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第112話 エリクサーを作ろう
しおりを挟む今夜の予定は、エリクサーを作ることだ。
薬草を煮る時に独特の匂いが立ちこめるため、亜空間ではなく日本の自宅を選んだ。
夜の静寂の中、窓を少し開けて換気扇を回す。外では、虫の声がかすかに響いている。
錬金鍋を取り出し、魔力を通した水を注ぐ。
青白い光が鍋の表面を走り、やがてゆっくりと湯気が立ち上り始めた。
(屋敷でやったら、あの青臭い匂いでみんな嫌がるだろうな。……ドワーフの爺さんみたいな工房が欲しい)
『マスター、【創作】でもエリクサーを作成できますよ。まだ熟練度が足りないので素材は必要ですが』
(それ、かなり便利じゃないか)
『まだ試していませんでしたね。まずは通常の工程で一度作ってみてください。その後で【創作】を使えば、品質の比較ができます』
(なるほど、やってみるか)
魔力で炎を安定させながら、世界樹の実と薬草を取り出して順番に鍋へ投入する。
湯気とともに立ちのぼる香りが、少しずつ青臭さから甘みを帯びて変化していく。
師匠の日記……解説本の手順通りになっていることを確認する。
ゆっくりかき混ぜながら、魔力を流す量を調整する。
前にポーションを作った時に、魔力量が少なかったので、今度は多めに流し込んだ。
透明だった水が、やがて淡い黄金色へと変わっていく。
(よし……この色、この香り。うまくいきそうだ)
久しぶりに感じる、作業の静かな充実。
剣ではなく、力でもなく、自分の手で命を癒やすものを作る。
そんな時間が、少しだけ心を落ち着かせてくれた。
「やった、完成だ」
鑑定してみたら高品質となっている。
『大分、上達したようですね』
「エリクサーを作ったのは初めてだけど、上手くいってよかったよ」
『魔力量の調整も見事でした。失敗を糧にしたのはさすがですね』
エイシスが誉めるなんて、明日は雨かな?
「若さま、何を作ってるんですか?」
亜空間を通って、光がこちらにやってきたようだ。
「エリクサーだよ。もう、ストックがなくなったからね」
「エリクサーですか? すごいです、若さま!」
その瞳の輝きに、誇張もお世辞もない。
本当に純粋な尊敬の気持ちがこもっていた。
「昼間、みんなは何してるんだ?」
「エルフのテテさんとアンジェラさんはジィジに稽古をつけてもらってます。たまにククリさんも混ざってますよ。
チェルシーさんとチヒロちゃんは魔法の訓練です。ユリナ姉とユメカが一緒にやってます」
「そうか。みんなもそれぞれ頑張ってるんだな」
「はい! あっ、そうだ。マリアンヌさんが“パンが無くなりそう”って言ってました。買いに行きたいそうです」
「パンか……そういえば、前にまとめ買いしてからしばらく経つな。さて、どうするか……」
昼間は学校があるし、自分が出向くわけにもいかない。
その様子を見て、ヒカリがすぐに提案した。
「若さま、私が連れて行きましょうか? 若さまと何度も行ってますし、場所も覚えてます!」
「そうか。それなら、カナドも一緒に連れて行ったほうがいいな。あいつ、買い物となると意外と頼りになるからな」
「ふふっ、確かに。荷物運びはカナドさんが一番ですから!」
ヒカリが嬉しそうに笑った。
その笑顔に、日常の温かさがにじむ。
「じゃあ、気をつけて行ってきてくれ。それと、お金を渡しておくよ」
ストレージから金貨数枚をヒカリに渡した。
「はいっ、任せてください!あ、そうだ。忘れてたあ。
ドワーフのドドンパさんが、いつオリハルコンとミスリルを掘りに行くんだ、って言ってました。
早く行きたくてウズウズしてましたよ」
忘れているわけじゃないんだけど、時間がなくてなかなか行けないんだよな……
「わかった。これが終わったら話に行くよ。場所はわかってるし」
「じゃあ、そう伝えておきますね」
ヒカリは軽く会釈して、再び亜空間の影のゲートを通り抜けた。
部屋には、再び湯気と薬草の香りだけが残った。
「さて……俺も、もう少し頑張るか」
湯気の向こうで、黄金色の液体が静かに輝いていた。
◇
「ねえ、最近のケン君ってさ、なんか大人っぽくない?」
柚木家の夕食が終わり、部屋に戻った千穂は、親友の国崎美鈴とスマホで話していた。
