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番外編
ありがとうでは言い尽くせない
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「ユキ様、紅茶のおかわりはいかがでしょう」
「あ、ありがとうございます」
俺が食べた昼食の食器を下げ片付けに行ってくれているセスの代わりに、様子を見に来てくれたディランが優しく尋ねてくる。
ちょうど空になったカップに温かい紅茶が注がれるのを眺めながら、俺自身も空になったことに気づかなかったのにさすがだなぁとぼんやり思っていた。
「王子と出会ってくださり、王子を選んでくださり、ありがとうございます」
ゆっくりと注がれる赤茶と同じように、なんとはなしに声が落ちる。
今日は晴れていますね、というようななんてことはない会話のトーンに聞き流しそうになった言葉を理解すると、はっとしてディランの顔を見上げた。
ティーポットを持ち上げるディランは穏やかに微笑む。
「一度きちんとお伝えしたかったのです」
その優しい笑みに、俺も息を吐いて笑った。
「俺、ここに来てすぐの時はディランさんに気に入られてないと思ってました。突然やってきたどこの骨かもわからない人間ですから」
少し自嘲気味にそう言うと、ディランは目を大きくしてすぐに首を横に振った。
驚きの浮かんでいた瞳が次にどこか寂しさを滲ませる。
「王子は……幼い頃は愛を知り愛することを知る普通の少年でした。王も王妃も愛を注がれましたし、兄君とも仲が良く、その良好な関係は離れている今も変わっておりません。言葉を交わすことは少なくなりましたが……」
初めて聞くオーウェンの昔の話、そして家族の話題に少し緊張する俺に、どうぞ、とディランの手が紅茶を勧める。
促されるままカップを口に持ってくると、紅茶の良い香りがふわりと広がった。
「しかし年頃になると、気づかれてしまった。隠そうとはしていても王と王妃が自分より兄に期待を寄せていること、自分は兄のようにはなれないと。そして一部の人間に利用されてしまう立場であると」
「それで王位継承を放棄したんですか?」
「えぇ。私からは王も王妃もふたりの王子を平等に扱われていたように見えたのですが、本人には感じるところがあったのでしょう」
寂しげに笑ったディランに、俺の胸にも寂しさが広がり締め付けるように痛む。
「王子はこの地で民のことを考え立派に公務を果たしてきました。しかしそれだけだったのです。公務以外にはこの人の中には何も無いのではないかと思うほどで。私たち城の者はここが王子の居場所であると疑わないのに、王子は自分に居場所があることが分かっていないようでした」
自分のための居場所なんて存在しないんじゃないかと思う気持ちは良く分かる。
しかしいつも堂々としているあのオーウェンがそんなふうに過ごしていたなんてと、また胸をつつく痛みが強くなった。
「ですから口にはしなくても王子はいつか自分のもとに現れると言われる相手を待っていたんだと思います。そしてそれは私も同じでした。私もユキ様をお待ちしておりました」
こんなにはっきりと自分のことを待っていたと言われると、気恥しさとともに目頭が熱くなってしまう。
誤魔化すように微笑むと、ディランも目を細めた。
「王子の人生には、ユキ様が必要だったのですね」
「……それは俺も同じです。オーウェンと出会ってすべてが変わりましたし、自分にこんな面があったのかって驚くことが多いです」
でも、と言葉を続けると、ディランは微笑みを和らげながら俺の言葉を待つ。
「オーウェンの人生には、ディランさんや城のみんなも必要でしたよ」
俺の言葉を聞くとディランは、嬉しそうに、そして少し照れ臭そうに笑った。
部屋に入るとすぐに目に入った赤にゆっくりと近づく。
座っているソファの背越しに抱きつき腕を首にまわすと、手元の資料に落としていたのだろう視線が顔ごと向けられた。
「どうした、ユキ」
振り向いた顔と距離を詰めその薄い唇に唇で触れる。
「ちょっと休憩しない?」
「良い提案だな」
仕事の邪魔をしないよう気を遣うことが多い俺の珍しい提案に、オーウェンは少し驚いた雰囲気を見せつつもすぐに頷く。
オーウェンが笑ってくれることに、誰に向けていいかわらない感謝を抱きながら再び近づいた唇を重ね合った。
