晩ご飯泥棒は家庭の謎を解く。

kizu

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〈幕間〉

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〈幕間〉

「『有給取って彼氏と香港行ってきます! 三泊四日! ディズニー! 超楽しみ!』……だって、いいなぁ。はぁ。……雨降ればいいのに」

 そう言って、秋葉明日花(ルビ:あきばあすか)は大きく肩を落とした。机に突っ伏すような体勢になりながらも、顔の前に手を出してスマホをいじっている。流行りの写真共有アプリに流れる呟き投稿をチェックしているのだ。

「最後、何ぼそっと呪いの言葉吐いてんの。明日花も行けばいいじゃん。彼氏いるんだし。有給も取れるでしょ?」

 そんな明日花の対面の席で、真幌はグラスの水にちびりと口をつけながら言った。近所のラーメン屋、時刻は丁度混雑のランチタイムだ。
 調査がなくて事務所にいる日、真幌は事務員である明日花と一緒にランチに行くことが多かった。明日花は真幌の二つ年下の二三歳である。毛先をふわっと巻かれた金髪と、流行のストリートブランドのロゴ入りパーカーに迷彩キャップという服装が、このビジネス街のランチタイムからものすごく浮いている。非常にギャルっぽい見た目の女の子だった。
 対して真幌は、よく履くインディゴのデニムパンツにチェックのブラウスという、動きやすさ重視の地味な格好をしていた。休みの日ならともかく、仕事の日までオシャレしようとは思わない。そこがモテないダメウーマンのいけないところだと自覚しているのだが。

「けんちゃん旅行とか誘ってもきてくれないんですよぉ。仕事忙しいっつって。あと、お金もないって断られるかな。それならあたしが出すって言っても、なんのプライドか払わせてくんないし」

 スマホから顔を上げ、明日花は口を尖らせてみせる。
 けんちゃんは明日花の現在の彼氏だ。明日花の彼氏はころころ変わるのでよく名前を忘れそうになるが、今回のけんちゃんは珍しく長続きしていた。その理由の一つに、けんちゃんが金目当てでないというのがあると真幌は思っている。
 こう見えて、明日花は実家が地主のお嬢様なのだ。アパート、マンション、駐車場の不労所得があるらしいことが、誰が調査したのか事務所内で噂になり、結局本人が肯定したことで今は周知の事実となっている。そして、羽振りのいい明日花のもとには、金目当ての男がしょっちゅう寄ってきていた。その男どもは大抵、明日花の優しさにつけこんでいるうちにだんだんヒモ化していく。それを、最終的に愛想をつかした明日花がフるというのを何度か繰り返していた。

「ふーん。なんというか、贅沢な愚痴ですね……」

 彼氏がいないのはもちろん、薄給でひぃひぃ言いながら生活している真幌から見ると、明日花のような悩みを持てるのは羨ましい限りだ。

「先輩は毎日、調査調査で忙しそうですもんねぇ。でも、そんな仕事ばっかしてたら、婚期逃しますよ?」
「な、な、な、なんて不吉なこと言うの! やめてよ!」
「お客さんでイケメンとかいればいいですけどね。いないからなー。会社にもかっこいい男いないし。強いて挙げるならよくくる運送屋のお兄さん? あれはまぁ許せるラインか」
「イケメン……」

 そのとき真幌の脳裏に浮かんだのは、頭のキレる生意気なあいつの顔だった。だが、彼はお客でも会社の人間でもない。それにつき合うなんてもっての外、彼は泥棒、晩ご飯泥棒なのだ。
 そんなことを思っていると、店員がラーメンを運んできた。真幌たちがきていたのは、古くから続く豚骨ラーメンの専門店だ。創業から継ぎ足し続けている呼び戻しスープが、クセのある獣臭を漂わせており、食欲が加速する。細くて歯切れよいにもかかわらずもっちりとした麺に、表面が炙られた柔らかいチャーシューが本当においしく、真幌たちは週に一度はここを訪れていた。
 明日花が嬉しそうに割り箸を割る。真幌もそれに倣って箸を取り、最初にレンゲでスープを一口すすった。濃厚な旨みが口の中に広がり、思わずもう一杯。そして間を置かず、麺を口に運ぶ。
 それからしばらく、二人無言でラーメンに夢中になっていた。
 何分が経っただろうか。器の中身が半分ほど減った頃、明日花が口を開く。

「でも、社会人になるとほんとに出会いって減りますよね。合コンとか街コンとか、そういうのに顔出さなくちゃ全くきっかけがないです。今の彼氏は友達の紹介だけど……。先輩はなんか動いてるんですか?」

 どうやらさっきの話の続きらしい。こんなおいしいものを食べているときに、憂鬱になる話題はやめてほしかった。真幌はチャーシューを箸で割って食べながら、反対に明日花に疑問を投げる。

「明日花こそ、大変じゃないの? いつもみたいに、お金目当ての男が寄ってきたり」
「あー、最近の男子はプライド高いのか、意外とそういう人、少なくなってる気がするんです。逆に、引かれる方が多いかも。価値観が違うかもとか思われてんじゃないですかね」

 なるほど、金持ちには金持ちなりの悩みがあるということか。真幌がそう納得していると、明日花が続けて言う。

「これは先輩にも当てはまることですよ。最近は景気が悪いから、男の給料だって下がってます。そこで、女の子とつき合っても、相手を満足させてあげられないかもなんて遠慮しちゃうイケメンもいるわけですよ。先輩の周りにも、そういう子がいるかも」
「や、私の周りにはそもそも男の人があんまり……。でも、そういう人が増えてるのかな」
「体感、増えてますね。やっかいなことに」

 明日花はコップを手に取り水を飲む。真幌はその明日花の手の、夏を先取りするようなマリンネイルに目を留めた。波のようなグラデーションが描かれた上に、パールが一つずつ乗せられている。とても綺麗で、大人っぽい。この高い女子力を前に、男性がひるんでしまっているのではないだろうか。

「だからね先輩、そんな消極男子をオトす、いい方法を教えたげます。いいですか? ラーメン好きのフリをしておくんです」
「え、ラーメン? どうして?」

 まだ湯気が立っている手元の器に、真幌はちらりと視線をやる。

「例えばですね、飲みの席とかで男子に好きな食べ物を訊かれたときなんかは、迷わずラーメン。そしたら絶対、今度食べに行こうよって誘われます。間違いないですね。ここでお寿司とかお肉とか言ってると、一歩引かれます。コスパのいい女子をアピールするんですよ。コスパ女子」
「何そのテクニック……」
「やってみてください、使えますよ!」

 なんだ、コスパ女子とは……。
 そう真幌が思う前で、明日花はいいことを言ったというような満足げな顔で頷いていた。それから、どこか揚々とラーメンに取りかかる。レンゲでスープを飲み、丸々一個の形で入っていた煮卵を箸で掴む。煮卵を半分齧ると、「わあぁ」と歓声を上げ、真幌の方に向けてきた。

「見てくださいこれ! 絶景! 黄身が光ってます」

 半熟のトロっとした黄身が、白身に垂れながら黄金色に輝いていた。

「すごっ、綺麗! 私も食べよ」

 そう言って箸を持ち直しつつ、真幌はもう一度明日花の顔を盗み見る。彼女はとても無邪気な表情で、角度を変えながら煮卵を眺めていた。
 コスパ女子なんて打算的なことを言いつつも、明日花はこういう純粋な可愛さから単純にモテるんだろうな、と真幌は思った。
 女子の本音が見え隠れしていたが、その日もなんだかんだ穏やかなランチタイムがすぎていったのだった。








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