「うん、私もそう思う。それに、世理愛ちゃんから聞いたけど、クラスの男子に絡まれた時、一瞬で黙らせたらしいよ」
「それって、白髪で初登校した日のこと? 私、その場にいたよ」
「あはは、そうだったっけ」
「美鈴って、そういう抜けてるとこあるよね。将来、噂好きなオバさんになりそう」
「ちょっと、それはひどい。でも……少し当たってるかも」
「自覚しないでよー。冗談なんだから。それより、ケン君のこと。目立つの嫌いでおとなしかったのに、ほんとどうしちゃったんだろ?」
「そういえば今朝、早坂高校の女子にお礼言われてたって聞いたよ。なんでも、連絡先を交換してたとか」
「えっ、初耳! 誰情報?」
「吉水くん。ちーちゃんがトイレ行ってる間に教えてくれた」
「あー、吉水くんね。あの子、美鈴のこと好きだよ。よく見てるもん」
「え、うそ!? 見間違いじゃない?」
「いつも美鈴の胸、ガン見してるし」
「ちょ、やだ! キモい!でも、ケン君なら見てもらってもいいかも」
「あんた、本当にケン君のこと好きだよねー」
「だって、小さい頃からそう思ってたんだもん」
「はい、はい。わかりましたよ」
「それにしても、男子って何でそんなとこばかり見るんだろう?」
「まあねー。私なんか、男子に足とかお尻見られてるし」
「あはは、それもキモいね。――で、ケン君の話に戻るけど、ほんとに何かあったのかな?
もしかして、未来からタイムリープしてきたとか?」
「そんな漫画みたいなことあるわけないでしょ。きっと、吹っ切れたんだよ」
「まあ、あんなことがあったしね……」
「それと、ニュース見た? 探索者って十五歳から免許取れるようになったって」
「見た見た。法律、急に変わったよね。あの“大侵攻”の影響だって」
「野党が反対したけど、“徴兵制とどっちがいいか”って言われて黙ったらしいね」
「徴兵は強制だけど、探索者は希望制だし、私はちょっと安心した」
「でも、戦力になるまで最低三年かかるって。若い方が吸収早いからってさ」
「日本だけだよ、十八歳からなんて。他の国じゃ、小学生でも保護者同伴で訓練受けてるって」
「責任取りたくないだけでしょ、上の人たち。――でも、もうそんな余裕ないよね」
「美鈴は探索者免許、取るの?」
「できれば取りたい。一度でいいから、ゲート先のダンジョンに行ってみたいの」
「じゃあ、私も取ろうかな。屋上のお茶会メンバーで一緒に!」
「いいね! みんなでパーティー組んで探索とか楽しそう!」
「よし、明日みんなに話してみよ」
「そうしよう。……でも、今はもう“屋上のお茶会”って感じじゃなくない? 今なら“旧校舎のお茶会”だよね」
「たしかに。ケン君に“お茶会じゃなくて弁当会だろ”って言われそう」
「あはは、それ言う! ――じゃ、また明日ね」
「うん、またね」
スマホを置いた千穂は、少しだけ思った。
……ケン君といとこじゃなかったら、美鈴みたいに素直になれるのかな?
◇
「ダメだ……【創作】だと、思ってた効能が引き出せない」
あれから能力の【創作】を使ってエリクサーを作ってみたが、鑑定の結果は“劣化品”だった。
『熟練度の差ですね。回数を重ねれば、いずれ上達するはずです』
そうは言っても、素材がもったいない。
「魔力をどれくらい込めればいいのか、まだ感覚が掴めないな。……これ、場所によっても魔力の量が変わるのか?」
『ええ、よく気づきましたね。マナの濃い場所なら、あまり魔力を込めなくても問題ないはずです』
やっぱり。日本はマナが少ない――だから、失敗率も高くなるのか。
「これは、普通のポーションで練習したほうがいいな。【創作】は完成まで早いけど、調整が難しすぎる」
『その“劣化品”はどうしますか? それでも上級ポーションより効きますし、この世界に蔓延る“難病”と呼ばれるものも治せますよ』
「もちろん捨てないさ。これはこれで、使い道があるだろう」
そう言って、片付けを始める。
――たとえ失敗作でも、この世界では貴重な万能薬だ。
きっと役に立つ日が来る。
錬金に使った器具を丁寧に拭きながら、俺はそう信じた。
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