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第1章
第1話 保健室
しおりを挟むたなびく雲を教室の窓から眺めている。
年老いた男性教師が板書きしながら説明するその声は単調で瞼の重しを加速させていた。
昼食後の授業のせいかクラスの大半の生徒は夢の中だ。
そう言う俺も例外ではないが、何とか眠気を抑えていた。
その時、ポケットにあるスマホがブルっと震えた。
届いたメッセージを確認すると【本日午後6時 横須賀シティホテル 601号室】と、書き込まれていた。
【了解】とメッセージを返しスマホをしまう。
請け負っている仕事は、お世話してくれてる陣開楓さんからメールで指示される。
『じゃあ、今日はここまでです。来週は中間テストだから今日のところまでが範囲です。よく復習しておくように』
チャイムがなり、古典の先生が授業の終わりを告げ、先生が教室から出て行くと、先程とは打って変わって教室内は騒がしくなった。
「マジ眠かった」
「来週テストだぜ。俺赤点しか取れる自信しかねえ」
「終わってるじゃん、それ」
仲の良い友達同士の会話が聞こえる。
俺ですか?
安定のボッチですが、何か?
「おい、蔵敷。さっきの板書き、ノートとったか?」
前の席の海川君が振り向いて話しかけて来た。
浅黒い顔には、制服による縦皺が刻み込まれている。
(こいつ、熟睡してたしな)
「いや、とってない」
「チッ。使えね~な」
そう言って鞄を持って親しい友人のところに行ってしまった。
舌打ちして、あからさまにマウントをとって俺を下に見ていても海川君は俺以外には好青年らしい。
小さい頃、親に売られて施設に監禁状態になってた俺は、学校に通うことはなかった。
助けられてからも、薬物による弊害で治療を優先していて数年が過ぎてしまった。
だが、縁あって俺の力を使い、助けた少女の親が知り合いもいなかった俺に養子になってくれる家を斡旋してくれて、この高校に通わせてもらっている。
それが竜宮寺家。
古くからこの国を支えてきた財閥の一家だ。
(さて、帰るか)
来週の中間テストのため、今日から短縮授業になっていて、いつもより早く帰れる。
「あっ、蔵敷君。ちょっと待って」
鞄を手に取り教室を出て行こうとしたら、結城渚さんから声をかけられた。
「何?」
「このプリント、清水先生に渡してもらえるかな?今日用事があって早く帰らないといけないんだ。それと再来週の球技大会の当番票。前にも話したけど私達は初日の午後イチで良いよね?」
この学校では中間テスト終了後の翌週に球技大会がある。
保健委員である俺と結城さんは、初日の午後に保健室で怪我人が出た時の対処にあたるようだ。
「構わないよ。じゃあ、これ渡しておくよ」
「うん、助かる」
プリントを受け取って保健室に向かう。
保健室に着き扉を開けようとすると、手が止まってしまう。
(清水先生がいるんだろうな)
学校で知り合いに会う気まずさを感じながらドアを開けると、消毒液とコーヒーの匂いが鼻についた。
「1年3組の蔵敷です。プリントを届けに来ました」
声をかけるとカーテンの奥から「こっちまで持ってきてくれる?今、手が離せないから」と、声が聞こえた。
カーテンを開けると窓際のデスクで白衣の女性がパソコンを見ながら「こっち、こっち」と、手招きしていた。
その女性は清水香織。
肩まである髪をポニーテールにしており、左手で掴んだコーヒーカップを口に運びながらパソコンを注視していた。
また、月水とこの英明学園の養護教員として兼務しており、俺が施設から救助されて今まで担当してくれている病院の現役の女医でもある。
「やあ、拓海君。もう学校には慣れた?友達できた?彼女はできた?」
「先生質問多すぎ、それに会うたびそれを聞いてきますけど」
「ええ~~、そうだったっけ?」
そう呟いた清水先生はパソコンから目を離し俺を見た。
「じゃあ、取り敢えず制服脱いでくれる?」
「えっ!?」
言ってる意味がわからない。
「早くしてね。衣紋掛けはそこにあるから」
「えっと、どういう状況?」
「鈍いなあ拓海君は。せっかく会えたんだから診察するに決まってるでしょう」
「診察は来週の金曜日でしたよね?何でここで?」
「拓海君は特異な体質だからね?興味……医者として心配しているんだよ」
「今、興味って言いかけましたよね?」
「あれ!コーヒーが冷めちゃった。拓海君も飲むよね。今、入れるから待ってて」
清水先生は、殆ど空になったコーヒーカップを手に、席を立ってしまった。
(誤魔化しているのバレバレなんだけど)
清水香織先生は、僕の事情を知っている数少ない人の一人だ。
約三年ほどの付き合いだが、日常生活を送れるまで面倒を見てもらった恩人でもある。
言ったら聞かない人なので、仕方なく制服のブレザーを脱いでネクタイを緩める。
「コーヒーここに置いとくよ。しかし、拓海君は行動が遅いよ~~まだ上しか脱いでないじゃない。早くズボンも脱いでね」
「はっ?診察でズボンも脱ぐんですか?今までそんな事は無かったはずでは?」
すると清水先生は呆れたような顔をしてこちらを見つめる。
「拓海君。ここは保健室だよ。いつもの診察室じゃないのよ」
「そんな事はわかってますけど」
「この部屋には都合よく身長計測器や体重計、それに視力の検査機材が揃っているんだよ。ここまで言えばわかるよね?」
つまり普段の診察でしていない身体測定をするということか。
「理解したみたいだね。では、早速まっぱになってね」
まっぱってなんだよ?
「パンツは脱ぎませんからね」
「う~~ん仕方がないか。平常時と戦闘時の長さや角度、それに溜まり具合を測っておきたかったんだけど、それは次の機会にしようかな」
「そんな機会は永遠に来ませんから!」
全く冗談じゃない!
僕の身長は、ここ3年で急激に伸びた。
先月の学校で行われる身体測定では171、3センチだったはずだ。
それから俺は、服を脱いでパンツ一丁になった姿を清水先生にジロジロ観察された。
「体格が少しだけしっかりしてきたねえ。筋肉も程よく付いているし」
清水先生は、僕の身体をプニプニと触りながら独り言のように話続ける。
「栄養状態が良いのかな。楓ちゃんが一生懸命栄養バランスを考えてお料理してる成果だね」
楓ちゃんとは、世話人の一人である陣開楓。
授業中に仕事のメッセージを送って来た人物だ。
施設から解放されてからいろいろあって、今現在は都内のマンションに一緒に住んで世話をしてくれている。
きっかけは、竜宮寺家の末娘の治療をした時に遡る。
竜宮寺家の当主の奥さんの妹である蔵敷家に養子として迎えられてから、竜宮寺家に代々仕えてきた陣開家の長女である楓さんを紹介してもらった。
因みに清水先生と陣開楓さんは高校の同級生でもある。
「楓さんには十分過ぎるほど良くしてもらってますよ」
「学生時代は料理はからっきしだったはずだけど、あれから特訓でもしたのかな」
「楓さんの料理はとても美味しいですよ。ところで先生は料理の方は?」
「拓海君、まずは身長を測ろうか」
(あっ、誤魔化した。苦手なんだ)
それから先生の言う通りに身長、体重、視力検査。血圧から脈拍まで測られた。先月学校で測ったばかりなので結果は殆ど変わらない。
「じゃあ、これで最後っと」
一連の検査を終えて、清水先生は僕に抱きついてきた。
「先生、ここ学校ですよ。誰かに見られたらマズいですって」
先生曰く。ハグも医療行為の一つらしい。
これがあるから、この先生は苦手なんだ。
先生は僕に抱きつき何やら頬を胸に擦り付けている。
「うん、拓海君は大分逞しくなったねえ」
(くすぐったいんだけど……それと匂い嗅ぐな!)
だが、その時保健室のドアが開いた。
「先生、球技大会のプリント持ってきまし……た。失礼しましたああああああああ」
「待って、誤解なんだ!!」
咄嗟に声をかけたが、無情にもその娘は、ドアを閉めて走り去ってしまった。確かあの娘は2組の保険委員だったと思う。
「先生、どうするんですか!変な噂が流れちゃいますよ」
「そうだね~~今度は鍵をかけてからするとしようか」
ダメだ、これ……
その後、先生を説得するまで俺は裸のままハグされていたのだった。
ーーーーーー-------
登場人物
蔵敷拓海(クラシキ タクミ)
15歳。誕生日は11月3日
癒しの能力を持つ覚醒者。
12歳の時、闇の施設に居たところ、国の機関のエージェントによって解放されるも薬物投与の弊害で専門の病院で3年程治療を受ける。
日常生活が送れるぐらいには治療が進むと、竜宮寺家の紹介で今年から英明高校に入学する。
逃げた闇組織の人間を欺くために、視力は良いのだが、普段から伊達メガネをかけており、髪は目元まであるほど長めだ。
それと癒しの能力には代償もあるのだが、それは、次回のお楽しみという事で……
清水香織(シミズ カオリ)
年齢は?おそらく30前後。
身長は150前後で、普段は竜宮寺家経営の病院の女医。
月水金と英明学園の養護教員として兼務。
髪を降ろすと子供っぽいと思っており、普段からポニーテールにしている。
好きなものはコーヒーと拓海に抱きつく事。
結城渚(ユウキ ナギサ)
15歳。誕生日は7月7日
英明学園の一年3組で拓海と同じ保険委員。
学年一と噂のある美少女。
髪は、ボブカットにしており、少し茶髪気味。
部活はテニス部に所属しており、運動神経は良い方。
入学してから一月半で既に二桁の男性から告白されたらしいが、全て断っているようだ。
陣開楓(ジンカイ カエデ)
年齢?おそらく30前後。
陣開家は古くから竜宮寺家に仕える一族。
竜宮寺家から派遣されて拓海の保護者兼世話人として、都内のマンションに一緒に住んでいる。
拓海の担当医である清水香織とは高校時代の同級生。
海川翔(ウミカワ カケル)
15歳。誕生日は9月22日
英明高校一年3組で野球部員。
スポーツ狩りの浅黒い少年で、プライドは高く拓海の事を『隠キャ』と馬鹿にしている。
拓海の前の席だが、拓海と会話する事は滅多にない。
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