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第40話 迷走
しおりを挟むここまでどうやって来たのか、あまり覚えていない。
沙希に連れられて電車に乗ったのは覚えている。
公園にある芝生の上でバッグに入っていたシートを出してそこに座っていた。
途中で買ったジャースを飲みながら本当にあれは夢だったのか、それとも現実だったのか、今ではハッキリしない。
「先輩、少し落ち着きましたか?」
「ああ、うん。もう大丈夫だ。迷惑かけてすまない」
沙希は、普通ではない状態の俺を側で支えてくれてた。
「何があったのかお聞きしても?あの交差点から先輩は変でした」
「昔の知り合いが居たんだ。夢か幻かわからないが……」
「それって、ふつうにあり得る事なのでは?」
「ああ、そうだな。でも、あいつが生きているならの話だ」
「えっ……その方は亡くなっているんですか?」
「5年前にね……」
それを聞いた沙希は、納得するような面持ちとなった。
「先輩、ここにどうぞ」
そう言って正座している膝をポンポンと叩いている。
「何が?」
「えいっ!」
俺が尋ねた瞬間、沙希に頭を手で押し付けられて膝枕する形になってしまった。
「どうですか?女子中学生の膝枕の感触は?」
「変な言い方するな。だが、少し落ち着く感じがする」
「そうでしょう。私の初めての膝枕なんですから、効果は抜群です」
沙希とこんな風になるとは思わなかった。
クレープ屋で再会してから、沙希は俺に近づいてきた。
駅での待ち伏せしてたり、帰りは校門での待ち伏せしてたりしてる。
何が気になったのか理由はわからないが。
「先輩、眼鏡邪魔ですね。取りますよ」
そう言って眼鏡を外してしまう。
そして、何を思ったのか前髪を手で掬って梳かし始めた。
『あっ!!』
沙希は驚いた様子で俺を見つめる。
俺は、傷を見られたせいだと思ってた。
どういうわけか、俺の傷を見た女の子は、俺に文句を言いながら走り去る。
だが、沙希は違ったようだ。
「…………」
沙希は、そのまま固まったように動かなくなった。
このパターンは、初めてだな……
「これは5年前に事故で負った傷だ」
そう言って沙希の手から自分の髪を取り戻して、その傷を覆う。
「違う。そうじゃないの……」
そう言いながら小さな嗚咽を噛み殺してるような様子だ。
体が小刻みも震えている。
俺の頬に温かい滴がポタリと落ちた。
沙希……!?
俺は膝枕から起き上がり、沙希の様子を見る。
明らかに泣いていた。
昔の泣き虫だった頃の沙希に戻ってた。
俺はハンカチを取り出して沙希に渡す。
手を頭の上に載せて泣き止むまで撫で続けた。
何で泣いたのだろう?
沙希は、傷のせいではないと言っていたが、俺にはそれ以外理由が思いつかなかった。
◆
~神宮司沙希~
私は何て愚かだったのだろうか
先輩、いや、お兄ちゃんが生きててくれたことに舞い上がって、嬉しくて少しでも一緒にいたいと思ってた。
お兄ちゃんは、私の我が儘にも文句を言わずに付き合ってくれた。
そんなお兄ちゃんを見て、私を受け入れてくれたのと思い、さらに舞い上がった。
お兄ちゃんの側に居られる事が堪らなく嬉しかったのだ。
今日は、お兄ちゃんとのデートだった。
ありきたりな、映画デートだったが、私にはお兄ちゃんとはいえ、男の子と2人っきりの映画は初めてだ。
朝から、テンションが上がる。
着ていく服は昨夜のうちに用意した。
少し大人っぽい装いを心がけたつもりだけど、お兄ちゃんはスカートの短さが気になったようだ。
このスカートは、中はズボンみたいになってるし余程の事がない限り、中身は見えないようになっている。
でも、それって私のことを心配してくれてたんだよね。
別に誰かに見せるつもりはないけど、お兄ちゃんが良ければ……
ダメ、ダメ、ダメ。
私の脳内が、また暴走してる。
映画もとってもたのしかった。
内容には納得してないけど!
普通なら兄妹が結ばれてハッピーエンドでしょう?
何で、それぞれ別のパートナーと結ばれるの?