愛しいという感情が、じわじわと俺の体に広がっていく。
「あ、ありがとうございます」
俺が食べた昼食の食器を下げ片付けに行ってくれているセスの代わりに、様子を見に来てくれたディランが優しく尋ねてくる。
ちょうど空になったカップに温かい紅茶が注がれるのを眺めながら、俺自身も空になったことに気づかなかったのにさすがだなぁとぼんやり思っていた。
「王子と出会ってくださり、王子を選んでくださり、ありがとうございます」
ゆっくりと注がれる赤茶と同じように、なんとはなしに声が落ちる。
今日は晴れていますね、というようななんてことはない会話のトーンに聞き流しそうになった言葉を理解すると、はっとしてディランの顔を見上げた。
ティーポットを持ち上げるディランは穏やかに微笑む。
「一度きちんとお伝えしたかったのです」
その優しい笑みに、俺も息を吐いて笑った。
「俺、ここに来てすぐの時はディランさんに気に入られてないと思ってました。突然やってきたどこの骨かもわからない人間ですから」
少し自嘲気味にそう言うと、ディランは目を大きくしてすぐに首を横に振った。
驚きの浮かんでいた瞳が次にどこか寂しさを滲ませる。
「王子は……幼い頃は愛を知り愛することを知る普通の少年でした。王も王妃も愛を注がれましたし、兄君とも仲が良く、その良好な関係は離れている今も変わっておりません。言葉を交わすことは少なくなりましたが……」
初めて聞くオーウェンの昔の話、そして家族の話題に少し緊張する俺に、どうぞ、とディランの手が紅茶を勧める。
促されるままカップを口に持ってくると、紅茶の良い香りがふわりと広がった。
「しかし年頃になると、気づかれてしまった。隠そうとはしていても王と王妃が自分より兄に期待を寄せていること、自分は兄のようにはなれないと。そして一部の人間に利用されてしまう立場であると」
「それで王位継承を放棄したんですか?」
「えぇ。私からは王も王妃もふたりの王子を平等に扱われていたように見えたのですが、本人には感じるところがあったのでしょう」
寂しげに笑ったディランに、俺の胸にも寂しさが広がり締め付けるように痛む。
「王子はこの地で民のことを考え立派に公務を果たしてきました。しかしそれだけだったのです。公務以外にはこの人の中には何も無いのではないかと思うほどで。私たち城の者はここが王子の居場所であると疑わないのに、王子は自分に居場所があることが分かっていないようでした」
自分のための居場所なんて存在しないんじゃないかと思う気持ちは良く分かる。
しかしいつも堂々としているあのオーウェンがそんなふうに過ごしていたなんてと、また胸をつつく痛みが強くなった。
「ですから口にはしなくても王子はいつか自分のもとに現れると言われる相手を待っていたんだと思います。そしてそれは私も同じでした。私もユキ様をお待ちしておりました」
こんなにはっきりと自分のことを待っていたと言われると、気恥しさとともに目頭が熱くなってしまう。
誤魔化すように微笑むと、ディランも目を細めた。
「王子の人生には、ユキ様が必要だったのですね」
「……それは俺も同じです。オーウェンと出会ってすべてが変わりましたし、自分にこんな面があったのかって驚くことが多いです」
でも、と言葉を続けると、ディランは微笑みを和らげながら俺の言葉を待つ。
「オーウェンの人生には、ディランさんや城のみんなも必要でしたよ」
俺の言葉を聞くとディランは、嬉しそうに、そして少し照れ臭そうに笑った。
部屋に入るとすぐに目に入った赤にゆっくりと近づく。
座っているソファの背越しに抱きつき腕を首にまわすと、手元の資料に落としていたのだろう視線が顔ごと向けられた。
「どうした、ユキ」
振り向いた顔と距離を詰めその薄い唇に唇で触れる。
「ちょっと休憩しない?」
「良い提案だな」
仕事の邪魔をしないよう気を遣うことが多い俺の珍しい提案に、オーウェンは少し驚いた雰囲気を見せつつもすぐに頷く。
オーウェンが笑ってくれることに、誰に向けていいかわらない感謝を抱きながら再び近づいた唇を重ね合った。
愛しいという感情が、じわじわと俺の体に広がっていく。
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