闇治癒師は平穏を望む

涼月 風

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第1章

第87話 前兆

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そう言えば映画館というところに初めて入った。
いろいろな人の記憶を覗いて知ってはいたのだが、こうして自分の足で訪れたことを感慨深く思っている。

「明日香ちゃんは何か見たいのがある?」

「私はこれがいいです」「私はこれ」

明日香ちゃんとルミの意見が割れた。

『となりのとろろ芋』『学校の階段いや怪談か?』

突っ込まないからなっ!

『となりのとろろ芋』ポスターにサブタイトルが書いてあった。

『あなた、お隣の夕飯はとろろ芋よ』『今夜はネバるな』

うん、意味が分からん。
これ、子供が見ていい映画じゃ無さそうだ。
とろろ芋片手に男女が抱き合ってるし。

どう明日香ちゃんに言おうか迷っているとルミが明日香ちゃんに耳打ちしている。

「間違えました。こっちがいいです!」

ルミが何かを言ったようだ。
それにしても階段か怪談なのかはっきりしてほしい。

「じゃあ、私がチケットを買ってきます」

さすが梨花さん、気が効く。
そう思っていると柚子の様子が少し変だ。

「柚子、どうしたの?」
「いや、何でもないぞ。決してホラー系が苦手とかそんなんじゃないからな!」

言ってるじゃん、ホラー系は苦手のようだ。
そう言えば俺達といる時の柚子は完全に猫を被るのをやめたらしい。

「無理してこれを見なくても、他のを見てても構わないぞ」
「私は護衛だ。そんな事はできない」

「柚子は小さい時から幽霊とか妖怪とか怖がってましたからね。道場の合宿でも夜トイレに行く時はいつも私と一緒でしたし」

楓さんがそう言うと柚子は真っ赤な顔をして恥ずかしそうにし始めた。

すると柚子に声をかけるひとりの女性がいた。

「霧坂さんも映画見に来たんですか?」

どこかで見た顔のその女性はいつか階段の踊り場で2年男子に脅迫されてた英明学園の女子だ。

「あら、袴川さんではありませんか。奇遇ですわね。おほほほ」

急に猫を飼い出したようだ。

「お休みの日に会えるなんて嬉しいです。これは運命なのかもしれません」

「そんな事はありませんよ。ただの偶然ですわ」

そう言って柚子は俺のところに来て耳打ちした。

…………
「拓海、どうにか彼女を追い払ってくれ」
「どうして?」
「5月に彼女に呼び出されて告白されたことがあるんだ。意味がわからない」
「は!?つまりそういう趣向のお方?」
「夏休みに入る前、廊下で少し話をしたんだ。その時私のファンクラブの会員ナンバー8だと言ってた」
「ファンクラブの会員って俺を滅殺する倶楽部の会員でもあるわけか。無理、近寄りたくない」
「ぐぬぬぬ……」
…………

「あれ、君は髪型変わってたからわからなかったけど蔵敷拓海だよね?もしかして、二人で映画館デートしてたの?」

ほら、初対面で呼び捨てされたし、睨んでるじゃないか!
絶対滅殺倶楽部の人だよ。

「タクミ、また女を引っかけた?」

さっきまで明日香ちゃんと話してたと思ったらルミがトコトコ歩いて来て、そんな事を言い出した。

「ルミ、引っかけてません。それは柚子に言いなさい」

「え、可愛い。誰?」

ルミを見て袴川さんが食いついた。

「彼女は彼の妹です。血は繋がってませんが」

柚子が説明すると、袴川さんはプルプル震え出した。

「妹であって妹じゃない。世間はそれを義妹と呼ぶ……蔵敷拓海、なかなかやるわね」

よくわからないけど、この女性からは危険な匂いがする。
あの脅迫男子に対抗していたし。

「拓海お兄さま、どうしたんですか?そちらの女性はどなたでしょう?」

「ぶはっ!今度はJS!しかも蔵敷拓海の事をお兄さま呼びするとびっきりの美少女!」

「彼女は彼の従兄弟です」

そう柚子が説明すると、

「はあ……はあ……美少女義妹に美少女従兄弟ですと。ダメです。情報量が多すぎます。少し頭を整理しないと……私はこれで失礼します」

そう言って袴川さんはどこかに行ってしまった。

「柚子、何だったんだ?あの子は」

「さあ、私にもわからないが世の中にはいろんな人がいるという事だな」

「それで納得できる柚子がすごいよ」

「皆さん、用意出来ましたよ」

梨花さんが戻って来て、両手に抱えきれない程のポップコーンを抱いている。

そうだった。
チケットだけじゃなくて軽いお菓子とかジュースも用意しないと。

まだ、飲み物は買ってないようなので、慌ててみんなの注文を聞いて買いに行ったのだった。





中東にあるとある国家の内戦が激化して周辺国家やヨーロッパの国々では難民を受け入れている。

その中で73万人の難民を受け入れたスパインでは、就労許可を得る事は難しく難民の中では仕事がなく飢えに苦しむ人達が大勢いる。

彼達はただ生きたいだけだ。
生き延びる為に争いの絶えない国を離れ異国の地で必死に生きようとしている。

だが、そんな人達を利用しようとする人もいる事は事実だ。

毎日食事にありつけて、安心して暮らせる。
そんなささやかな願いさえ踏み躙る人達だ。

このスパインの難民キャンプに1人の日本人医師がいた。

彼はただ同然で難民達の病気の治療に当たっている。
彼は難民達に恩情を与え続け、見返りは求めない。
見る人がみたら神のような存在だろう。

「先生、野菜が採れた。これあげるよ」

「これは、見事なトマートですねー。気持ちだけ受け取っておきますよ。マイクのところは家族も多いし、皆さんで食べて下さい」

「ダメだよ。先生には俺達家族や仲間達にだって無償で治療してくれるじゃないか。父さんが元気になったのも先生のおかげなんだ。先生に何かを返さなきゃ俺達だって心苦しいんだよ」

「マイクは真面目ですねー人の好意はありがたく受け取ってしまえば良いのです」

「じゃあ、これもらってよ」

「わかりました。このトマートひとつだけもらいます」

先生と呼ばれる男はその場でそのトマトを食べ始めた。

「う~~うまいです。みずみずしいですね~。それでマイクは語学の勉強は捗ってますか?」

「英語なら日常会話ぐらいは話せると思う。訛りの強い喋り方だとまだ聞き取れないけど」

「ほお、素晴らしい。訛りのきつい英語は私でも聞き取れませんよ」

「じゃあ、紹介してくれるの?」

「そうですね。私が使ってる医療道具や薬はその団体から無料で分けてもらってます。このトマートも地球の異常気象が更に過酷になれば採れなくなってしまうでしょう」

「俺頑張るよ。頑張って未来の地球を救いたいんだ」

「そうですね。そろそろいいでしょうか?連絡しておきます。明後日、またここに来て下さい。医薬品の納入がありますのでその時紹介しまーす」

「やったー!レイジ、ありがとう」

マイクは大喜びで家に帰って行った。

恩を誰かに与え、恩を受けた人達。
一見すれば、それはとても素敵で優しい関係だ。
だが、恩を受けたものは知らないうちに心の楔を打ち込まれる。
それは明らかに対等な関係とは言えないだろう。

恩情を与えた者の意思によって、その楔は効力を発する。
それは、場合によっては支配者と支配される者に変わるのだ。
勿論、全ての人がそうなるとは限らない。
だが、大衆は信頼があるリーダーが先頭に立った時、人数の多さで迎合する者が現れるのも事実だ。

無償で医療を提供し続けたこの男は、難民たちの殆どにその楔を打ち付けた。

だから、この男が右だと言ったら恩を受けた者は多方右だと答えるだろう。こうやって人を操り、支配下に置く。

それが、この男の目的だ。

「そろそろ、仕掛けましょうか。この汚らしい場所もお終いですね」

その男はそう小声で呟きテントの中に入って行った。





『先程、環境保護団体のNEW WIND OF THE EARTH。NWEに所属する少年が警官に撃ち殺されました。スパイン警察はその事実を否定していますが、その少年はシレアから移住して来た難民の一人でスパイン難民保護施設で暴動が発生しております。付近の住民は速やかに避難して下さい』

3日後、そんなニュースがスパイン国内に報道された。



………………

この小説はフィクションであり実際の国と民族に関して特段の意味はありません。

スペイン=スパイン
シニア=シレア


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