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第1章
第78話 アルバイト
しおりを挟む次の日、朝早く起きてランニングをする。
神社の前を通るが勿論素通りだ。
家に帰って学園に行く用意をして家を出るとエントランスで渚とアンジェが話しながら俺と柚子を待っていた。
こうして3人の女性と登校しているのが、学園での噂の原因だ。
校内ではほとんどこの3人と会話らしいものはしていないのが良い証拠だ。
そういえば昨夜、安藤さんに連絡を入れた。
2時間ほどお兄さんである勇人さんとの惚気話あで会話は終わったのだが、肝心の生徒会会長の件は呆気なく断られてしまった。
あの惚気っぷりなら無理もない。
校門を潜り、下駄箱で靴を履き替えるとみんなと別の教室に向かう。
今日も安斉さんと一緒に期末試験を受けなければならない。
ここで合格点を取らないと夏休みの補習が待っている。
いろいろと予定を組んでいる為、赤点は取れないのだ。
教室に入ると既に安斉さんは席についていて教科書とノートを見ながら勉強をしている。
「安斉さん、おはよう」
「おはよう、蔵敷君」
短い挨拶を交わして俺もノートを開く。
このノートは渚が時間のない中、頑張って写してくれたノートだ。
これで合格点を取れなければ、渚に申し訳ない。
試験開始まであと30分ほどある。
俺はトイレを済ませておこうと思って立ち上がったら、スマホが鳴った。
俺のスマホではなく安斉さんのスマホだ。
それに着信曲は今流行りのYou・Zaの曲だった。
「あ、ごめん。マナーモードにしとくの忘れてたわ」
そう言ってスマホを操作し始めた。
俺は「気にしないで」と声をかけて教室を出た。
トイレから帰ってきたら安斉さんが何か落ち込んでるような感じがした。
テストが始まり、問題用紙と格闘する。
そうやって今日の試験を終わらせるのだった。
◆
「やっと試験が終わった」
私は大学生になって初めての試験を終えてほっとしていた。
「さおりん、どうだった?」
一緒に試験を受けていたみっちょんこと東海美代が沙織に試験のできを尋ねてきた。
「教育課程を選択したのは、失敗だったかな、って思ってたところだよ」
「私もそれ思った。でも文学部って理系に比べて就職に潰しが効かないでしょ。出版業界か広告会社とかしか思いつかないもの。教職の資格があれば少しは余裕ができるでしょ。さおりんだってそう思ったから教育課程を選択したんじゃん。やれるだけ頑張ろうよ」
「そうね。頑張るよ。でもやっと今日で解放されたわ。みっちょん、どこか寄って行く?」
「ごめん、今日はサークルの集まりがあるんだ」
「そうか、じゃあまた今度ね」
「うん、さおりんはサークル入らないの?」
「考えてはいるんだけど、ちょっとまだ怖いんだよねー」
「そっかぁ、気が変わったら言ってね。じゃあまた!」
そう言ってみっちょんは、教室を出て行った。
(時間もあるしアルバイトでもしようかな?)
今まで親の仕送りでやってきたけど、少しでもお金を稼いで両親に楽をさせてあげたい。
私は、静岡県出身の普通のサラリーマンの両親に育てられたいわゆる何処にでもある一般家庭の出た。学費も奨学金で賄っている。
それに弟と妹もいるのでお金がかかるはずだ。
同じ高校出身のみっちょんは、地元でも割と有名な裕福の家の出て、仕送りも結構もらっていると聞いている。
キャンパスを歩いていると、人気のないいつもの場所に近藤先輩がベンチに座っていた。
先輩と会うのはバッテングセンターに行って、拓海君の家に行った依頼だ。
「先輩も試験終わったんですか?」
「おお、沙織か。まあな。それ以上のことは聞くなよ」
試験のできが悪かったようだ。
そうだ、先輩ならどこか安心してアルバイトできるところを知ってるかもしれない。こんな先輩でも名家と言われる家の出だ。
「先輩、相談なんですけどどこか働ける場所知りませんか?」
「何だ、沙織、金に困ってるのか?」
「少し違くて、もっと早くアルバイトしようと思ってたんですが、東京になかなか慣れなくてそのままズルズルときてしまいました。うちはお金持ちの家じゃないし弟や妹もいるので自分の生活費ぐらい両親に頼らないで何とかならないかな、って思ってるんです」
「うう……っ、お前は親孝行な奴だな。うん、うん」
何か涙ぐんでるけど、そんなに私の生い立ちって悲しいの?
