42 / 89
第41話 散歩
しおりを挟む俺の傷を見てから沙希の様子が変だ。
昨日、電車で帰ってからもあまり口を聞いてくれなかった。
何か悩んでる様子だったが、そんなに俺の傷が良くなかったのだろうか?
今朝、メッセージで朝部活があると言って、先に学校に行くと連絡があった。
俺は、そんなメッセージをもらいながらも沙希が待っていた改札前広場に視線を向けていた。
それと、話は別だがメイファンの学校をどうするか、聡美姉たちと相談した。
密入国で日本に来たメイにはパスポートも戸籍もない。
そこで、戸籍を用意すると同時に学校に行ってみては?ということになった。
メイの希望は俺と同じ学校の同学年。
しかし、明らかに学力と見た目が共わないので、この一年間勉強をして来年高校1年生から始めることに落ち着いた。
奇しくも沙希と同学年になる予定だ。
メイはバカじゃない。
それどころか、教えたことは何でも吸収する天才だ。
きっとIQが高いのだろう。
だから、学力の事については問題ないと思っている。
昨日、帰ってからそんな話をしてた。
1人での登校は、久しぶりな気がする。
それだけ、俺にとって沙希の存在は大きかった。
でも、辛いのも事実なのだが……
学校に着き、クラス入っていつもの席に座る。
そういえば鴨志田さんとはそのままの状態だった。
まだ、登校してない鴨志田さんにメッセージを送った。
佐伯にどうにかすると約束したからだ。
内容は「怖がらせてすまない」と書いて送ったのだが、きた返信には「怖くないよ」と書かれていた。
うむ……?
どういうこと?
考えても仕方がない。
鴨志田さんが登校してきたら話をしてみよう。
「やっぱ『FG5』は最高だよな!」
「ああ、超可愛かったな」
そんな話をしながら新井真吾と南沢太一が教室に入ってきた。
土曜日行われたヨメイリ・ランドのミニコンサートの事を言っているのだろう。
「生はいいよな。夏の武道館も行きたいよ」
「ああ、俺も。でもチケット手に入らないぜ。今回はオークションで落とせたけど」
確かに『FG5』の夏の武道館のチケットは既に完売している。
マネージャーの蓼科さんが『秒殺ですよ。秒殺!』と妙なテンションで喜んでたっけ。
そんなクラスの会話を耳にしながら本を読んでると『おはよう』と声をかけられた。
見ると鴨志田さんだ。
俺も声をかけようとしたら、真っ赤な顔してさっさと自分の席に行ってしまった。
声かけづらい……
明らかに変な様子だが「話しかけるんじゃねぇ」みたいなオーラを出しているのでそのままにしておいた。
昼休み、いつのも木陰に行くと穂乃果が既に待っていた。
最近は、隠れなくなったことを喜ぶべきなのか、穂乃果の無表情の顔からは想像ができない。
「穂乃果、前に俺の額の傷の事を話したよな?」
「はい、女子がその傷を見て逃げて行く、という話ですね」
「そうなんだ。でも、今度は違うパターンなんだ。この傷を見て泣いたんだよ。その後、明らかに無口になって避けられてるような気がするんだが」
「ほほう。実は昨日、妹がレンタルしてきた映画を一緒に見たのですが」
「妹と仲がいいんだな」
「まあ、それなりにです。それでですね。私は普段映画と言ったら時代劇、それも忍者が登場するものしか見ないのですが、妹が借りてきたのは少し毛色の違ったものでして、その映画は死体が動き出すゾンビものだったのです」
「確かにそういう映画もあるな」
「ええ、私、その手のものは初体験だったので少し戸惑いましたが、姉としての威厳を最後まで何とか保ちましたです。はい」
「そうか、それは偉かったな。それでその映画と俺の傷がどんな関係があるんだ?」
「ゾンビの中にカズキ殿と同じように頭に斧が刺さってできた傷があったゾンビがいたのですが、その傷から蛆虫が湧いて出て大層気持ち悪い物でした。今、思い出しても泣きたくなるほどおぞましいものでした。はい」
そうか、この傷って沙希にとっては泣くほど醜く見えたのかもしれない……
「そうか、穂乃果、参考になった」
「いいえ、お役に立てたのなら幸いです。はい」
俺の傷を見たせいで、泣くほど沙希を傷つけてしまったようだ。
その後、たわいのない話を穂乃果としてそれぞれの教室に戻った。
◇
放課後、いつもの通り家に帰ろうと校舎を出た。
沙希は友達との約束があって今日は一緒に帰れない、と連絡があった。
少し落ち込んでいたが、安堵する俺もいる。
このまま疎遠になった方が良いのではないかと思ってしまう。
鴨志田さんには、話しかけられなかった。
俺が話しかけと近づくと、顔を真っ赤にして逃げるように去って行く。
嫌われたと思う。
俺は、今まで1人だった。
多分、これからも……
珠美のお迎えは雫姉が買い物がてら寄るようだ。
久々に寄り道せず屋敷に帰る。
メイは最近、オンラインゲームにハマってる。
友達になったユートンさんとフレンド登録をしたそうだ。
好きなものができて俺も嬉しいが、寝不足になるまで熱中するのはどうかと思う。
そんな俺は少し散歩に出かけた。
最近、滅入る事ばかりで気分が落ちつかないからだ。
考えるのは、賢ちゃんのこと。
あれが現実か、幻かまだわかっていない。もしかしたら幽霊になって俺の前に現れたのかもしれない。
行く場所などあてにない。
ただ、足の赴くまま歩いている。
すると、少し寂れた小さな古本屋を見つけた。
俺は、その店に入る。
積み重ねられた雑誌や文学全集などがあり、値段も安い。
俺は本棚に陳列されている本を眺める。
まず目に着いたのは『戦争と平和』トルストイだった。
6巻まであるのか、あれ、こっちは4巻までだ。
出版社によって違うようだ。
今の俺には文字数が多すぎな気がする。
そして、隣の棚にあったのは『罪と罰』ドフトエフスキー。
これなら、時間のある時に丁度いいかもしれない。
