺は人気のない場所に移動して、影に潜り、姿を変えた。
白いマスクを装着し、ワイバーンが現れたという現場へ向かった。
◇
「……これで、現れてくれたらいいんだが」
その現場には、来日中のアメリカ人で、ゲート研究者、フェイス・アンダーソンがいた。
彼女は、空を縦横に飛び交うワイバーンを、息を呑んで見上げていた。
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