現代錬金術のすゝめ 〜ソロキャンプに行ったら賢者の石を拾った〜

涼月 風

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第113話 大森林 魔法学園実習(1)

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 大森林の手前に広がる草原では、綺麗に草が刈り取られ、
 その上に幾つものテントが整然と並んでいた。
 学生たちのざわめきが風に混じり、どこか緊張感のある空気が漂う。

「みんな、注目!」

 教員のカトリーナ・クラークの声が響き、ざわついていた学生たちが一斉に静まる。

「これから、大森林で二泊三日の実習を行う。
 基本的に君たちは“魔法使い”だ。ゆえに近接戦闘の訓練はしていない。
 従者がいる者は連れて行って構わないが、過度な手出しは無用だ。
 従者のいない者には、冒険者たちが補助として同行する。
 だが彼らも助言はするが、命の危険がない限り、基本的には手は出さない。
 ――ここから先は、自分たちの力でやり抜け」

 教師は一人ひとりを見渡すように言葉を区切った。

「もちろん、仲間に頼るのは構わない。
 だが、安易に他人に頼るな。自分の力を試す場だということを忘れるな。

 そして――決して森の奥へは進むな!
 大森林の奥には、我々でも対処できない魔物が棲んでいる」

 場の空気が一気に引き締まった。
 緊張の沈黙のあと、教師は静かに締めくくる。

「では、実習を開始する。
 ……みんなが無事に帰還することを、心から願っている」
 
……

 教員の開始の合図が響くと、生徒たちは一斉に動き出した。
 それぞれのパーティーが緊張と期待を胸に、大森林の入り口へと向かっていく。
 草を踏みしめる音と、仲間同士の掛け声が、次第に遠ざかっていった。

 その中で――

「シャル、後から行きませんか? 今は生徒たちで混んでいますから」

 第三王女リリアーナが、焦るように森へ足を踏み入れようとしていた
 賢者の孫娘・シャルロッテに声をかけた。

 風が二人の間を抜けていく。
 シャルロッテは振り返り、少しだけ息を整えてから答えた。

「そうですよね。慌てたってしょうがないわよね」

 彼女は小さく息を吐いた。
 リリアーナの穏やかな声に、胸の奥に溜まっていた焦りが少しずつ溶けていく。
 森の入口で立ち止まったシャルロッテの表情には、先ほどまでの硬さが消えていた。

