現代錬金術のすゝめ 〜ソロキャンプに行ったら賢者の石を拾った〜

涼月 風

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第114話 大森林 魔法学園実習(2)

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 大森林の開けた場所で野営の準備を終えたシャルロッテたちのパーティーは、自然の空気に包まれながら夕食を取っていた。

 今日の夕食は、硬いパンに、野菜と干し肉を煮込んだ簡単なスープ。
 しかし、料理経験のないメンバーたちは、調理の段階で大苦戦した。

 結局、腕を振るったのはサラサとアンヌ。
 ふたりのおかげで、どうにか「食べられるもの」になった。

「私も、ちゃんとお料理を覚えないとダメですね……」

「それを言うなら私もだ。全く役に立たなかった」

 リリアーナとステファニーが肩を落とす。
 王族として育ったふたりに料理経験があるはずもない。

「リリーもステファーも、それは無理だと思いますよ。王族が料理なんてしたら、他の貴族から非難がきますし、示しがつきません。それに、料理人の仕事を奪いかねませんしね」

 シャルロッテの言葉に、ふたりは「確かに……」と視線を交わし、苦笑した。

 ここには、シャルロッテたち以外にも、魔法学園の生徒パーティーがいくつか野営をしていた。
 この場所は、冒険者たちが日常的に利用する安全な野営地でもある。

 魔法学園のこの実習は、日本でいえば林間学校に近い。
 騎士学校のように戦闘を目的としたものではなく、むしろ貴族子女の多い魔法学園では、自然の中での過ごし方を学ぶことが主な目的らしい。

 そのため、ここに到着するまでに遭遇した魔物はたった二回だけだった。
 実は、従者たちが密かに魔物避けの魔道具を発動させているからなのだが、当の生徒たちは気づいていない。

「夜番の順番は、決めた通りでいいのか?」

 焚き火の明かりに照らされながら、ステファニーが確認する。

「ええ。最初はステファーですよね? ひとりで大丈夫ですか?」

 リリアーナが心配そうに問いかけた。

「この時間はまだ他の者も起きている。ひとりで問題ないぞ」

 ステファニーは胸を張って答える。

 本来、夜番は二人一組で行う決まりだ。
 だが、彼女たちのパーティーメンバーは五人しかいないため、最初の時間帯だけはステファニーが単独で見張りをすることになっていた。

 次の番はリリアーナとアンヌ。
 そして最後に、明け方までシャルロッテとサラサが担当する予定だ。

 焚き火のぱちぱちと弾ける音だけが、静まり返った森に響いていた。

 ステファニーはマントを羽織り、焚き火から少し離れた位置に腰を下ろす。
 テントの中で寝袋で眠っている仲間たちへ視線を向け、薄く笑みを浮かべた。

(この程度の夜番など、楽勝だ)

 そう思っていたが夜の森は、昼とは別物だった。

 風が木々を揺らし、遠くで獣の吠え声が聞こえたかと思えば、どこからともなくフクロウの鳴き声。
 月明かりが差し込まなければ、周囲は墨を流したような闇に沈む。

(……案外、緊張するものだな。周りに他のパーティーがいなければ怖くて仕方がなかっただろう)

 ステファニーは自嘲気味に息をつく。
 隣には護衛のタイガーが控えていた。だが、あくまで「見守っているだけ」で、夜番そのものは彼女の役目だ。

「ステファー様、周辺に異常はありません。風の気配も落ち着いています」

「わかっている。だが――油断は禁物だ」

 そう言って背筋を伸ばしたその瞬間。

 ――カサ、ッ。

 小さな音が森の奥から聞こえた。

(……魔物か?)

 杖に手をかけ、耳を澄ます。

 風とは違う。
 何かが 意図を持って動いている音 だ。

 ステファニーの瞳が鋭く細められる。

(この実習……どうも、ただの野営では終わりそうにないな)



 森の影、焚き火の明かりが届かぬ場所。

 黒装束の男が三人、しゃがんだ姿勢で獲物を見つめていた。
 最後尾には、緊張で喉を鳴らしている若い男。

「……あの金髪が夜番か」

 眼帯の男が、獣のような笑みを浮かべる。

「あいつは隣国の王族だ。控えてる従者は腕が立つ。それに騒ぎになれば国が動く」

 スキンヘッドの男が低く押し殺した声で返した。

 標的は――

 バディ男爵家の娘、サラサ。

 今回の依頼は、「事故に見せかけて殺すこと」。
 王女や第三者が巻き込まれても構わない。
 いや、証拠を残さないならむしろ――構わない。

「いいか、焦るな。夜半過ぎならみんなも深く寝てるはずだ。
 それに、ターゲットが夜番についた時がチャンスだ。
 その時に眠りの煙を周囲に流し込み、全員眠ったのを確認してから……仕留める」

