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第七話 加勢
しおりを挟むクラックスの子牛亭の扉を勢いよく開け、中に飛び込んだ。
「カインさん! コーラルさん! いますか!」
「良かった。ニ人共無事だな。探しにいくか迷っていたところだ」
店の中にはカインさん、コーラルさんの他に父さんの三人が揃っていた。
父さんは普段の狩りの時の装備に天成器ルークを携え、完全武装の状態だ。
「ああ、アニス。怪我はないか? お父さんは心配で心配で」
「まったく……。クライくんが一緒のはずだから大丈夫だっていったでしょ」
よほど心配だったのかカインさんがアニスを抱き寄せようと両手を開いて近寄ったがあっさり躱された。
カインさんはガックリと肩を落としてる。
すごい涙目だな。
見事に躱したアニスはコーラルさんに抱きつき不安そうにしている。
少し安心した空気が流れる中で父さんが事情を説明してくれた。
「街の狩人仲間から連絡があった。街の北15kmの位置に瘴気獣が現れたそうだ。運悪く魔物の集落が近くにあったらしく、瘴気獣は魔物を追ってこちらに向かっている。街は襲撃を予想して警戒体勢。冒険者ギルドは瘴気獣迎撃の緊急依頼を発令するようだ。それと遠距離攻撃ができる有志は協力を要請されている。俺も援護に向かうつもりだ」
「俺も行く」
「危険過ぎる……お前は瘴気獣と相対したことはないだろう? 普段相手している魔物とは違う。生半可な攻撃は通らず、一撃でも攻撃を受ければ致命傷になり得る」
「街を……街の人々を守りたいんだ」
「…………」
じっと無言の時が流れる。
「瘴気獣に追われて多数の魔物が街に近づいているらしい。おそらく障壁の上から援護射撃が必要になるだろう。…………自分の持ち場から離れないと約束出来るか?」
父さんの真剣な問いかけに頷いて答える。
「はい」
「クライ……どうしても行くのか? ここに居てアニスやカイン、コーラルを守る選択肢もあるんだぞ?」
ミストレアは覚悟を問いている。
戦う覚悟を、戦って死ぬかも知れない覚悟を。
「行くよ」
それでも俺は答えた。
脳裏にはアレクシアさんとクィルさんの戦いが鮮明に残っている。
「わかった。もう止めないよ。でも覚えていてほしい。いつでも私は一緒にいる。一緒に戦う。だが、私たちには心配してくれる人が待っている」
泣きそうな顔のアニスを見る。
突然の事態に驚き状況を飲み込めなかったのだろう、こちらを見て不安を隠せずにいる。
潤んだ瞳は動揺しながらも、じっと眼を合わせ尋ねてくる。
「……本当にいくの? 怪我しちゃうかもっ……死んじゃうかもしれないんだよっ!」
「アニス……駄目よ」
そっとアニスの背後からコーラルさんが肩を抑える。
「アニスのことは任せろ」
カインさんが苦い顔で2人を抱きしめる。
「クライ……お願い……無事に帰って来て」
「ああ、帰ってくる」
右手を見る。
赤と黒の組紐飾りは無事を祈ってくれたあの時と変わらずそこにある。
アルレインの街の中心部に近い冒険者ギルドは、星神教会に負けないくらいの巨大な施設でいつも大勢の人が出入りしている。
隣には昼間も営業している酒場が併設されていて冒険者がいつも滞在している。
また、訓練場では新人冒険者が戦闘や魔法技能の研修を受けられるらしい。
街を守り危険の多い未開拓地を探索する冒険者は尊敬の目で見られている。
ギルド前の広場にはすでに大勢の人で人集りが出来ていた。
天成器らしき白銀の大剣を背負った人やローブを目深く被った人、動きやすさを重視したのかものすごく軽装の人など多彩な人々が集まっている。
先頭付近にいるのはジーザーとナククか?
