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第1章
第70話 ピーターパン
しおりを挟むフローリアと空の散歩を楽しみ、部屋に戻ると直ぐに駆け寄って鏡を見ていた。
『本当だ。全部治ってる』
『フローリアさん、自分で気づいてる?鏡のある場所まで今、走ってたよ』
そう言われて気づいたのか、その場でジャンプしている。
『歩けるし、走れる。それにジャンプもできる』
『良かったね。じゃあ、俺は戻るから明日また会おう』
『どこに行くの?ネバーランドに帰るの?』
ピーターパンが本当にお好きなようだ。
『俺ピーターじゃないからね。それに君はウェンディじゃなくってフローリアだから。このお屋敷の客間に泊まってるんだ』
じゃあ、明日も会えるのね。そう言えば名前って何だっけ?』
聞いてなかったようだ。
『タクミだよ。タクミ・クラシキが俺の名前。じゃあ、また』
そう言ってその場で姿を消した。
『あ、消えた……』
そんな声が聞こえたが気にしないで客室に戻る。
それと、姿を消したのは、夜中によその家で彷徨くのはマズいと思ったからだ。
「はあ、疲れた」
俺は、薬を飲まずにそのままベッドに横になり寝てしまった。
◆
フローリア・マスカット
私はお気に入りのミュージカル『ピーターパン』を見に出かけた。
嵐が来る中、家の護衛の人達と出かけたのは私の我儘だ。
チケットがその日にしか取れなかった。
ジイジに頼めばきっといくらでも都合をつけてくれるのだろう。
だけど、私はそういう特別扱いが嫌いだった。
学校では、みんな表面上では仲の良いふりをしてるが陰口を叩いているのを知ってる。
私が大統領の孫だからだ。
だから、私は自分でネット予約したこのミュージカルだけは見たかった。
劇場のついて演劇が始まった。
直ぐに私はその光景の夢中になった。
だけど、ハリケーンは予想を超えて大きくなり劇場にも被害が出そうな勢いだった。
公演は途中で中止となり、私は落ち込みながら護衛の人誘導に従った。
車が横付けされて、中に入ろうとした時看板が風に飛ばされて直撃した。
ドアを開けて合ったのが幸いして私は一命を取り留めたが、護衛の人が亡くなってしまった。
あの時、私が行かなければ……
そんな気持ちを抱えながら動かなくなった下半身と顔の傷と火傷を呪った。
私の気持ちはどんどん荒んでいく。
あの護衛の人にも家族がいたかもしれない。
それを私は奪った。
だから、こんな姿になってしまったんだ。
パパとママは毎日会いに来てくれるが、こんな私を見て欲しくなかった。
だから、だんだんと人を拒絶していった。
それから数ヶ月、ジイジが来て私を治せる人が見つかった、と言った。
きっと、気休めにそんなことを言い出したのだろうと思っていた。
だって、私の下半身は絶対治らないと言われてるし、顔の傷や火傷だって整形手術が成功すれば良くなるだろうとしか言われてない。
だから、そんな話は信じられなかった。
そして、今日その人が家に来たようだ。
パパとママは嬉しそうに私の部屋のドアをノックしていたが憎たらしい気持ちしか湧いてこない。
何で、みんな嘘ばかりつくのだろう。
そんなに、私を追い詰めるなんて死んで欲しいのかな?
私にはそんな事しか考えられない。
だから、本やぬいぐるみを投げつけて文句を言ってやった。
その次の日も同じようにパパとママが来て何度も部屋のドアをノックしてた。
誰が何を言っても信じられない。
でも、その夜不思議なことが起こった。
誰もいないのに声がする。
その声の人は、治療しに来たと言っている。
姿を消せる方法なんて、科学でどうにかできる。
なら、空を飛んで見せて、と無茶を言った。
『わかりました………』
その人はそう言って私の無茶に応えた。
出来るはずもないのに……
ワイヤーで吊るすのかしら?
そんなことを考えていると、テストがどうとか早く帰りたいとか変なことを言ってる。
思わず、変な奴って思って笑ってしまった。
でも、それからは夢のような出来事だった。
包帯を外して見にくい素顔を晒した私の顔に手を当てて、苦しそうにしてる少年。
そして、今度はお腹に手を当ててまた苦しみ出した少年。
何故、苦しそうなのか尋ねて見たら、私が傷を負った痛みを感じてると言っていた。
この人、ヤバい人かバカなんじゃないの?
