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第1章
第82話 裏話 人材不足
しおりを挟むマンションの一室から道路の向かい側にあるタワーマンションを望遠鏡で覗いているひとりの女性がいた。
蔵敷拓海の監視者である探偵事務所に勤務する椎名明梨(シイナ アカリ)22歳。
今年大学を卒業して、黒羽根探偵事務所に入った女性だ。
「特に変わったところはないか」
タワーマンションだけではなく周囲も観察する。
「あ、あの男性。また、朝イチの出勤だ。帰りは終電だし完全にブラック企業に就職してるわね」
タワーマンションの前を通るその男性は、疲れきった表情をしながらも駅に向かって歩いて行く。
「私より2~3才上かしら。私の知る限り休みなく働いている気がする。私も似たようなものだけど、ここは仮眠もできるし所長が差し入れしてくれるから食事も困らない。あの男性と比べればマシなのかもしれない」
すると部屋に誰か来たようでインターホンが鳴る。
覗いてみると、所長の黒羽根林檎(クロハネ リンゴ)所長がビニール袋を両手に抱えて立っていた。
「今、開けます」
「明梨さんごめんね、今日から交代できるから」
ドアを開けて中に入ってきたのは私が勤める黒羽根探偵事務所の所長で林檎さんだ。渋谷にある大学に通っていて昨日ようやく前期試験が終わったようだ。
「大丈夫ですよ。武田さんもいますし交代で休めますから」
「そうは言っても人手が足りないのは事実だから。今募集かけてるけどこれって人がなかなかいないのよね。この仕事口が固くないとダメだし」
どこも人材不足のようだ。
「それで彼はどう?」
「特に変わったところはありません。今は日課のランニングに出ています。武田さんが追ってます」
「そうなんだ。彼がアメリア国に行ってたときのように海外にでも行ってくれれば明梨さんや武田さんにまとまったお休みあげれるんだけど」
「所長は先代の仕事を継いだばかりですし、まだ学生なので両立させているだけですごいと思いますよ。でも、人材はほしいですけど」
先代の時は黒羽根探偵事務所もそれなりに大きな探偵事務所だったが、先代が残した借金を返しながら事務所を運営している林檎所長は偉いと思う。
その時の社員は、武田さんを除いて誰も居なくなってしまったようだが。
「そうそう、聞いた話だと先日彼の下校を見失った時があったでしょう?あの日の夕方、六本木の時計店で襲撃があったんだけど事前のタレコミで被害は抑えられた事件なんだけど、そのタレコミした人物がスマホの通話記録で彼だったって証明されたわ」
「あの時ですか。武田さんがいつになくソワソワしてたんですよ。でも、どうして事前にわかったんでしょう?」
「犯人の一人が英明学園の生徒だったらしいの。学園のどこかでそれを聞いて跡を着けたのかも知れないわね」
「そうでしたか」
彼を観察して数ヶ月。
ときどき違和感を感じる。
あの年齢の男子なら異性に興味があって当然の年齢だが一緒に登下校している美少女3人とイチャイチャするわけでもなく、平然としている。
最初はただのハーレム野郎かと思ったが、そうでもないらしい。
もしかして、男色!
それなら腑に落ちる。
「最近、幽霊さんは出たりする?」
「ここ最近はないですね。お菓子も食べられてませんし、音も聞こえなくなりました」
私達が借りているマンションは政府から提供されたものだが、事故物件だったらしく時々霊現象が起きる。資料を荒らされたり、保管していたお菓子を食べられたりする。
そんな気味の悪いマンションなのだが、その霊は私達に危害は加えないし、たまに食べ散らかした分のジュースやお菓子などの差し入れもする奇妙な霊なのだ。
「霊というより座敷童子みたいね。座敷童子が住み着くと幸運が舞い込むらしいわよ」
「そういえば、武田さんが買った株が爆上がりしたって喜んでました」
「そうなの?じゃあ、私は宝くじでも買ってみようかしら」
私は何を望む?
