インミシべルな玩具〜暗殺者として育てられた俺が普通の高校生に〜

涼月 風

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第72話 土曜日は遊楽(2)

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心の闇の中に落ちそうだった俺を、偶然にも聡美姉からの電話で救われた。
全身、汗まみれだ。
喉がカラカラに渇いている。

闇雲に走って辿り着いた場所は、緑溢れる公園の側だった。
待ち合わせの時間までまだ余裕がある。

俺は入場料を払って見事な庭園が広がる公園に入る。
自動販売機で水を買い、近くのベンチに腰掛けて煽るように飲み干す。

水が身体の細胞に行き渡るようだ。

汗で濡れた髪が邪魔で手櫛でかき上げた。
眼鏡が邪魔で外してバッグに仕舞い込む。

シャワーを浴びたい……

汗で濡れた服が気持ち悪い。
着替えをどこかで買うしかない。

心を落ち着かせて、現状を理解する。
ユリアに助けられて今までこんな状況になった事は無かった。
どうして、今頃そんな風になるんだ?

一種のパニック症状なのだろうか?
だが、パニックになっても無関係な人を殺そうとは普通思わないはずだ。
では、何故……

きっかけはわかっている。
あの幸せそうな家族の後ろ姿を見てからだ。

俺もあんな風に過ごしたかったのだろう。
羨ましかったんだと思う。
自分ができなかった普通のことが自然とできてる家族に……

そう分析できたら少しは落ち着いてきた。
ダメだ、気分を変えよう……

俺は、ベンチから立ち上がり服を買いに入ったばかりの公園を出た。





近くの店で服を買い、その場で着替えた。
汗まみれの服は、店員さんに包装用のビニールをもらいバッグに押し込んだ。
女性店員さんがその汗まみれの服を欲しそうに見ていたが気にしないでおこう。

結局、シャワーは浴びれなかったが、着替えただけで少しは気が楽になる。
俺はそのまま待ち合わせの場所に向かった。

ラクーダ・ガーデンステージは、すぐに見つかった。
蓼科さんがいるのが見える。

俺は、蓼科さんに近づき声をかける。

「お待たせしました」

すると、蓼科さんは俺の顔を見て少し驚き凛とした態度で話しかけてくる。

「え~~と、どこの事務所の方かな?テレビ局で会ったりした?私はこういうものよ」

いきなり名刺を渡された。

「俺ですよ」

「う~~ん、見たことないから今度売り出す俳優さんかな?それともミュージシャン?」

「あのですね~~ボケるのもいい加減にして下さいよ」

「あ~~芸人なの?勿体無いわね~~貴方、そこの事務所やめなさい。貴方みたいなイケメンが芸人枠に収まるはずないじゃない。見る目がないのよ。悪いこと言わないから、私に任せなさい」

ここで俺は自分が眼鏡を外して髪を上げてる事に気付いた。
この姿を蓼科さんは知らないはずだ。

「す、すみません、人違いでした」

俺はその場をダッシュで立ち去る。

「君、待ちなさい。名前、名前は何て言うの~~」

蓼科さんは走りさる俺の背後でそう叫んでいた。

そして、いつもの格好に戻して再び蓼科さんのところに行った。
服は変えてないが、仕方がない。
バレたらその時までだ。

「すみません、お待たせしました」

今日2度目のお待たせだ。

「ちょうど良かったわ。さっき、凄いイケメン男子に会ったんだけど、そこの事務所、その子を芸人にしようとしてるみたいなのよ。勿体無いからうちに誘ったんだけど、見なかった?」

「いいえ、見ませんでしたよ」

普通、気づくんじゃないか?