俺はその本を手に取り、店の奥にいる店員さんに本を渡した。
「ほう、若いのにこれを読むんだ」
その店員さんは、店に似合わない30歳前後の眼鏡をかけた好青年だった。
「これなら読めそうなんで」
「僕がこれを読んだのは大学1年の時だったかな。あの時は入試が終わって好きな本が思う存分読めると浮かれてたときだったよ。こういう本は是非とも若いうちに読んでほしいんだ。いろいろな思想や考え方を学んで自分という者を見つめて欲しいと僕は思ってるんだよ」
「良かったです」
「何がだい?」
「お兄さんがこの本の内容まで話すんじゃないかと、少しヒヤヒヤしてました」
「あははは、そうだよね。これから読もうとしてる君に内容を話してしまったら面白くないものな。実はちょっと危なかった。もう少し会話してたら内容を話してたと思う。すまない」
なんか憎めない人だ。
「じゃあ、これカバーつける?」
「はい、お願いしました」
「本当は古本屋ではカーバーはつけないのだけど、これはサービスだよ」
そう言ってその好青年は、落ち着いた感じの包装紙で本にカバーをしてくれた。
「そう言えば『戦争と平和』を見てたね。どうしてあれを選ばなかったんだい?」
「4巻や6巻までありましたから。時間がある時でないと難しいと思ったんです」
「そうか、君は頭が良いんだね。それに自分の事を理解している。僕はね、高校の時、その本に手を出したんだ。でも、中途半端になってしまった。定期試験や受験勉強でどうにもいかなくなっちゃったんだ。それで、大学生になって初めから読み始めたよ。当時の僕は、有名だとか名作だとかの言葉に踊らされていて本質をわかってなかったんだ」
「そういうものなのですか?名作を読むのは良いと思いますけど」
「ああ、それは間違い無いよ。ただ、僕の場合、読んだ気になっていたというべきかな。つまり、見栄の為に読んでいた。恥ずかしい話だけどね」
そういうこともあるのか……
「友達に自慢するとかですか?」
「いいや、それを読んでる自分が好きだっただけだ。本当に作家さんには失礼な話だと思うよ」
こんなに正直に自分を話す人は珍しい。
そういえば聡美姉が俺の事をそんな風に言ってた気がする。
そうか、こういう人は好感が持てるんだ。
「俺も読んだ気になってた本もありますよ」
「そうか、君にもあるか。そういう時は本の内容などまるっきり理解出来てないんだよな」
「そうですね。特に読んでみて何か馴染めないって感じるとそんな感じになります」
「うんうん、わかる、わかる」
その後もその古本屋の兄さんと本の話をしてた。
結構、有意義な散歩の時間だった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)
大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。
この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人)
そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ!
この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。
前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。
顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。
どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね!
そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる!
主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。
外はその限りではありません。
カクヨムでも投稿しております。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
付きまとう聖女様は、貧乏貴族の僕にだけ甘すぎる〜人生相談がきっかけで日常がカオスに。でも、モテたい願望が強すぎて、つい……〜
咲月ねむと
ファンタジー
この乙女ゲーの世界に転生してからというもの毎日教会に通い詰めている。アランという貧乏貴族の三男に生まれた俺は、何を目指し、何を糧にして生きていけばいいのか分からない。
そんな人生のアドバイスをもらうため教会に通っているのだが……。
「アランくん。今日も来てくれたのね」
そう優しく語り掛けてくれるのは、頼れる聖女リリシア様だ。人々の悩みを静かに聞き入れ、的確なアドバイスをくれる美人聖女様だと人気だ。
そんな彼女だが、なぜか俺が相談するといつも様子が変になる。アドバイスはくれるのだがそのアドバイス自体が問題でどうも自己主張が強すぎるのだ。
「お母様のプレゼントは何を買えばいい?」
と相談すれば、
「ネックレスをプレゼントするのはどう? でもね私は結婚指輪が欲しいの」などという発言が飛び出すのだ。意味が分からない。
そして俺もようやく一人暮らしを始める歳になった。王都にある学園に通い始めたのだが、教会本部にそれはもう美人な聖女が赴任してきたとか。
興味本位で俺は教会本部に人生相談をお願いした。担当になった人物というのが、またもやリリシアさんで…………。
ようやく俺は気づいたんだ。
リリシアさんに付きまとわれていること、この頻繁に相談する関係が実は異常だったということに。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる