現代錬金術のすゝめ 〜ソロキャンプに行ったら賢者の石を拾った〜

涼月 風

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第119話 危機一髪

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 大森林で撤退戦を続けていたリリアーナ王女たちのパーティーは、押し寄せる魔物の勢いに徐々に追い詰められていた。
 そんな中、王女の護衛兼従者であるクリスティーナが、ほとんど命を捨てる覚悟で必死の攻防を繰り広げ、わずかながら撤退のための時間を作り出した。

 しかし、その一縷の望みを繋ぐために駆けつけたサラサ嬢とアンヌの行動は、皮肉にもクリスティーナが命を賭して作った“最後の退路”をかき消す形となってしまった。

 サラサ嬢は水魔法で壁を作り、迫りくる魔物の猛攻を辛うじて押し留めていたが、その身体はすでに限界に達していた。
 そこへ、賢者の孫であるシャルロッテが追いすがるように氷の壁を重ね、二人が力を合わせて防衛線を張る。

 だが次の瞬間……

 一際巨大なオーガの金棒が振り下ろされ、二重の魔法壁は砕け散るクリスタルのように粉々に破壊された。

 目の前に立ちはだかった巨大なオーガの出現により、状況はさらに最悪のものとなった。

「凍てつく氷よ——すべてを凍りつかせよ!【ブリザード!】」

 シャルロッテは、残った魔力を搾り出すようにして上級氷魔法を放った。

 荒れ狂う冷気が辺り一帯を飲み込み、オーガをはじめ周囲の魔物たちが急激な温度低下に動きを鈍らせる。
 凍結の波は地面を伝い、森の一角がまるで冬の世界のように白く染まっていく。

 ゴブリンもオークも次々と凍りつき、氷像のように動きを止めていった。

 だが、その時……

『グオオオオオッ!!』

 オーガの咆哮が衝撃の波となって響き渡った。
 すると、オーガの全身から蒸気が立ちのぼり、纏っていた氷がメリメリと音を立てて剥がれ落ち始める。

「……そんな……」

 シャルロッテの口から、絶望の色を帯びた声が漏れた。

「早くこっちに来るんだ!」

 後方からステファニーの叫びが響く。
 だが、クリスティーナは重傷のためアンヌに抱えられており動きは鈍い。
 サラサもシャルロッテも魔力が枯渇寸前で、足取りがおぼつかない。

 完全に氷の呪縛から解放されたオーガが、ドン、と地を踏み鳴らして一歩前に進み出た。

 その姿は、普通のオーガとは明らかに異なっていた。
 体格はひと回り以上大きく、全身から発せられる圧迫感も桁違いだ。

 その魔物は、オーガの中でも変異した亜種。
 オーガキングと呼ばれる存在だった。

 オーガキングが、手にした金棒をシャルロッテたちへ向けて大きく振りかぶった。

「……間に合わない」

 ステファニーだけでなく、その場にいる誰もが──次に訪れる悲惨な結末を直感した。

「あ……………」

 シャルロッテは短い悲鳴を漏らし、目をぎゅっと閉じる。

 次に来るのは痛みすら感じる暇のない“死”。
 それを、彼女自身も理解していた。

 時間が伸びたようでいて、同時に一瞬だった。
 幼い頃、賢者と呼ばれた祖父と共に魔法を練習していた自分の姿が脳裏に浮かぶ。

(……これが、走馬灯と言われるものなのね……)