でも、私はベッドから起き上がれた。
痛みもなく、下半身の感覚が戻ってる。
嘘……
でも、どうしても立ち上がることは出来なかった。
だって、もし夢だったらと思うと目覚めた時の絶望は死よりも辛い。
そこで少年は私を抱っこした。
それから私はウェンディになってしまった。
あの時、途中までしか見れなかったミュージカル。
そのヒロインに私はなっている。
空高く飛んでいると星と月の灯りが優しく私達を包み込んでくれたみたいだ。
貴方はピーターパンなんだわ。
だって、こんなこと普通の人には出来ないもの。
部屋に戻って、私は鏡に向かって走り出した。
本当に綺麗になっている。
そして、私は気づかないうちに走り出してたようだ。
立てるし、歩けもする。
走れるし、ジャンプもできる。
本当に治ったんだ。
少年の名前を覚えてなかったので改めて聞いた。
『タクミ・クラシキ』って言うらしい。
そして、タクミは帰ると言い出した。
まだ、夢を見てるような感覚で『ネバーランドに?』って聞いてしまった。
きっと、後で恥ずかしくなるだろう。
でも、彼はこの家の客間に泊まっているようだ。
それなら、明日も会える。
彼がその場でまた消えてしまった。
私は、呆然と立ちながらしなければならなことを考える。
まず、パパとママにあたってしまったことを詫びよう。
お世話してくれたメイドさん達にも謝罪しよう。
そして、私を庇って亡くなった護衛の人のお墓で謝ろう。
まずはパパとママからだ。
私は自分で閉じた部屋のドアを開けたのだった。
◇
翌朝……
「あ、そうだ。口止めしとくの忘れた」
消えたり空を飛んだりと、思う存分能力を使ってしまった。
バレたらマズいしフローリアに口止めしておかないといけない。
慌てて起きて着替えを済ませ身支度を整えて部屋を出ると、メイドさん達がずらりと並んでいて、みんな深く腰を降りながらお礼を言い出した。
『お嬢様を治療していただき、誠にありがとうございます』
マズい、みんなもう知ってるのか?
『いいえ、仕事ですから。それでフローリアさんはどこにいますか?』
『はい、食事の前に外を散歩すると言って出かけております』
嬉しいのはわかるが、もう散歩してるのか?
誰かに、消えたこととか空を飛んだこととか言ってませんように……
祈るような気持ちで、その場所を教えてもらった。
どの国も朝の空気は清々しくて気持ちがいい。
メイドさんが教えてくれた場所までダッシュで向かう。
芝生の広がる中に低木がある場所に大きめのガゼボがある。
そこで優雅に紅茶を飲んでいるフローリアを見つけた。
近くには、護衛の人とメイドさんもいる。
『フローリアさん、おはよう』
『あ、タクミ、夢じゃなかった』
俺はフローリアさんに近づこうとしたら、護衛さんが行く手を阻んだ。
『タクミ、こっち来てお茶飲まない?』
フローリアさんの声がけに護衛さんはスッと道を開けた。
できた人だ。
俺は小声でフローリアさんに話しかける。
『フローリアさん、悪いんだけど昨夜の消えたことと空の件は黙っててくれないか。バレるとマズいんだ』
『いいけど、言っても誰も信じないと思うよ。タクミがそう言うからあれは夢だったと思ってたのに本当のことだったのね』
『あ、マズい』
『いいわ。タクミが黙っててほしいなら誰にも言わない。そのかわり、また空のお散歩がしたいな』
『わかったよ、今度ね。それと、このお茶美味しい』
『そうでしょう。これお気に入りで結構高かったんだから』
『コーヒー派なんだけど、朝の紅茶はいいかも。今度から朝は紅茶にしてみようかな?』
『ねえ、もうパパとママに会った?』
『ううん、フローリアさんに口止めしなきゃって思って急いでここにきたからまだ会ってないよ』
『そう、覚悟しといた方がいいわよ』
『えっ、俺なんかやらかした?』
『既にやらかしてるわよ。私がこうして一人で歩いてここに来てるんだもの』
『そう言うことか、焦った言い方するなよ。本当に何かやらかしたと思ったんだぞ』
『ふふははは、タクミは話してて飽きないわね。そうだ。私のことはフローリって呼んで。パパとママはそう言うから』
『それって身内だけの特別な愛称じゃないの?』
『だって、タクミは既に私の特別よ』
『じゃあ、お言葉に甘えてフローリ。これでいい?』
『うん、なんかパパとママ以外に言われるの新鮮。気に入ったわ』
『そろそろ戻るよ。みんなに何も言わずに来ちゃったから』
『わかったわ。朝食でまた会いましょう、ね、タクミ』
そう言ったフローリの笑顔はとても輝いていた。
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