普通だと思うんだけど。
「沙織、お前パソコンできるか?」
「まあ、文字入力とか表計算とか普通にできますけど」
「よし!俺について来い!」
こうしてどこに行くのかわからずに、先輩に腕を引っ張られて強引に連れて行かれたのだった。
◆
「………恭司さん、また樺沢さんを拉致って来たんですか?いつか背中を刺されますよ」
試験が終わり家に帰って休んでいると恭司さんと樺沢さんが家を訪ねて来た。
樺沢さんの様子を見る限り、無理矢理連れて来たように思われる。
「拓海、違うぞ。沙織の奴がなあ……」
「拓海君、私が先輩にアルバイト出来るところを紹介してほしいって相談したんですが、ここに連れて来られました」
恭司さんの言葉を遮って樺沢さんが説明をし始めた。
確かに、恭司さんの説明だと訳がわからなくなる。
「アルバイトですか?あ、もしかして楓さんの?」
「そうだぞ。楓の姉御はいるか?」
「隣の事務所でお仕事してると思いますよ。恭司さんだけだと不安なので俺も一緒に行きますから」
同じフロアーにある部屋の一室で楓さんは弁護士事務所を開いている。
最近、忙しいらしく渚のお母さんも一緒に働いているのだが、猫の手も借りたいといつも言っていた。
楓さんの事務所を訪ねると、ねじり鉢巻をした茜さんが資料の山と格闘していた。
「茜さん、忙しいところすみません。楓さんはいますか?」
「ええ、いるわよ。そこに」
大きなテーブルに山積みにされている本や資料に隠れて楓さんがパソコンで調べものをしていた。
どんな修羅場だよ!
「楓さん、アルバイトしたいって人を連れて来たんだけど……」
「「採用」」
言葉を言い終わる前に楓さんと茜さんの息の合った返事をもらった。
直ぐに採用を言い渡された樺沢さんは戸惑った様子だ。
「私、何をすれば……」
「ああ、この資料とこの資料をコピーしてくれるかしら。コピー機はそこにあるわ。全部で二部づつよ」
茜さんに早速仕事を割り振られたようだ。
それでも、訳がわからない様子の樺沢さんのフォローとして俺も手伝う事にした。
「じゃあ、樺沢さん、こっちにきて。コピー機の使い方はわかる?」
「コンビニと学校の図書館にあるのしか使ったことがありませんが、同じですよね?」
「そうだね。機種によって多少違うけど。まずタッチパネルで操作して必要な情報を事前に入力する必要があるけど、基本的にはセットすれば勝手にやってくれるよ」
樺沢さんにコピー機の使い方をレクチャーして、一人でやってもらう。
最初は戸惑っていたが、使い方が理解できたのかスムーズに仕事をこなしている。
その間、恭司さんは買い出しを頼まれて出かけて行った。
「弁護士事務所っていつもこんなに忙しいのですか?」
樺沢さんがそう思うのは無理もない。
普通は、こんなに忙しくはないだろうし。
「実は楓さんと俺とでアメリア国に行ってたでしょう?だから、その間の仕事が溜まってしまったようなんだ。急ぎの案件もあるらしくって俺も申し訳ないと思ってたんだ。時間がある時は手伝うようにはしてるんだけど、俺が手伝うとかえって楓さんが気にして仕事が止まってしまうみたいなんだよ。だから、樺沢さんが来てくれて本当にありがたいと思ってるんです」
「そうだったんですね。私は大した事はできないと思うけど、乗り掛かった船なので頑張りますね」
そう言って自分の胸を叩いて見せた。
大きな膨らみがぶるんって震えた。
「拓海君、これお願いできる?」
茜さんが椅子に座りながら新たな資料を片手を上げて示している。
「あ、私がやります」
樺沢さんは、茜さんから資料を受け取り、部数を確認してコピーし始めた。
樺沢さんって優秀なんだ。
前からここにいたような雰囲気を既に醸し出していた。
それもそうか、日本で高学歴と言われる有数の私学に通っているんだし、親元離れて一人暮らしもしてるしね。
俺はその間の、キッチンに行ってお茶を淹れようと思う。
楓さんの好みは知ってるけど茜さんと樺沢さんの好みはわからない。
「紅茶でいいか。フローリからお土産用に紅茶の茶葉ももらったし」
自宅に戻って茶葉の入った缶を持って再び事務所に行く。
「楓さん、紅茶淹れといたよ。手が空いたときにでも飲んで」
「ありがとうございます。拓海様」
「茜さんも樺沢さんも紅茶淹れたから飲んでね」
「「拓海君ありがとう」」
お礼を言われるほどでもない。
それでも少しでも役に立ったのならそれはそれで嬉しいものだ。
普段、楓さん達には迷惑ばかりかけているのだから。
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