「そうだぞ、シャル。慌てたってろくなことはない。それに――残り物には福があるというだろう?」

 明るい声とともに姿を見せたのは、リンドブルク国の第一王女、ステファニー・リンドブルクだった。
 金糸の髪を陽光に揺らしながら、彼女は意気揚々と胸を張る。

 そうして笑い合う三人の高貴な少女たちの後ろで、
 そっと肩をすくめている二人の女生徒がいた。

 一人はバディ男爵家の令嬢サラサ。
 もう一人は、ミスラ教の孤児院出身のアンヌだ。

「なあ、二人もそう思うだろう?」

 いきなりステファニーに話を振られ、二人は同時に体を硬くした。

「……は、はい。わたくしもそう思いますわ」

「……は、はい。そう思います……」

 否定などできるはずもない。
 心の中で――どうか意見を求めないでください、と祈るしかなかった。

 この高貴な身分の者たちで構成されたパーティーはこれで全員だった。
 その少し後方には、彼女たちの従者たちが控え、主のやり取りを静かに見守っていた。

……

「そろそろ行きましょうか?」

 リリアーナがそう促した時には、すでに他の生徒たちはほとんど森の中へ消えていた。
 残っているのは、彼女たちのほかに二組のパーティーだけだ。

「先頭は、打ち合わせ通りシャルにお願いします」

 ステファニーの言葉に、シャルロッテは小さくうなずいた。
 彼女たちはパーティーを組んだ際に、あらかじめ隊列の順番を決めていたのだ。

 先頭はシャルロッテ。
 その後ろにサラサ。
 さらにリリアーナとアンヌが続き、最後尾をステファニーが務める。

  斥候の役割を担うシャルロッテは、周囲の気配を探りながら、慎重に前へ進んでいく。

 そのすぐ後ろを歩くサラサは、海辺で育ったため森に足を踏み入れることには慣れていない。
 だが、田舎育ちのお嬢様だけあって、周囲への警戒は心得ていた。

 そのため、彼女はシャルロッテの補助を兼ねて、隊列の二番手を任されている。

 森の中は、日常的に冒険者たちが出入りしているため、鬱蒼とした印象はない。
 木漏れ日が地面を照らし、暗さよりもむしろ穏やかな明るさが広がっていた。

「まだこの辺りは、見通しが利くな」

 最後尾を歩くステファニーが、周囲を見渡しながらそう呟いた。

「まだ下層ですから、こんなものではないですか?
 中層はほとんど人の手が入っていないので、かなり鬱蒼としているらしいですよ」

 リリアーナが聞いた話を思い出しながら答える。

「そうか、それは楽しみだな」

「そっちまでは行きませんからね。今回は下層までですよ」

 ステファニーの背後から低い声が返る。
 虎獣人の従者、タイガーだ。彼もまた、主の背後に控えながら周囲を警戒していた。

「タイガー、貴様だって本当は行きたいのだろう?
 私にはわかっているぞ。森は、獣人にとって故郷のようなものだからな」

「そうですが、これは学園の実習です。無茶はできません。
 無事に帰還することが一番大事なんですよ」

 そのやり取りを聞いて、リリアーナの従者クリスティーナと、
 シャルロッテの従者ミリスは顔を見合わせ、思わず小さく苦笑した。

「これは何の木でしょう? 綺麗な実がなっていますけれど」

 リリアーナが足を止め、枝に赤く実った果実を見上げながら尋ねた。

「ああ、それは《メグの木》です。実を絞ると目薬になるんですよ。
 薬師や錬金術師に持っていけば、かなりの値で買い取ってもらえます」

 護衛のクリスティーナが丁寧に答える。

「そうなのですね。……少し、持ち帰りましょうか」

 リリアーナは微笑みながら枝に手を伸ばした。
 小さな実が、陽の光を受けて宝石のように輝いている。

「みなさん、これを見てください」

 先頭を歩いていたシャルロッテがみんなを呼ぶ。

「これは、魔物の足跡ですか?」

 リリアーナがそう尋ねると、

「おそらくそうだと思います。実はサラサさんが見つけてくれたのです」

 そう言われて、戸惑っているサラサ。
 彼女は、ただ落ち着かなくて下を見て歩いていただけなのだ。

「何の魔物でしょうか?」

「おそらく、足跡の大きさから言ってゴブリンでしょうね」

「あの醜悪な魔物ですか……。では、いっそう警戒を強めないといけませんね」

 リリアーナはクリスティーナの返答に頷きながら、魔法学園で学んだ魔物の生態を思い出した。
 ――ゴブリン。
 人間の女性を襲うことで知られる、卑劣で厄介な種族。

 女性だけで構成されたこのパーティーは、まさに彼らにとって格好の獲物だ。
 胸の奥に冷たいものが走り、リリアーナは無意識に杖を握りしめた。

「あの……さっきから、遠くの方で戦っている音が聞こえるのですが……」

 平民出身の回復魔法使い、アンヌが恐るおそる口を開いた。

「そうなのですか?」

「は、はい。私、耳がいい方なので……でも、かなり離れていると思います」

 リリアーナの問いに、アンヌは少し肩をすくめながら答える。
 彼女の声は、森のざわめきにかき消されそうなほど小さかった。

「別のパーティーが魔物と交戦しているのでしょう。私も音は確認していましたが、距離はあります。今のところ、問題はありません」

 冷静に答えたのは、シャルロッテの従者である獣人のミリスだった。
 その言葉に、虎獣人のタイガーが短く頷く。

「私には全く聞こえなかった。……すごいな、アンヌは」

「そ、そんな……たいしたことじゃ……」

 ステファニーに褒められ、アンヌは頬を赤らめて俯いた。

 それでも、耳の奥には確かに響いている――金属がぶつかる音、短い悲鳴、そして何かが崩れ落ちる音。

 まだ魔物と接触していない彼女たちにとって、その音は好奇と不安の入り混じる遠い出来事にすぎなかった。
 だが――

 本当の恐怖は、すでに静かに彼女たちのもとへ近づきつつあった。



「――とうとう、あの女どもが森に入ったぜ」

 待ちくたびれたように、斧を肩に担いだスキンヘッドの男が呟く。
 その声には、焦燥と嗜虐が入り混じっていた。

「まさか、ターゲットが王女のパーティーにいるとはな。……小娘たちは問題ねぇが、護衛どもは厄介そうだ」

 片目に黒い眼帯をつけた男が、木陰から双眼鏡のような魔導具を覗き込みながら低く言う。
 その視線の先では、遠くにリリアーナたちの姿があった。

「い、いつやりますか?」

 緊張で喉を鳴らした若い男が、手にした短剣をぎゅっと握りしめた。

「昼間はやめとけ。見つかれば面倒だ。――夜、寝静まったころがいい」

「眠り煙も用意してあるしな」

 黒衣の男たちは、互いに目を合わせ、無言で頷いた。
 その数、四名。
 彼らは“闇ギルド”と呼ばれる裏社会の処刑人たち。
 金さえ積まれれば、王族であろうと貴族であろうと容赦なく殺す。

 今回の依頼は――
 バディ男爵家の令嬢、サラサの抹殺。

 風が、木々の間を低く唸りながら通り抜ける。
 男たちの影はその闇に溶け込み、音もなく姿を消した。

 ――森の夜が、静かに血の匂いを孕み始めていた。



 



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