映画を見終わって、食事をした。
混んでたけど、お兄ちゃんは美味しそうに何でも食べる。
見ている私も食欲が湧いてくる。
でも、駅に向かう交差点の所で、お兄ちゃんは立ち竦んだままになった。
その顔は、青ざめていて茫然としてる感じだ。
ここは危ないので、お兄ちゃんを引っ張って駅まで行き電車に乗ってヨヨギ公園まで歩いた。
具合が悪いみたいじゃないけど、前にもこんな風になってた時がある。
そう、私と初めて会った電車で泣いてた時だ。
どうしちゃったんだろう?
お兄ちゃんは、それでも自分のバッグを開けてシートを出してくれた。
芝生の上にそれを敷いて2人並んで座ってた。
そうだ!
前に本で読んだ事がある。
男の子は女子に膝枕してもらうのが好きらしい。
お兄ちゃんも膝枕したら元気になるかも……
私は少し恥ずかしかったけど、お兄ちゃんの頭を自分の膝の上に載せた。
お兄ちゃんは、落ち着く感じがするって言ってくれた。
良かった、膝枕してあげて……
でも、横向いてるお兄ちゃんは、眼鏡が邪魔そうだ。
私は、眼鏡を外した。
お母さんにそっくり。
それに凄いイケメンだ。
私のお母さんは自慢じゃないけど、とても美人だ。
お父さんもイケメンだけど、お母さんほどではないと思う。
私はお兄ちゃんの隠れていた顔が見たくなった。
長い髪を優しく上げてみると……
右目上の額のところに大きな傷がある。
しかも、少し頭蓋骨が陥没してる。
お兄ちゃんは、この傷を隠したくて似合わない長い前髪で隠していたんだ。
そう思うと、涙が溢れてきた。
お兄ちゃんはこれまで生きてきた人生が、どんなに過酷だったのか。
メイさんに聞いた時はわからなかったんだ。
理解が及ばないと言った方がいいかもしれない。
でも、お兄ちゃんの傷を見て私は思ってしまった。
痛かっただろう。
辛かっただろう。
寂しかっただろう。
他にももっともっと大変な思いをしてきてたんだ。
お兄ちゃんが私にハンカチを渡してくれた。
泣き止むまで、頭を撫でてくれた。
この感触は覚えてる。
小さい頃、泣き虫だった私にお兄ちゃんがよくしてくれてた事だ。
ああ、お兄ちゃん、お兄ちゃん……
私が妹の沙希だよ!
沙希って呼んで!
そして、私を優しく抱きしめてよ!
ここで私は気付いてしまった。
とても大事なことを……
名乗れないってことがどんなに辛いのかを……
お兄ちゃんは、ずっとこんな気持ちだったんだ。
私に初めて会った時、涙が自然と溢れるくらい辛かったんだ。
なのに私は、そんな事も知らないで、お兄ちゃんに甘えてばかり。
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
私、お兄ちゃんをいっぱい傷つけてた。
お兄ちゃん、私と会ったり、話したりするのきっと辛かったと思う。
今の私にはわかる。
私も辛いから……
浮かれてたあの時の自分を殴ってやりたい。
でも、私わかんないよ。
これから、どうしたらいいのかなんて。
お兄ちゃんの側に居たいのは本当のこと。
でも、それっていいのかな?
お兄ちゃん、辛いよね。
きっと、私も辛くなる。
ねえ、どうしたらいいの?
お兄ちゃん、教えてよ。
私達兄妹が、苦しまなくて済む方法を……
メイさんは言ってた。
もし、名乗りをあげたらお兄ちゃんは私の側から離れていくだろうって。
私は、待つってあの時決めたのに……
わかってなかったんだ。
本当に私はバカだ。
電車に乗り、家に帰ってきた私は、シャワーを浴びて自分のベッドに横になってる。
考えれば考えるほど抜け出せない迷路の中に入っていく。
お兄ちゃんが苦しいなら、会わない方がいいのかな?
でも、そうして距離を置いたら一生私達兄妹は救われない気がする。
今日見た映画、何故あの兄妹は別のパートナーと結ばれたのか少しわかった気がする。
2人でいる事が辛かったんだ。だから、いろいろ考えてお互いが幸せになる形を選んだのかもしれない。
でも、それってたくさん話し合って苦しんだ結果なんだよね。
私とお兄ちゃんは、まだ始まったばかりなんだ。
お話も、一緒にいる時間もまだ足りないんじゃないかな。
でも、お互い辛いのがわかっているのに、一緒にいられるの?
ああ、答えがでない。
でも、私は映画みたいになりたくない。
お兄ちゃんと一緒がいい……
答えが出ないまま、私はベッドの上で目を閉じた。
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