インミシべルな玩具〜暗殺者として育てられた俺が普通の高校生に〜

涼月 風

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第64話 水曜日は観念(2)

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それからメイは空き教室で試験を受けた。
試験監督者は、理事長室まで案内してくれた教頭先生らしい。
試験の結果は、その場で採点されるようだ。

俺は、自分のクラスに戻り授業を受ける。
最近、依頼される事が多いが滞ってる案件がいくつかある。
金堂組の件、ちびっ子アイドル達のミニ・コンサートの件、そして今回の監視システムの件だ。あと、俺を襲ったボスの件と爆破された事務所の改修工事の件など考えるとキリがない。

無心だ。
心を無にして何も考えるな。
そう思っていてもうまくはいかない。
諦めが肝心だ。
結局、目の前の事をやってれば最後にはどうにかなる。

昼休み。

今日は雨は降ってないのでいつもの木陰に行こうとした。
弁当を持ち、廊下に出てしばらく行ったところで声をかけられた。

「待って、私も一緒に行く」

振り向くと神崎だった。
そう言われれば、俺は待つ。
彼女の姿はいつもの地味子だ。

「ああ、今日は雨が降ってないから校舎の外で食べるぞ」
「そうなんだ。わかった」

神崎もお弁当をぶら下げている。
飲み物がないようなので、途中でペットボトルのお茶を俺が買った。

「ほら、これ」
「えっ、いいの?」
「ああ、弁当が喉に使えたら困るからな」
「そ、そう、ありがと」

彼女との会話はまだぎこちないが悪い気はしない。
いつもの木陰にやってくると、穂乃果も着いたばかりのようだった。

「あ、穂乃果ちゃんだ」

嬉しそうに声をかける神崎に穂乃果もペコリとお辞儀した。
俺たち3人は腰掛けて弁当を食べ始める。
そんな俺と穂乃果に神崎は問いかけた。

「2人って弁当仲間って言ってたけど、お弁当の中身同じなのね」
「ああ、穂乃果とは家が隣同士なんだ。日本に来て世話になってる家のな」
「そうなんだ、お隣さんだったんだあ」
「穂乃果は、日本に不慣れだった俺の事をいろいろ陰からサポートしてくれてたんだ」
「陰からサポートするなんて穂乃果ちゃん、カッコいい」

そう言われて満更でもない穂乃果。
無表情なその顔に少し笑みが溢れる。

「神崎、お前凄いぞ。今、穂乃果が笑った。俺、初めて見たぞ」
「そうなの?でも何だか嬉しい」

「メイ殿と莉音殿は如何に?」

照れたのか、穂乃果はメイ達の事を尋ねてきた。

「メイと莉音は無事合格したそうだ。2人は待ち合わせして一緒に帰ったぞ。今頃、ラーメンを食べてるかもな」

『莉音とラーメン食べて帰るネ』とメイからは連絡が来ていた。

「そうでありましたか」
「それって誰のことなの?」
「ああ、今度この学校には編入してくる俺の妹達だ。血は繋がってないけどな」
「えっ、それってどういう事?」

「メイって子は今度高校一年になる、莉音は中等部の一年だ。メイは身寄りがないから東藤家の戸籍に入れたんだ。莉音は親からの虐待を受けてて児童相談所にも行きたがらなかったから東藤家の養子として迎えた」

「そうなんだ、事情が複雑だけど私に話して良かったの?」
「別に隠すことでもないし、友達だしな」

そう言うと神崎が今度は照れている。
照れる要素がどこにあったのか理解できない。

「神崎はいつも弁当は1人で食べてたのか?」

「うん、仲の良い子はいなかったから……私、虐められてたの、中学生の時、だから、他人って怖くって、その~~」

すると穂乃果の使ってた箸がポキッと折れた。
力が入ったらしい。

「その輩はどこにいますか?私が根性を叩き直してやります」
「この学校にはいないよ。昔の事だから、今は大丈夫だよ」
「そうでありましたか、失礼しました」

イジメという言葉は穂乃果にとっても何かあるらしい。

「そうだったのか、でも俺たちの事は平気なのか?」
「うん、穂乃果ちゃんや東藤君の事は全然怖くないよ。不思議なんだけど」

いじめをしてる奴より俺と穂乃果の方がよっぽどたちが悪いと思うのだが……

「あれから何もないか?」
「うん、あの男子は見かけないし、他の人にはバレて無いから大丈夫だよ」
「変装しないで普通にしてれば人気が出ると思うのだが?」
「そうするとね、変な人達が寄ってくるんだよ。それを躱せる勇気はないよ」
「なら、穂乃果に護身術でも習った方がいい。穂乃果は樫藤流の使い手だ。物凄く強いし気配も消せる、神崎にぴったりじゃないか?」
「やはり、何かしてると思ってたよ。でも私なんかができるかな?」

すると、折れた箸で器用に弁当を食べていた穂乃果が

「問題ありません。何なら今日からでも泊まり込みで教えますが?」
「えっ、いいの?それって樫藤さんの家でって事?」
「はい、当家には稽古場もありますし部屋も余っております」

