死に戻りオメガはもう旦那様の言うことを聞きたくありません!

進木えい

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「にいさ……、フォス様」
「……お前か」
 
 フォスとクロードも来ていた。アルバと一緒に挨拶をしに行った。フォスは相変わらず気難しい顔をしていたが、この前よりは表情が良かった。恥を晒すなよ、とフォスに釘を刺された。
 今日のアルバはいつも垂らしている前髪を後ろに撫で付けており、目付きの悪さが強調されている。リオールは精悍な顔が見えて好きだった。アルバと一緒にいると誰も寄ってこない。挨拶をすべきなのは異母兄くらいで、フォスと話をした時点でリオールの今日のミッションの半分はおしまいだ。あとはそつなく踊ればいい。
 王の挨拶が終わり、初めての音楽がかかる中でダンスをした。豪華なシャンデリアが光りきらきらと光の粒のように見えた。いつもと違う格好をしているアルバにドキドキしていた。腰に回された手に、握った手が熱くて、緊張した。音楽に体を乗せるなんてことはできなくて耳元で囁かれる、アルバの低い声のカウントに何となく体を揺らした。足は二回踏んだ、いや三回かも。アルバは練習中は顔を顰めたのに、今は涼しい顔をしてリオールのことを見ていた。一曲踊り、息が上がったリオールは壁側によった。アルバはリオールに飲み物を取ってくる。
 
「楽しかったです」
「そうか。気が気じゃなかったけどな」
「む……、アルバ様の意地悪」
 
 音楽がいまだに流れていた。みんな思い思いに踊っている。アルバの隣でそれを眺めようとしていると、誰かが近寄って来てアルバを呼んだ。アルバがいなくなることに不安を覚えていると、奥様もですと言われて通ったこともない場所に案内される。
 
「セドリック殿下、お久しぶりです」
「男爵、しばらくだな」
 
 リオールは何となく頭を下げた。艶やかな黒髪の、精悍な顔をしたその人をアルバは殿下と呼んだ。つまり、王子様。どうしたら良いのか分からず、目を伏せて怒られないようにしていた。実家にいたときのように。
 
「そしてお前は、公爵家の四男だったな。何でも病弱で社交界に出てくることはなかったとか。お初にお目にかかる」
「は、じめまして……、あっ、あの、ご無礼を」
「慣れていないんだ。許してくれ」
「いいさ、虐めたかったわけじゃない」
 
 軽い口調のやり取りにリオールは肝が冷える思いをしていた。しかしアルバがリオールの耳元で囁く。
 
「俺の母と彼の母親が親類なんだ。遠縁だけれど」
「そう、なんですね……、それは……」
「二人に紹介したい人がいるのだ」
 
 王子は特に何も気にした様子もなく、リオールとアルバの前に人を連れて来た。リオールはその人に見覚えがあり、ふらりとよろめいた。
 
「奴はエリオ。この世界に召喚された聖人だ」
「聖……じん…………っ」
「やあ、昨日ぶり。リオールくん」
 
 アルバとエリオの目が合う。あの綺麗な瞳がアルバを見た。いやだ、いやだ、アルバを奪わないで。エリオは事も無げにやあと挨拶をし、アルバと握手をしていた。
 
「アルバ、君、前と同じことにはならないよね。僕は祈った。君は願った」
「ならない。決して」
「観測者だよ、リオールくんも」
「観測者とは何だ」
 
 アルバとエリオの会話はリオールには理解できなかった。リオールはそれどころでなかった。震える唇を隠すために、手で唇に触れた。聖人の召喚がこんなに早いとは。
 
「は……は……かひゅ、は……っ」
「アルバ。彼の様子がおかしい」
 
 王子に指摘されてアルバはリオールの肩を掴んだ。リオールはアルバの手を振り払った。呼吸ができなくて、苦しくて立っていられない。
 
「ごめ……、ざ……、ちょっ、と、せきを、はずします……」
 
 リオールは走って逃げた。アルバが声を上げるが、リオールは転がるように部屋を出て来て、人に紛れるようにして人のいない場所を目指した。走れば走るほど息ができなくて、どうしたらいいか分からずぼたぼたと涙が出て来た。
 
「おまえ、走るな」
「…………っ」
 
 首根っこを掴んだのはフォスだった。リオールは声が出なくて、息を吸う音しかしない。フォスはリオールの口と鼻を手で覆い、落ち着けと声を掛けた。ボロボロと泣きながら、フォスの顔を見る。フォスは呆れていても、人のいない場所に連れて行ってくれた。
 
「げほ……っ、えほ、…………っ、ぐ……」
「何があった。旦那は?」
「ぅ"、ううッ…………」
 
 泣き出したリオールにギョッとしたフォスは胸ポケットからハンカチを取り出し、使えと命令した。リオールは涙を拭い、フォスに全てを打ち明けようと思った。
 
「にいさま、助けて…………」
「何」
「俺は間も無く、死にます。戦が、起こるんです。アルバの城が攻められて……、アルバは俺に『死んでくれ』と命令する……」
「お前は何を言ってるんだ」
 
 フォスは戸惑いながら、リオールの言葉を妄言だと一蹴しなかった。リオールのただならぬ必死さに、背中を撫でて話を促した。
 
「俺は、死んでもいい……、アルバまで死んでしまう……っ、ひく、最初は、最初は恨んだんだけど……、ちがう、違うんだ、好きだから死んでほしくない、愛してるの……」
「最初から話せ。今日は私の屋敷に来い。旦那のことなんか知るか」
 
