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一章:異世界召喚
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味噌汁の香りが、店いっぱいに広がっていた。
昆布と鰹節から丁寧に取った出汁で仕上げる味噌汁は、『榊屋』の名物のひとつだ。
毎日しっかりと出汁をとるのは手間がかかる。だが、店を構えて数年――今ではこれが俺のルーティンになっていて、むしろ省略すると調子が狂うほどだ。
「お、うまい。今日も喜んでもらえるかね」
味噌汁をひと口すすり、小さく独り言をこぼす。最近、独り言がやけに増えた気がする。これも独り身の宿命ってやつだろうか。
カウンター四席とテーブル二つの小さな店。仕込みの時間は当然ながら俺ひとりきり。営業時間中はありがたいことに忙しく、寂しさを感じる暇もないが――仕込みは孤独との闘いだ。
三十を目前に控えた独身男。今日も変わらず寂しく、黙々と鍋と向き合っている。
料理人としての道を選んだのは俺だ。後悔はない。だが時折こうして胸をかすめる孤独感は、年齢のせいかもしれない。浮いた話のひとつもない俺は、この寂しさと折り合いをつけていくしかないのだ。
――まあ、“孤高の料理人”って響きも悪くない。全然平気ですけど?
そんな風に己を慰めつつ、次の作業に取りかかる。
まずは業者から届いたばかりの食材の確認だ。長年付き合いのある業者は、時々注文外の良い品をおまけしてくれる。今日は艶やかな鰯がひと山。
「蒲焼丼にするか……いや、シソと合わせて唐揚げもいいな」
頭の中で日替わりメニューを組み立てるのは、小さな楽しみのひとつ。
唐揚げ、魚の煮つけ、豚の角煮――そんな定番料理の横で、ときどき登場する“おまけメニュー”を常連客は楽しみにしてくれている。今日もきっと、誰かの笑顔が見られるだろう。
お客さんの笑顔。それこそが俺の原動力だ。
胸を弾ませながら野菜を取り、調理台に立つ。まずはキャベツの千切り。それからポテトサラダも作ろう。ごろごろとしたじゃがいもの食感が人気の品だ。漬けておいた糠漬けの様子も確認しないと――ああ、今日も忙しくて楽しい。
鼻歌まじりに包丁を動かしていると、唐突に背後から強烈な光が突き刺さった。
「――え?」
振り返る暇もない。視界が白に塗りつぶされ、世界の輪郭がぐにゃりと歪む。
足元から重力が奪われ、初めて味わう浮遊感に頭が混乱する。
一体、何が……!?
右手を伸ばしても、掴めるものは何もない。
――あ、やべ。食材、冷蔵庫に入れてねえ。
そんな場違いな心配が脳裏をよぎった瞬間、意識はぷつりと途切れた。
昆布と鰹節から丁寧に取った出汁で仕上げる味噌汁は、『榊屋』の名物のひとつだ。
毎日しっかりと出汁をとるのは手間がかかる。だが、店を構えて数年――今ではこれが俺のルーティンになっていて、むしろ省略すると調子が狂うほどだ。
「お、うまい。今日も喜んでもらえるかね」
味噌汁をひと口すすり、小さく独り言をこぼす。最近、独り言がやけに増えた気がする。これも独り身の宿命ってやつだろうか。
カウンター四席とテーブル二つの小さな店。仕込みの時間は当然ながら俺ひとりきり。営業時間中はありがたいことに忙しく、寂しさを感じる暇もないが――仕込みは孤独との闘いだ。
三十を目前に控えた独身男。今日も変わらず寂しく、黙々と鍋と向き合っている。
料理人としての道を選んだのは俺だ。後悔はない。だが時折こうして胸をかすめる孤独感は、年齢のせいかもしれない。浮いた話のひとつもない俺は、この寂しさと折り合いをつけていくしかないのだ。
――まあ、“孤高の料理人”って響きも悪くない。全然平気ですけど?
そんな風に己を慰めつつ、次の作業に取りかかる。
まずは業者から届いたばかりの食材の確認だ。長年付き合いのある業者は、時々注文外の良い品をおまけしてくれる。今日は艶やかな鰯がひと山。
「蒲焼丼にするか……いや、シソと合わせて唐揚げもいいな」
頭の中で日替わりメニューを組み立てるのは、小さな楽しみのひとつ。
唐揚げ、魚の煮つけ、豚の角煮――そんな定番料理の横で、ときどき登場する“おまけメニュー”を常連客は楽しみにしてくれている。今日もきっと、誰かの笑顔が見られるだろう。
お客さんの笑顔。それこそが俺の原動力だ。
胸を弾ませながら野菜を取り、調理台に立つ。まずはキャベツの千切り。それからポテトサラダも作ろう。ごろごろとしたじゃがいもの食感が人気の品だ。漬けておいた糠漬けの様子も確認しないと――ああ、今日も忙しくて楽しい。
鼻歌まじりに包丁を動かしていると、唐突に背後から強烈な光が突き刺さった。
「――え?」
振り返る暇もない。視界が白に塗りつぶされ、世界の輪郭がぐにゃりと歪む。
足元から重力が奪われ、初めて味わう浮遊感に頭が混乱する。
一体、何が……!?
右手を伸ばしても、掴めるものは何もない。
――あ、やべ。食材、冷蔵庫に入れてねえ。
そんな場違いな心配が脳裏をよぎった瞬間、意識はぷつりと途切れた。
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