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第1章
第2話 横須賀
しおりを挟む首都高速1号線羽田線を南下して、俺達の乗った国産ワンボックスカーは、神奈川県に入った。
「楓さん、あとどれくらいかかる?」
「そうですね。適度に混んでますから1時間半は見ておいた方が良いでしょう」
運転する楓さんは、チラッとナビに目を向けて答えた。
「電車の方が良かったんじゃない?時間読めるし」
清水先生は、これから仕事があると伝えると一緒に行くと言って付いて来た。
仕事を口実にハグを早々に切り上げてほしかった、という思惑があったのだが。
「香織、貴女まで来なくて良かったのですよ」
「楓ちゃんは相変わらず冷たいなあ。拓海君が行くなら私も行くに決まってるじゃん。それより、拓海君の仕事がある時は必ず連絡してって言ったよね。今日だってスケジュールを調整するの大変だったんだから」
「そうでしたっけ?忙しいならそちらを優先してくれて構わないのですよ。拓海様には私がついていますから」
運転席と助手席は、賑やかだ。
きっと高校時代もこんな感じだったのだと予想がつく。
そんな騒がしい二人をよそに、楓さんが用意してくれた治療相手の資料を読み込む。
(海上自衛隊の人か、だから横須賀なんだ)
資料によれば、東シナ海沖で領海侵犯を犯す不審船を警告する為に、海上自衛隊佐世保基地からあさぎり型護衛艦が緊急出航。
不審船に接敵し甲板上から警告を発するも不審船は逃げるどころか機銃掃射を行う。
その時に警告を告げていた藤倉美咲2等海曹(25才)が被弾。
右手指先の欠損、右眼失明、肩から胸部にかけての裂傷という重症を負う。
不審船からいきなり機銃掃射?
もう、これって戦争に発展しかねない事案だ。
それでも海上自衛隊からは水放射で対抗って……
結局、不審船の拿捕はかなわず日本領海から逃げてるようだし。
「楓さん、資料読んだけどこれって大々的にニュースになってもおかしくない事案だと思うけど、そんな報道されてないよね」
「ええ、箝口令が出てますので規律違反覚悟の内部告発が無い限り表にはでません。拓海様、納得できませんか?」
「勿論、納得なんて出来ないけどお偉いさん達が考えた結果なんでしょう?政治は良く分からないし俺は治療しかできないから悔しいけどどうする事も出来ないよ」
「拓海君は偉いね。私は医者なのにそれ以上その娘を救えない。だから、拓海君は誰よりも立派な人なんだよ」
「そうです。拓海様は立派な人です。私は尊敬してますよ」
清水先生や楓さんが褒めてくれるけど、俺の心には響かない。
自分自身、この治癒能力を忌避しているのが原因だ。
偶然手に入れた能力だけど、この能力のせいで俺の人生はめちゃくちゃになってしまった。
自分自身だけなら良かったが大切な姉まで犠牲にしてしまった。
施設に囚われたのは僕だけじゃない。姉も一緒だったんだ。
俺の能力を引き出す為の人質として……
そして、姉は……
姉が居なくなってからは、薬を打たれて無理やり治癒させられた。
何人も何人も……
俺は薬物の影響でいつも虚な状態だった。
「拓海君、大丈夫?車に酔った?顔色悪いよ」
「大丈夫……昔の事を少し思い出しただけだから」
「それって……ううん、具合悪くなったら直ぐに言ってね」
清水先生と楓さんが落ち込んでいる。
また、心配かけてしまった。
「わかった。俺は大丈夫だから」
愛想笑いをして、その場をやり過ごす。
いつか心から笑える日が来るのだろうか?
ビルや工場の合間に見える東京湾の海面が、少しずつ紅色に染まっていく様をぼんやりと見て気を紛らわしていた。
☆☆☆
ホテルに約束の時間の10分前に着くと出迎えてくれたのは、今年度から僕の護衛を担当してくれている霧坂柚子さんだった。
「あっ、楓先輩お待ちしてました。清水先生もようこそ」
霧坂さんは咲き誇る向日葵のような満面の笑みを浮かべて楓さんのところに駆け寄り抱きついた。
「先輩、会いたかったです」
「柚子も元気そうで何よりです。お役目もきちんとこなしているようで安心しています」
「えへへ、先輩に褒められた~~」
二人の背景に百合の花が咲き誇るような場面で、清水先生が話しかけた。
「相変わらず、柚子ちゃんは楓ちゃんの事が好きなのねー」
清水先生の側にいた俺を霧坂さんが気がついたようだ。
「チッ!変態もいたのですか?こちらを見ないで下さい。ぐっ、痛い。先輩、酷いです、頭叩くなんて」
「柚子、貴女は護衛対象である拓海様に何て口の利き方しているのですか」
「だって、あの変態は、ぐっ」
楓さんは霧坂さんの頬を両手で引っ張っていた。
はあ、仕方ないなあ。
「楓さん、霧坂さんは良くやってるよ。その辺で許してあげて」
「拓海様がそう言うなら、仕方ありませんね」
霧坂さんから手を離した楓さんは、今度は頭を撫でながら「次の稽古ではメニューを増やしますからね」と話かけていた。
痛がっていた霧坂さんは、既に蕩けた顔をしている。
(飴と鞭の使い方が上手すぎる)
「そろそろ時間だけど先方は来てるのかな?」
「あっ、そうだった。今、連絡入れますね。先方は部屋で待機しています。皆様方はロビーでお待ち下さい」
慌ててホテルに入る霧坂さんは、清水先生の問い掛けに、やっと仕事モードになった。
「柚子もまだまだですね。今度の稽古で分からせてあげましょう」
「楓ちゃん、柚子ちゃんはまだ高校生なんだから無茶はダメだよ。わかってる?」
普段あまり笑わない楓さんは薄らと笑みを浮かべていた。
俺と清水先生はそんな姿の楓さんを見て、お互いを見つめたまま口を開くことはなかった。
☆☆☆
「海上自衛隊 第一護衛隊 群司令の望月です」
「私は海上自衛隊 第五護衛隊 司令の波川です。今日はよろしくお願いします」
数人の関係者が楓さんや清水先生と名刺交換をしていた。
海上自衛隊の人達は治療対象者を除いて全部で5人。
その中に若い女性自衛官の人も混ざっている。
(怪我した人の同僚なのかな?)
