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第1章
第89話 砂浜
しおりを挟む白い砂浜
青い海
風が運ぶ磯香り
「夏だな!拓海」
「夏ですね、恭司さん」
アウトドア用のテントを砂浜に立てて、その傍にビーチパラソルが数個並んでいる。遊ぶ人数が多いので下作業も大変だ。
恭司さんと一緒に全ての作業を終えたのは、作業開始から1時間ほど時間が経過した後だった。
「それで、志島さんは誘わなかったんですか?」
志島葵さんは恭司さんが気になっている女性だ。
以前、恭司さんと海にドライブに行った時に浜辺で倒れて治療した人でもある。
「それが、聞いてくれよ。夏休み中は新潟県のお祖父さんの家にずっと行ったきりなんだってよ。しばらく行ってなかったようでお盆のお墓参りも兼ねてるらしい。帰ってくるのは来月の中旬過ぎって言ってた」
この夏休みに期待を寄せていた恭司さんは、珍しく落ち込んでいた。
「大学生の夏休みは9月の中旬くらいまであるんでしょう?それならこっちに帰って来てからいくらでも誘えるじゃないですか」
「まあ、そうなんだが夏は待っててくれねえだろう?。後半はクラゲも多いしな」
そんな話を恭司さんとしてると「せんぱ~~い」と声をかけながら走ってくる樺沢さんと東海さんが現れた。
樺沢さんは水着の上にテーシャツ、東海さんは薄手のパーカーを羽織っているが迫力がある。というか、あり過ぎる。
「おお、沙織とギャル子か。随分早かったな」
「ギャル子じゃない!東海美代だって何回言ったらわかるんだか!」
東海さんと恭司さんは何度か顔合わせしてしてるが、東海さんの見た目でそう呼ぶことが多い。
「拓海くん、用意してくれてありがとうね。それにしてもたくさん建てたわね。これ、大変だったんじゃない?」
テントやビーチパラソルを建てるのはそんなに苦労はしない。
ただ、別荘からここまで運び込むまでが大変だった。
恭司さんと何往復したのか数えるのが馬鹿らしいほど別荘と浜辺を行き来していた。
「まだ、ゴミ拾いが終わってないんですよ。砂浜に結構ペットボトルとか打ち上げられているんで。まあ、全体的に綺麗なのでそこまで数は無いと思いますけど」
いつもなら地元の業者の任せていたらしいのだが、その業者が新しくできたホテルの管理を急に依頼されたらしく人手が足りないらしい。
それでも、時間のある時に掃除はしてくれていたようだが、今は先代社長のおじいちゃんひとりで砂浜を掃除している。
「そうなの?見た目は問題ないわよ。浜松にある私と沙織の実家近くにある浜辺より綺麗になってるわよ」
樺沢さんと東海さんは、別荘で過ごした後に実家に里帰りするようだ。
アルバイトや予定もあるらしく2~3日顔を出して帰ってくると言っていた。
「先輩、それよりどうですか?」
樺沢さんは恭司さんに水着姿を誉めてもらいたいのだろう。ティーシャツ着てるけど。
「ああ、用意はできてるぞ。バーベキューのセットはまだだがな」
「ああ、もう!違いますよ。私を見て何か言う事はないんですか?」
「ああ、ちっこい、おっぱいデッカい」
「そうじゃありません!水着ですよ!女子の水着を見てなんか感想はないんですか?」
「まあ、似合ってるんじゃねえか?ティーシャツ着てっから良く分からねーが」
恭司さんは相変わらずのようだ。
一方、樺沢さんは恭司さんの足を蹴っている。
「ねえ、拓海くん、あの金髪ヤンキーっていつもああなの?鈍感系キャラにしては度が過ぎててさおりんがかわいそう」
東海さんは耳元でそう言ってきた。
「恭司さんですからね」
「そうなんだ。さおりんの恋の行先はS級ダンジョンを攻略するより難しそうね」
そう言って一人で納得している東海さんだった。
「そろそろみんなも来るのですか?」
「もう少し時間がかかりそうよ。私とさおりんは無料でこんなすごいところに招待されたから、拓海くん達を手伝う為に早く来たんだ」
手伝ってくれるならありがたい。
「そうでしたか。では東海さんはこれをお願いします」
渡したのは金属探知機だ。
砂浜に落ちている金属系のゴミで足を怪我しないようにと渡されたものだ。
「何これ?どうやって使うの?」
「金属探知機です。スイッチを押して円盤状の部分を砂浜に向けてなぞりながら歩いて下さい。砂に埋もれている缶とか釘とかあれば反応しますのでそこを掘ってくれればゴミがあるはずです」
「徹底してるわねー。いいわ、面白そうだし」
確かに宝探しみたいで楽しそうだ。
「じゃあ、お願いします」
こうして東海さんと二人で砂浜の掃除をするのだった。
◆
『何ですって!』
クロエから聞かされた言葉に絶句した。
スパインの難民保護区で暴動が起きたらしい。
そのきっかけとなったのが、環境保護団体のNWEという組織の少年が抗議活動中に警官に撃たれたからだと聞いた。
『あの組織は過激な活動で有名ですからね。環境問題をフロントにして過激な行動で国を荒らすのが目的となっています。新しい形のテロだとも言えますね』
確かの私の所属しているECとは似ても似つかない組織だ。
だが、過激な行動はどうであれ私達と同じ環境保護を建前にしている。
国連が認めているECとはいえ、影響を受けるのは必須だ。
『それでどうなったの?』
『詳しくはわかりませんが、既に難民保護区は難民者の手に落ちてます。スパインは、国の一部を難民保護区に取られた形になりました』
「それって、もう内戦じゃない。警察ではなく軍隊が動けば一般市民に大きな被害が出るわ』
『聖女様、それだけではないのです。イギレス、ドイトなどの周辺国で難民を受け入れている国々でも暴動が起き始めています。きっかけはスパインですが、NWEの介入があるとどの国でも報告されています』
『何で、何でそうなるの?確かに環境問題は未来の人達の為に必要なことよ。でも、今現在生きている人達を蔑ろにしていいはずがないじゃない。何でそんな簡単なことがわからないの?』
『環境問題という口先だけの良い言葉に惑わされているか、日頃の不満や自信の問題を環境問題を理由にしてすり替えているか、ですね』
『どうした良いの?』
『私達に出来ることは、きちんと講演を開いて訴えていくしかありません』
『それって、いつもしてることよね?』
『ええ、講演を聞きの来た人達の中でひとりでもこの問題に真剣に向き合ってくれるのなら講演を開いた価値はあります』
クロエの言うことは正しいのかもしれない。
でも、こんな逆風の中で私の言葉が人の心に刺さるとは思えない。
『自信を持ってください。聖女様の言葉はきっとこの国の人々にも伝わるはずです』
アジアの中で勤勉性と技術力の高さで発達してきた日本帝国。
今の経済大国と言われるまでには、負の遺産も大きな問題となっていた。
公害による疾病。
道路や鉄道などのインフラ整備の為の森林破壊。
必要な電力を確保するための火力発電、そして原子力発電所の事故による放射能の漏洩。
私が勉強しただけでもこの国は、そういう問題を抱えながらも発展してきている。
だが、その先はどうなるのだろうか?
利便性を追求した先にあるものは何なのだろう?
インタネットに個人が世界と繋がることが出来る世界だ。
果たしてそれ以上の技術力が必要なのだろうか?
100年後の未来はどうなっている?
私達は、ドームに覆われた人工的な環境の下で自宅に居ながら学業も仕事もできる時代。既にその片鱗は歩き出している。
『クロエ、未来はどうなっていると思う?』
『そうですねーー。人々はカプセルの中で寝かされながら擬似アバターで勉強や仕事をしているかもしれませんね』
『それって、どう考えても良いとは思えないのだけど』
『確かに身体に障害を患っている者にしたら擬似アバターとはいえ、自由に動けることは素晴らしいことだと思います。ですが、それをどう利用するかは利用する人次第です。電子マネーなども便利ですけど、その技術に長けた人なら他人の口座から勝手に引き出せたりもできますしね』
『道徳や倫理観を育てるようにしないとあっという間に犯罪に使われそうね』
普段使う移動する為の車でさえ、運転手が悪人なら他人に危害を加えることなど容易くできてしまう。
『そうなると、宗教的な価値観がどうしても必要となります。盗みは悪いことだと子供に教えても、何が悪いのかわからない子もいるでしょう。お店が困るから?なら、自分が食べるのに困っているのは悪いことなのか?となるのです。その理由を説明して子供達が納得できるのはその子の持ち合わせた資質と環境です。理解できないで大人になる人も多いでしょう』
『一線を越えさせないように宗教的な価値観が必要なわけね?』
『そうですね。悪ことをしたら地獄に落ちる、と昔から言われているのはそういうことだと思います』
『それって、確かめようのない、その答えが真実かどうかわからないから良いのですよね。死んだ後でないとわからないことですし。でも、きっと天国も地獄もあると私は思ってます。私の両親も天国に行っていると思っていられるだけで私は生きていけるのですから』
『そうですね。私もそう思います』
イリスとクロエはそう話し合いながら次回の講演に向けて意見を交わすのであった。
◆
「拓海くん!見て見て」
東海さんが大きな声で叫んでいる。
どうやら金属探知機で何かを見つけたようだ。
でも、それがこの先に起きることの重要なアイテムだとはこの段階では知る由もなかった。
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