すると目を輝かせた神崎は、少し考えながら応えた。

「今日というわけにはいかないけど家の人に相談してみる。金曜日とかでもいいでしょう?そうすればお泊まりもできるし」
「はい、ご都合の良い時で構いませんが、私にも仕事があります。都合が悪い時は連絡致します」
「わかった。じゃあ、金曜日一緒に帰れるように調整しとく。わ~~楽しみだな」
「神崎殿、稽古は厳しいものです。お覚悟はなさって下さい」
「うん、わかった」

そういえば今日の放課後は生徒会室に行かなければならない。
珠美のお迎えを穂乃果に頼まなければ……

「そうだ、穂乃果、今日の珠美のお迎えを代わってくれないか?」
「構いません」
「助かる」
「些細なことです」

「それと神崎に聞きたい事があった。神崎は本をいつも読んでるよな。ジェーン・エアって知ってるか?」

「題名は知ってる。確かにシャーロット・ブロンテが書いた作品でしょう。私はまだ読んでないわ。でも恋愛小説として有名よ。映画化にもされたようだし」

沙希に「読んでください」と言われた本だ。
最近、忙しくて本も読めない。
来週なら読めるかな?

「そうか、すまん余計な事を聞いた」
「いいよ。だって友達だもんね」

そう言った神崎はとても嬉しそうだった。





放課後になると生徒会長の白金結月から生徒会室に来るように言われている。
監視システムの件だ。

生徒会室は特別棟の1階にあるようだ。
特別棟は、化学や生物、それと音楽などの授業で訪れた事はあったが、1階部分は初めてだ。

ドアをノックすると中から『どうぞ』と声がかかった。
俺はドアを開けて部屋の中に入る。

割と広い室内に机と会議用のテービル、そしてソファーセットが置かれている。

「東藤くん、そこにかけて待ってて」

俺はソファーに腰掛けて辺りを見回す。
棚に並んでるのは、会計報告書など書類がきちんと年代順に整理されていた。

「お待たせ」

白金生徒会長は、ティーセットを運んできた。
紅茶をご馳走してくれるようだ。

「ありがとうございます」
「気を使わなくてもいいのよ。いつもの事だから」

そう言って慣れた手つきで紅茶を入れてくれた。

「東藤くん、学校には慣れたかしら?」
「まだ、戸惑うことも多いですがそれなりにです」
「そう、楽しい学園生活を送ってくれれば私も嬉しいのだけど」
「そうですか」

学園生活とは楽しいものなのか?
それは海外で人殺しをしてた時と比べれば楽だが、楽しいとは思えない。

「この部屋には生徒会長しかいないのですか?」
「今日は活動日じゃないからね。いつもは副会長、会計、書記と私含めて5人ほどで活動してるのよ」
「そうなんですか」
「ええ、それで東藤くんには私の補佐をお願いしようと思ってるの」

それは無理だ。
俺にはそんな時間はない。

「ありがたい申し出ですが、俺には難しいです」

「う~~ん、困ったなぁ、生徒会メンバーは選挙で決めるのだけど、会長だけはその補佐を選挙なしで指名できるの。生徒会の一員になってくれないかしら」

「依頼された事はきちんとこなすつもりです。でも、生徒会の一員になる事はできません」

「じゃあ、こうしましょう。犯人を捕まえるまでという期限付きならどうかしら?この部屋には学園生徒の名簿があるわ。持ち出しはできないけどここで見なければならない時もあるでしょう?この部屋に自由に立ち入りができるのは生徒会メンバーか許可した者しか入れないしね」

確かに名簿が必要になるだろう。
期限付きなら仕方がないか……

「わかりました。その条件ならお受けします」

「まあ、良かったわ。これで断られたらどうしようって思っちゃった」

笑うと可愛らしい人だ。

「それじゃあ、詳細をつめましょう」

その後、生徒会長と学園の間取り図を広げて監視カメラの設置場所を協議した。
監視システムを管理する部屋にも案内された。
この部屋は特別棟の地下にあり、災害時の物資貯蔵庫だったらしい。

先の大震災で新しい貯蔵庫を別の場所に造ったので、この部屋というか倉庫は空き部屋となっている。

「随分と広いですね」

「ええ、ここの存在を知ってるのは理事長と私、それと数人の先生方だけよ。誰も近づかないし、入れないわ」

「空調も直した方がいいですね」
「そうね、少しカビ臭いし」

内密に業者を頼むしかないか……

「工事は夜でも大丈夫ですか?昼間からする訳にも行きませんし」
「そうね。夜の校舎に立ち入る許可を理事長にお願いしてみるわ。その時、私もいてもいいわよね」
「構いませんが徹夜仕事になりますよ」
「大丈夫、徹夜には慣れてるから」

生徒会長がいれば、夜の校舎にいても不審がられないだろう。

「機材が揃えば明日の夜か明後日の夜に工事をします」
「わかったわ。日程がわかったら連絡頂戴。これ、私の連絡先」

俺と生徒会長は連絡先の交換をした。

今日の用事は済んだ。
あとは俺は家に帰るのだけだ。

「東藤くん、一緒に帰りましょう」

そう生徒会長に言われてもう一度生徒会室に行く。
そこには、残務と呼ばれる仕事が待っていた。


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