 フォスはクロードを呼び、リオールを引っ張って馬車に乗り込ませた。フォスはクロードと話をしており、リオールを落ち着くまで放っておいてくれた。
 
「リオールくん。男爵には伝言を頼んでおいた。今頃、焦ってるかもね」
「…………、もう俺を探さないかもしれないです」
「そうなれば、うちにいればいい。別に外に放り出しやしない」
 
 フォスはぶっきらぼうに窓の外を見ながらそう言った。クロードは、俺知らないよ、とフォスに笑いながら言う。
 
「何を言う。番とは運命托生だ。貴様が怒られろ」
「……っ、はは、りょーかい」
「何で笑う。おかしい奴だ」
 
 フォスとクロードのやり取りにリオールはくすりと笑った。フォスはホッとしたように胸を撫で下ろす。
 
「で、最初から話せ。何がどうでどうなった」
 
 フォスはそう言った。リオールは話していいものなのかと戸惑ったが途中まで話してしまったのであればもう下手に隠しても怒られるだけだと諦めた。
 リオールの知っていることは全て話した。自分は一度死んだこと、自分で首を掻き切ったこと、それはアルバに頼まれたことであったこと。クロードは目を見開き、ハッと息を飲んだがそこで口を挟んでくることはなかった。
 
「戦? 何故だ。公爵家が男爵邸を攻め入った? そんなことは私情ではできない。軍を動かしたのであれば……、王家がらみか」
「つまり反逆罪かな。何をしたか分かるかなリオールくん」
「ええっと……、えっと……」
 
 フォスが睨む。ビクッとリオールは体を揺らした。クロードが嗜めてくれる。リオールが覚えていることは少ない。悲しい記憶であるため思い出したくないのかも知れない。
 
「続きを話せ」
 
 リオールは死んだ後、本を読んだこと。アルバはその後生き延びて、爵位を剥奪されて公爵家で仕えていたこと、そしてアルバは現れた聖人に心を奪われ執着して処刑されること。リオールはぽたぽたと涙を溢した。誰にも話したことはなかった。アルバが死ぬことを。その言葉を声に出しただけで心臓に刃物がつき付けられたようにヒヤリとした。
 
「今日、聖人、エリオ様に会いました……。アルバ様とエリオ様がお会いになられた……。以前は、お、俺が死んだ後だったので……っ、ひく、ぅ……」
「運命の番か。既存の番契約を覆せるのは運命と呼ばれる絆だけだ。この世界に相手は一人しかいない」
 
 フォス、とクロードが嗜める。運命の番という名前を初めて聞いた。フォスの淡々とした分かりやすい説明にリオールは眉を顰める。お互いが出会った瞬間に分かってしまうらしい。もう出会った瞬間で、駄目なのか。アルバと過ごした時間を全て、一瞬で塗り替えてしまうのか。リオールは項に触れた。まだそこには歯形がある。
 
「最後にはどうなるんだ」
「あ……、王子様と聖人が結ばれます」
「聖人はオメガなのか? 王家は代々、後継者はアルファだからセドリック殿下はアルファだろう」
「…………」
 
 リオールは黙り込んだ。その深刻な様子に二人も黙った。かりかりと爪を噛む。フォスに手の甲をペシっと叩かれる。
 
「…………クソ女は、男爵家にオメガを嫁がせようとしたのは、鉱山があるからだった。鉱山は今どうなっている」
「分からない……」
「お前、自分の領地くらい把握しておけ。いい、あとでどうせお前の旦那来るだろ。その時に聞く」
 
 ハアとフォスにため息を吐かれた。リオールはごめんなさいと謝った。アルバは来ないかも知れない。そんな思いが胸をよぎる。
 
「お前の旦那の評価は高くない。分かるな」
「……? うん?」
「かつての男爵、お前の旦那の父親は平民あがりだ。戦争で功績をあげ、爵位を授かった。それどころか王族を半ば脅す形で、母親を娶る形で叙爵した。王家は遠くに領土を与えて、黙らせたのだ」
 
 リオールはこくりと頷いた。アルバは両親のことを話さない。忌々しいことのように、肖像画も無ければ、形見なども何もない。触れてはいけないことに見えたのであった。リオールだって父母のことを聞かれても何も答えられないため、話さなかった。
 
「野蛮な男に嫁いだ貴族の女の先は推して知れる。母親は奴を産んで数年で亡くなられたはずだ。そして、お前の知る通り、お前の旦那は父親殺しをする。血は争えないと、社交界では噂されている」
「……はあ」
「ハアじゃない。分かるか。誰にも庇って貰えないし誰にも顧みられないお前の旦那が悪いんだ。いいか、反逆罪が冤罪だとしても、誰も『そんなわけがない』と言わない」
 
 唇をへの字に曲げてリオールは黙り込んだ。クロードはまあまあと声を掛けた。クロードは息を整え、極めて軽い口調に努めてリオールに問うてきた。
 
「その世界で、フォスはどうなっていた?」
 
 リオールは返答しなかった。目を伏せてふるふると首を左右に振る。思い出すと、フォスの存在は出て来なかった。クロードの名前は度々出ていた気がする。亡くなった、もしくは表には出られない状態であった。そう、推測される。リオールの表情にクロードは何かを察したように、いいよ、と笑った。
 
「分かりません」
「……そう。俺のことは聞かないでおくよ。知っちゃったら楽しくないからね」
「その楽しくないことを私には聞かせようとしていたのか」
「怖かったからフォスのこと先に聞いてからにしよーって」
「貴様。軽薄な口を縫い合わせてやる」
 
 
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