俺と霧坂さんは自衛官達と対峙するソファーセットのある後ろ側に一歩下がったところで待機していた。
霧坂柚子、この娘が俺の護衛という監視役になったのは、英明学園に入学する前だった。
楓さんの通う空手道場の後輩らしく、楓さんの推薦を受けて同じ学校のクラスメイトとして職務に当たっている。同じ年齢なので都合がよかったのかも知れない。
初めて霧坂さんと会った日は、3月の下旬。薄暗い雲が空を覆っていた寒い日だった。
その時に言われた言葉をふと思い出した。
『学校で必要な事以外話しかけないでね!』
護衛役としてそれでいいのか?と思ったが過去の仕打ちより断然マシなので気にしない事にした。
その後、霧坂さんは今日と同じように楓さんにほっぺをつねられていたっけ……
それと霧坂さんと仕事での護衛はこれが初めてだ。
治療対象が男性の場合は、近藤恭司さんという髪を金髪に染めている大学生の人が担当している。チャラいけど優しいお兄さん的な人だ。
女性の場合は、楓さんが護衛を兼務していたのだ。
楓さん達は、用意した書類を説明しサインを求めている。
関係者全員に今日行われる治療行為を秘密にしてもらうだめだ。
お偉いさんの後ろに待機する若い男性の自衛官の人がチラッと俺の方を見る。
その目からは『こんかガキが?』という侮辱の混じった視線を感じた。
霧坂さんも何か感じたのか、鋭い目つきで相手を見つめ、いつでも動ける状態に身体を斜に構えた。
(へーー霧坂さん、結構優秀じゃん)
それから、しばらくして「男性は部屋を出て行けってどういう事ですか?」と、場に似合わない大声が部屋に響いた。
突然、サインを求められたさっきの若い自衛官が言葉を発したのだった。
「先程もご説明した通り、治療行為には直接患者の肌に触る必要があります。貴方は女性のあられもない姿を見たいと言うのですか?」
楓さんは、いたって冷静に言葉を告げる。
楓さんは、弁護士の資格を持っており、竜宮寺家の顧問弁護団の一員でもある。
「そんな事を言ってるんじゃない。そのガキが治療するんだろう?そいつは男だ。そのガキが治療を名目に美咲に変なことをするかもしれないって言いたいんだ」
さっき俺を睨んでいた若い自衛官は興奮したように言葉をなげ放つ。
(怪我した女性の恋人なのかな?)
「同意が得られないのであれば、今回のことは無かったことに」
そう言って楓さんは書類を片付けはじめた。
言葉を尽くして相手を納得させるのが普段の楓さんなのだが、こういうケースは初めてだ。
(楓さん、怒りが最高潮にたっしているよ。清水先生も怒りでプルプルしてるし)
「待ってくれ。こちらの非を認める。渡辺君、今回どうしても一緒に行きたい、と言うので連れて来たが、邪魔をするのなら速やかに立ち去りたまえ」
司令の波川さんがその若い自衛官に言い返した。
「だって波川司令、あんなガキが治療なんか出来るわけないじゃないですか。俺は美咲の為に……」
その時、望月郡司令が言葉を発した。
「渡辺君と言ったか?君は今回の件の重要性を理解していないのか?藤倉2等曹士が藤倉幕僚長の愛娘というだけで、このような治療行為をする訳ではないのだよ。今回のことは国防の特級秘匿事項に該当する事案だ。それに直属の上司である波川君の言葉も聞けないのなら、君を自衛官の資質があると、とてもじゃないが容認できない。速やかに部屋を出て暫く謹慎したまえ」
その言葉を聞いた若い自衛官渡辺は、不満をあらわにして部屋から出て行った。
(はあ、俺も早く帰りたい)
出て行った若い自衛官のことを羨ましいと思ったことは心にしまっておこう。
ーーーーーーーーー
登場人物
霧坂柚子(キリサカ ユズ)
英明学園1年3組に通う15歳
拓海の監視役兼護衛役としてその動向を注視している。
セミロングの黒髪の和風美人。
告白してきた男子を一刀両断する事から冷徹姫と呼ばれている。
陣開楓と同じ空手道場に通っており、陣開楓の事を敬愛している。
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