私はあの子に会いたい。会っていろいろな話をしたい。
そして、あの子がああなる前に救ってあげたい。
「あ、彼、帰って来たわね。じゃあ、武田さんももうじき来るわね。今日はもう大丈夫よ。明梨さんも家に帰ってゆっくり休んでね」
「わかりました」
私は仕事していた方が気が休まる。だって、仕事のこと以外何も考えなくて済むのだから。
◆
私は、黒羽根林檎、21歳。
大学に通いながらお父さんが経営していた探偵事務所を引き継いだ。
お父さんは元刑事。
いろいろあってこの探偵事務所を経営することになる。
母親は、小さな頃、母親の浮気が原因で離婚したようだ。
私は父に引き取られて父の実家である練馬区に引っ越した。
それからは、おじいちゃんとおばあちゃんに可愛がられて育った私は母親がいなくても淋しくはなかった。
父が仕事中に事故に遭って亡くなってしまったのは2年前だ。
その時から、私は大学に通いながら父が残した事務所を受け継ぐことにした。
借金もあり、経営は思うようにいかないけど仕事は尽きなかったのが幸いした。世の中には、浮気を疑う夫婦が多いことを知って、少し気分が滅入ったけど。
そんな時、亡き父の伝で男子高校生の監視業務の依頼があった。
浮気調査で辟易している武田さんは受けるべきだと強く念を押された。
侵入社員の椎名さんには、激務になってしまうが、報酬も桁違いなので断る理由が思いつかない。
半年も続ければ借金も返済できるし、社員たちに給料の他にボーナスを支給できる。
今黒羽根探偵事務所には、私を含めて4人しかいない。
所長の私。ベテランの武田健一さん。新入社員の椎名明梨さん。事務員の槙原千佳さんだ。
正直言って監視業務を甘く見ていた。
人数を回せない私の事務所では社員達に激務を押し付けてしまったようだ。
少しでも休めるように配慮はしているのだが、気休めにしかならない。
早めに人員補充しなければ、誰かが倒れてしまうかもしれない。
でも、武田さんや椎名さんは文句ひとつ言わずにお仕事をしてくれてる。
私は毎日この二人に感謝していた。
今日から試験も終わり私も張り込めるし、その間に休める人もできるようになる。
「誰か良い人いないかな?」
そんなことを考えていると、武田さんが帰って来たようだ。
「あれ、お嬢。試験終わったんですか?」
「うん、今日から私も参加できるよ。それと椎名さんは先に上がってもらったから」
「あいつ、がむしゃらすぎて少し心配してたんだ。ゆっくり休めると良いけどな」
「椎名さんの過去を聞いたんでしょ?」
「ああ、親友が亡くなったって聞いた。まだ、抱え込んでるみてぇだな」
「その事件なんだけど、彼女をレイプした犯人の幾人かは捕まってないのよね。だから、私も心配してるんだ」
「まさか、復讐するつもりとか?いや、ないない。椎名は頭の良い女だ。そんな浅はかなことはしねえと思うぞ」
「それなら良いけど、心配なのよ。あと数ヶ月で実行犯がシャバに出てくるわ。その時に何も起きないと良いと思ってるのよ」
「まあ、俺も気をつけておくわ。おそらく大事にはならねえと思うがな」
「それで、彼はどうだった?」
「時に変わったところはねえな。信号が変わったのに渡れない老人を手を引いて一緒に渡らせたりしてる好青年だ。今時珍しいぜ、あんな奴」
確かに、蔵敷拓海の評価はすこぶる良い。
その優しい行動が確信なのか天然なのかは判断できないけど。
「まあ、彼は問題ないとしても周りの状況はどうかな?彼を襲いそうな怪しい奴はいるかしら?」
最近の業務は、彼の監視というより、彼に近づく人間の監視といった要素が大きくなっている。
「特に問題のある奴はいねえと思うぞ。少し気になったのは最近越してきた白人と黒人の女性だが、対象に危害を加えるどころか好印象を持ってるようだ」
「ああ、その人達なら桜田商会本店(警視庁本部)から連絡を受けてるわ。霧坂修造が後見人となってアメリア国から連れて来たみたいね。薬中ってわけでもないし、スラムの片隅で暮らしてた人達みたいよ」
「へーーあの爺さんが人助けね~~?ピンってこねえな」
「まあ、日本で問題を起こさなければ、お、も、て、な、し、しても良いと思う。犯罪行為をする外国人や日本の文化を理解できない人は論外だけどね」
「どこも人手不足だしな。それで良い求人が見つかったか?」
「今まで応募してきた人はだめね。口軽そうだし、裏で何を考えてるかわからないような人達ばっかりだったわ」
「この業界、そう良い人材が見つかるとは思えねえから気長に待つしかねえか」
「二人には迷惑かけるけど、これからもよろしくお願いしますね」
「そこは所長らしく、文句言わずに仕事しろって言うセリフじゃねえのか?」
「昭和じゃないから、今は令和だから」
そう言って二人は笑い合うのだった。
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