 眼帯の男が、サラサの寝ている方向を指差す。

「……殺すのは一瞬だ」

 若い男は唇を噛み、震える声で問う。

「ほ、本当にやるんですか? 相手は貴族ですよ……? それも――」

「関係ねぇよ」

 眼帯の男が冷たい声で切り捨てた。

「依頼は依頼だ。裏稼業ってのは、そういうもんだ」

 そして、四人の影は闇に溶けた。

 次の手は――夜が完全に更けてから。

◆◆

「あはは……とうとうこの時がきましたねえ」

 低く湿った笑い声が、闇に沈んだ大森林の中に溶けていく。
 この森に似つかわしくない白衣の男ラミヤス博士が、月明かりを浴びながら呟いた。

「博士、この辺でいいですか?」

 大きな麻袋を担いでいた男が、肩で息をしながら荷物を下ろした。

「ええ、構いませんよ。
 ……実に、最適な環境です」

 博士は楽しげに回答したあと、鞄から 拳大の魔石 を取り出した。

 黒装束の一人がそれを見て、目を丸くする。

「それ、ビッグ・マンティスの魔石か?」

「ええ。竜種の魔石が欲しかったんですけどね。予算がね、予算が……」

 魔石を恨めしそうに撫でる博士。
 しかしその目はぎらつき、狂気の色を宿していた。

 博士は、麻袋の紐を解いた。

 中から現れたのは、人の形をした肉体。
 ただし、生きているかどうかは定かではない。

 黒装束の男たちは、ぞっとして一歩下がった。

「博士……それ、まさか……人間じゃ……」

「違いますよ? 元は、人間でしたが。」

 ラミヤスは淡々と言うと、魔石をその胸部へ押し当てた。

 そして……

「我が深淵なる研究の成果を余すことなく、その身にもたらせ――
 【合成】

 詠唱と同時に、魔石が禍々しい光を放つ。

 淡い緑色の光が肉体へと染み込み、筋肉が痙攣するように震えた。
 魔石は徐々に吸い込まれ、跡形もなく胸へ消えていく。

「ふふ……いい、いい……! 成功すれば、あの娘どころか一隊程度なら――」

 ラミヤスは眼鏡を押し上げながら、興奮を抑えられない様子でつぶやいた。

「“兵器”として成立する……!」

 肉体の指がピクリ と動く。

 黒装束の一人が声を荒げた。

「なっ……動いたぞ!?」

「博士、まさかこいつを使って……リリアーナ王女を!」

「そうですよ。事故 で死んだように見せかけるには、丁度いい。」

 ラミヤスは、狂気に濁った目で笑った。

「森で魔物に食われた、ただそれだけです」

 闇の中……
 低いうなり声 が、じわりと広がった。



 大森林の夜に、思惑を秘めた二つの勢力がそれぞれ動き出した頃。

 リリアーナ第三王女は、寝袋の中で身じろぎしながら、隣のシャルロッテをそっと見た。

 風がテントの外を撫で、布をわずかに揺らしている。
 虫の声と、遠くでかすかに焚き火の音が聞こえるだけ。
 こんなにも静かなのに、胸の内だけがざわついていた。

「どうかしましたか? リリー」

 隣から小さな囁き。
 シャルロッテはもう目を開けていたようだ。

「なかなか寝付けなくて……シャルもですか?」

「ええ、身体は疲れているはずなのに困りました。寝ておかないと、明日の行動に響きますしね」

 薄暗いテントの中、二人は声を落として話す。

 夜気が肌に触れる。
 森の匂い……土と草と、ささやかな火の残り香。

「……何だか落ち着かないんです。胸の奥がそわそわすると言うか」

「初めての野営ですから。緊張して当然ですよ」

 シャルロッテは微笑むような声で言って、寝袋に包まったまま横を向いた。

 その時。

 ピシッ ……ピシ、パキッ……

 テントの外から、細い枝が折れるような音が響いた。

 二人は同時に息をのむ。

「……さっきの音、聞こえました?」

「ええ。……獣か、他の生徒の従者の巡回かもしれません」

 シャルロッテの声は落ち着いている。
 だが、寝袋越しに握りしめられた指先がわずかに震えたのを、リリアーナは見逃さなかった。

「ステファーは……大丈夫かしら。ひとりで夜番だなんて」

「ステファニー様は武勇で有名ですから。彼女がいる限り、私たちは安全ですよ」

 シャルロッテはそう言ったが、その声音の奥には、どこか張り詰めた緊張があった。

 夜の森は、意外と音が響き渡る。

 風に揺られた葉を掠める音。
 朽ちた小枝が落ちる音。
 獣や魔物の微かな鳴き声、そして地面の落ち葉を踏みしめるかすかな足音。

 静寂のはずなのに、音は絶えず流れていた。
 人が作った静けさとは違い、自然の静けさは、生きている。

「やはり、森の夜は少し恐怖を感じますね」

「ええ、確かに……こんなにいろいろな音がするとは思わなかったわ」

 焚き火の光が揺れ、橙色の明かりがステファニーの鎧を照らす。
 火の粉が空へと昇り、闇に飲み込まれて消えていく。

 その音の中に……
 異物が混ざっていたことに、彼女たちはまだ気づかなかった。
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