「おかしいわね。東藤君が来た方向に走って行ったから会ったかと思ったのに。それに、その服って今流行ってるの?さっきのイケメン男子も同じの着てたわよ」

「ええ、多分流行ってます」

「そうなんだ、ちょっと惜しい気もするけど仕方ないわよね。縁があれば名刺渡したから連絡くれるでしょうしね」

永遠に来ないと思うけど……

「ここの担当者の方は?」

「さっき挨拶しに来たけど、今のステージのセッテイングで忙しいみたいなのよ」

「そうですか、何時からですか、次のステージは?」

「1時半から2時よ。うちの苺パフェも同じ時間なの」

「そうですか、みんな苺パフェを見に来てくれますかね?」

「『つぶったー』で田中ちゃんが宣伝してるから、それなりに来ると思うわよ」

「蓼科さんは『つぶったー』しないんですか?」

「え~~とね。私が呟くと何故か炎上するのよね。何でだろう?」

「さあ、何ででしょうね」

「しかし、ショボいステージね。大丈夫かしら?」

炎上の原因はこれだな……

「さっき『FG5』がする武道館見てきたから、余計そう思うわ」

武道館と比べたら大抵のところはショボく見えると思うけど……

「そうだ、東藤君。ローズさんがね。明日来てくれるって連絡あったわよ」
「そうなんですか、それは良かった」
「ええ、今夜こっちのホテルに泊まるって言ってたわ。手配してくれたのは田中ちゃんだけどね」

事務員の田中さん、優秀だな……

「それでね。今度ローズさんが『FG5』の曲も作ってくれることになりました。彼女の曲はとても綺麗だし、それに『FG5』のイメージにぴったりな曲があるんだってさ。凄い逸材を東藤君が見つけたのよ。やったわね」

「凄いのは彼女ですよ。俺じゃない」

「そうだけど、才能があるのに埋もれていく人はたくさんいるんだから」

「そうかもしれませんね」

蓼科さんとの会話は気が楽だ。
俺の心も平常心に戻りつつある。

その後、担当者がやってきて音響などの細かい話となった。
俺はただ、その場で話を聞いてるだけだったが。






『ヒャホーー!』

何故か蓼科さんとジェットコースターに乗ってる俺。
正式名をサンダードルフィンというらしい。
隣に座る彼女は両手を上げて奇声を発している。

「あの~~」
「な~~に?」
「いいえ、なんでも……」

どうしてこれに?と、尋ねようとしたが蓼科さんのはっちゃけ振りを見て尋ねるのをやめた。
人は時に溜まったストレスを発散しなくてはならない。
そうしないと人の心は病んでしまう。
これは医療行為なのだ。

彼女は今、治療をしているに過ぎない。

『ヒョエ~~!』

向かい風に煽られて変顔してる蓼科さんを見て俺はそう思うことにした。

その後、1時間だけ時間をもらい館内にあるスパでお風呂に浸かった。
汗をかいたままだったので、その汗を流したかったわけだが、お風呂から上がって待ち合わせの場所に行っても蓼科さんはいない。
スマホに連絡を入れたが、うんともすんとも返事がない。

仕方ないので店内にあるカフェでアイスコーヒーを飲んでると、向こうから肌をプルプルさせた蓼科さんがやってきた。

「お待たせ~~気持ちよかったわ」
「時間過ぎてますけどね」
「私も何か飲もうかしら?」

蓼科さんはフルーツたっぷりのフレッシュジュースを頼んでいた。

「それでどうして遅れたんですか?」
「え~とね。エステがあったのよ。しかも全身コースよ。予約入れなくてもできるって言うから、ちょっとだけお試しでね、そう言うわけ」

通りで肌がプルプルしてるわけだ。

「そうでしたか、あまりに肌が綺麗なんでスライムかと思いました」
「そうなのよ。ライムの香りのアロマオイル使ってくれたの。いい匂いでしょう」

この人は心を病むことはないな、と俺は思っていた。
まあ、俺も汗を流せたし気持ちもさっぱりした。

「それで、時間大丈夫なんですか?確かリリカ達、テレビで生出演でしたよね」
「ええ、あの子達、私よりしっかりしてるから安心よね」

確かにしっかりしてる、というか蓼科さんがこうだからしっかりせざるを得なかったのでは?

「そんな事言ってないで行きますよ」
「わかったわよ~~もう、東藤君は強引なんだから」

俺は蓼科さんを引っ張ってタクシーに乗り込む。
そして、リリカ達が出演するテレビ局に向かった。


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