 その瞬間のシャルロッテは、不思議なほど落ち着いていた。
 ——もしかしたら、死を覚悟した者に与えられる最後のご褒美なのかもしれない。

『ボトッ……』

 何かが地面に落ちる鈍い音が響いた。
 シャルロッテは目を閉じたまま、状況がわからなかった。
 しかし、いつまで経っても死が訪れないことに気づく。

「大丈夫ですか?」

 聞き慣れない女性の声が、すぐ近くから飛んできた。

 シャルロッテは、そっと目を開ける。

 その瞬間、目に飛び込んできたのは、見知らぬ女性たちが周囲の魔物を次々と斬り伏せていく圧倒的な光景だった。

 つい先ほどまで自分たちを死へと追い込もうとしていた脅威であるオーガキングの首は、すでに地面の上で転がっている。

 あまりの出来事に、シャルロッテは思わず息を呑んだ。

「危なかったですね。ヒカリが途中でお花摘みに行かなければ、もっと早く到着できたのですが」

「ユリア姉、生理現象に勝てる人はいない」

 さっきまでの死の気配が嘘のように、緊張感のない会話が場を満たしていく。

「貴方たちは……?」

 シャルロッテは思わず声を漏らした。

「魔物を退治しに来た者ですよ。遅くなってしまい、すみませんでした」

 気品をまとった可愛らしい少女が、丁寧に答える。

 周囲を見渡すと、あれほど押し寄せていた魔物はすでに全て倒されていた。

 そこへ、森の奥から剣を携えた軍人風の女性が姿を現した。

「この周辺の魔物は、ひとまず片付けました。……あっ、そこにいるのはクリス先輩ですか? ……それに、そちらはリリアーナ王女様?」

「……アンジェラ? どうして貴方がここに」

 どうやらリリアーナ王女の護衛であるクリスティーナと、今現れたアンジェラは先輩後輩の間柄らしい。

 アンジェラは、まずリリアーナ王女の前に進み出て、片膝をついた。

「リリアーナ様。駆けつけるのが遅くなり、申し訳ございません」

 その丁寧な挨拶に、緊張していたリリアーナ王女は柔らかく微笑んだ。

「先日ぶりですね、アンジェラ様。危ないところを助けてくださり、ありがとうございます」

「礼には及びません」

「ですが、どうして貴方がここに? 白鳳騎士団の方もご一緒なのですか?」

「いいえ。私とチェルシーは別件で大森林の調査に来ておりました。その後……いろいろありまして、今は大森林の中で暮らしております」

「え!?大森林の中で暮らしているのですか?」

「……はい。詳しい事情はお話できないのですが……センジュ王女もご一緒です」

「まあ、センジュ姉さまもいらしているのですね?」

「はい。この場には来ておりませんが、大森林の中にある屋敷に滞在しております」

「アミリアお姉様からは何も聞いていませんでしたが……大森林の中に屋敷があるのですか?」

「はい。ここに助けに来た者たちは、皆その屋敷で暮らしています。見た目は幼い者ばかりですが、私よりも腕の立つ者たちばかりですよ」

 そう言われて、助けに来てくれた者たちへ視線を向ける。

「あ、テテ先生もいらっしゃるのですね」

 リリアーナは、エルフのテテの姿を見つけると、少し驚いたように声を上げた。

 周囲では、他の者たちが負傷した学生を手際よく介抱している。

「アンジェラ……助けてくれてありがとう。あのままでは、リリアーナ王女様をお守りできないまま死ぬところだった」

 回復したクリスティーナが歩み寄り、深く頭を下げる。

「騎士学校の頃、クリス先輩には色々助けていただきましたから。これでおあいこですよ」

「先輩として当然のことをしたまでだよ。それにしても……君たちが持っているポーションはすごいな。
 失った魔力まで戻ってしまった」

「あはは、それは私が作ったものではありません。
 大森林の屋敷に住む“主人”が作ったものなんですよ」

「まあ、その方は錬金術師なのですか?」

 リリアーナは興味深そうに身を乗り出した。

「私も詳しくは知りませんが……魔法も道具作りもできる、多才な方です。センジュ王女も興味を持たれて、調査のつもりが滞在に変わってしまいまして」

「ふふ、お姉さまらしいですね」

 ちょうどその時、回復したサラサ嬢とシャルロッテを連れて、テテとチェルシーがこちらへ歩いてきた。

「リリアーナ、少し背が伸びたか?」

「テテ先生、私はもう十六歳です。結婚だってできる大人なんですよ?」

「そうか……あんなに小さかった子が、もうそんな年に。人族の成長は早いものだな」

 感慨深げに言うテテの隣で、チェルシーが片膝をつき、恭しく頭を下げた。

「リリアーナ様。何度かお会いしたことがございます。白鳳騎士団のチェルシーです」

「はい、存じておりますよ。アミリア姉様からも、チェルシーさんのことはよく伺っています。
 この度は助けていただき、感謝いたします」

「もったいないお言葉です」

 すると、ユリアがこちらへ歩み寄り、状況を報告した。

「怪我人の治療は終わりました。これからどういたしますか?」

「今は夜中だ。できれば移動は避けたいが……」

 アンジェラは、ヒカリの影渡りのことを口にしてよいか迷っていた。
 リリアーナ王女だけならともかく、ここには他の生徒もいる。
 うかつに話せば、噂として広まるのは目に見えている。

「それなら、この場所で朝まで待ちましょうか? 今のところ周囲に魔物の気配はありませんし」

「うむ……それも良い判断だ。リリアーナ様、明るくなってから移動しようと思いますが、いかがでしょうか?」

 そう問われたリリアーナは、少し躊躇いながら口を開いた。

「あの……皆さまがお住まいのお屋敷は、ここから遠いのでしょうか?
 できればセンジュ姉さまにもお会いしたいですし、屋敷の主人様にもお礼を申し上げたいのです」

 その申し出に、アンジェラは困ったように眉を寄せた。

「屋敷には結界が張られておりまして……主人の許可がなければ入れないのです。
 しかも今は主人が留守にしておりまして、皆さまをお連れしても、戻るまで結界の外でお待ちいただくことになります」

 ユリアがアンジェラの心の内を察して補足するように説明を続けた。

「そうなのですね……。それなら、ここで夜を明かしましょう。
 ところで、あなたのお名前を伺ってもよろしいですか?」

「はい。私はユリアと申します。ケンさまに仕える者のひとりです」

「ユリアさん……この度は助けに来てくれて、本当にありがとうございました」

 リリアーナは丁寧に頭を下げた。
 ユリアは、その光景に一瞬戸惑う。

 貴族として生まれながら魔力過多症により“いない者”として扱われてきたユリアにとって、王族が自分に頭を下げるなど想像もしていなかった。

「……困っている人を助けるのは、当たり前のことです」

 そう答えるのが、今のユリアにできる精一杯だった。
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