「みなさん、お静かにお願いします。これからギルドマスターから説明があります」
広場の一段高い壇上に大柄な男性が、威風堂々と登っていく。
右手には二重円の刻印があり、筋肉質な体型で眼光は鋭い。
濃い茶色の短髪と纏う雰囲気から猛獣を思わせる。
「冒険者諸君! また、志願してくれた有志の諸君! よく集まってくれた! アルレイン支部ギルドマスターランドルだ! 集まってもらったのはこのアルレインの街、北東15kmの位置に瘴気獣が発生し、こちらに向かって魔物を殺しながら進行しているからだ。運悪く瘴気獣の発生地点の近くにはオーク共の集落が出来ていた。街には瘴気獣に追われた魔物たちが襲撃してくる可能性があると考えている。そのため瘴気獣と魔物を迎撃する緊急依頼を受けて貰いたい」
どうやら父さんが言っていたように魔物の襲撃があるようだ。
オークが主体の集団なら弓矢での攻撃は効果が薄いかも知れない。
ゴブリンよりはるかに巨体で体長は三mほどで顔は豚に似ている。
黄緑の肌は厚い脂肪で覆われていて、打撃や弓矢の攻撃は効きにくい。
弓で戦うのに苦労する相手だ。
「詳しいことはギルド職員が説明させてもらう。皆の協力が必要だ。力を貸して欲しい。もちろん貢献度に応じて報奨金も奮発する予定だ」
「おおっ」
周囲からどよめきの声が漏れた。
「アルレインの街を守る同士の諸君! 各自持ち場に付き、瘴気獣迎撃に協力して欲しい! 諸君らの活躍に期待する!!」
「おおぉぉぉおおおっーーーー!!!」
あれから遠距離攻撃に長けたものは集められ、配置が決められた。
すでに街の守備隊が障壁上に配備されているが、それとは別の部隊として編成するらしい。
といっても冒険者はそれぞれ武器や戦い方が違いパーティー以外と即席の連携をとるのは難しい。
大雑把に近接、遠距離の部隊を作り近接部隊はニ~三パーティー単位で分け、さらに遠距離部隊は射撃隊と魔法隊に分けるそうだ。
部隊編成では当初、冒険者ギルド所属ではない子供だと参加を断られそうだったが、父さんの取りなしで指示には必ず従う条件で参加が認められた。
いま街にはCランクまでの冒険者しかいないそうだから少しでも人手は必要なようだ。
このアルレインの街は王国でも北東の辺境なため、高ランクの冒険者はあまり居着かないらしい。
また、懸念だったオークへの対処はギルド所蔵の属性矢を使わせてもらえるそうだ。
弓矢にも複数の種類があり、通常の木製や金属の矢、天成器の矢弾錬成によって生み出される錬成矢、属性の付いたスライムの核から作る属性矢、属性の付いた魔石から天成器で錬成する錬成属性矢がある。
属性矢は職人が一本一本手作りしていて、数は少ないが誰でも魔法のように属性攻撃ができ錬成矢より威力が高い。
火の属性矢なら大抵の魔物には有効な攻撃ができるだろう。
「クライ、ここにいろ。父さんは少し他の部隊の配置を聞いてくる」
父さんは遠距離部隊のリーダーに任命された。
聞いたことはないけど冒険者ギルドにも意外と知り合いが多いのかも知れない。
父さんに声を掛けてくる冒険者は多い。
「さっきぶりね。こんなところで会うなんて……ギルドには所属してないんじゃなかった?」
今日会ったばかりの聞き慣れた声が聞こえた。
「あんたも物好きね。わざわざ危険なところに助けに来るなんて。……アニスさんのそばにいたほうがいいんじゃない?」
振り返ると呆れた顔をしたフリミルとその後ろにはジーザーとナククがいる。
「やあ。今日は入れ違いになってしまったようだね。ちょうどジーザーと訓練をしていたんだ。訪ねて来てくれたのに不在ですまなかった」
「いや、こちらこそ……色々譲ってもらい助かった」
「あんたはどこに配置されたの? こっちは雑用よ。まあ、ランクも低いしオーク相手だとちょっと厳しそうだから仕方ないんだけど。街の外に堀をほったり、万が一のときのための予備戦力ってところかしら」
「こっちは障壁から弓で援護だ」
「そうか……。狩人の森でも君の弓の腕は素晴らしかった。悔しいが俺たちは一緒には戦え無いな」
責任感が強いのか、気落ちしたようにジーザーががっくりと肩を落とす。
「僕達は僕達の仕事をしよう。予備戦力といっても街の人の避難誘導や防壁の設置などやることは多い。落ち込んでる暇はないぞ」
「あんたも気をつけなさいよ。オークはピンチになると石や武器を投げてくるそうだし…………その………冒険者でもないのに街を助けようって来てくれるのはすごいと思うけど」
「ああ、心配してくれてありがとう」
「いや……心配……とかじゃなくて。……その……なんていうか。とにかくっ! 危険な場所なんだから怪我だけは注意しなさいよ!」
赤い顔をしたフリミルはそれだけ言うと走り去ってしまった。
急にどうしたんだ?
「おい、フリミルっ! それじゃあ俺達は部隊に戻るよ。無事を祈っている。お互い頑張ろう!」
「じゃあまた」
ニ人はフリミルを急ぎ足で追っていった。
「さっきの三人は知り合いか?」
どうやら父さんとは入れ違いになったらしい。
「狩人の森で会った冒険者なんだ」
「そうか。それもなにかの縁だ。大切にしなさい」
父さんはどこか懐かしそうに三人の走り去る後ろ姿を眺めていた。
北門の障壁の上では瘴気獣の襲来を警戒しつつニ人一組で部隊が展開していた。
眼下では近接部隊が簡易な堀と壁を作っている。
「瘴気獣に追われた魔物がこっちに向かってるなんて災難なこともあるな。幸い今回は迎撃の準備を整える時間がある。ギルドも属性矢を奮発して出してくれてるし、まあなんとかなるだろ。それより、おれも弓には自信があるがあの弓の名手のアッシュさんの息子と組むなんて思っても見なかったぜ。おれがミスったときはフォローよろしく!」
臨時のニ人一組を組むことになったスコットさんは気さくに話し掛けてくれる。
高身長で細身だが体捌きはしっかりしていて歳は三十代くらいだろうか。
普段は《月下美人》という四人組のCランクパーティーを組んでいるそうだが、事情があっていまは一人で活動しているらしい。
「おいおい、タイロス。せっかくタッグを組んだんだからお前も挨拶くらいしろ」
「ああ、こんな軽薄な奴だが。仕事はきっちりする。寛大な心で見てやってくれ。よろしく頼む」
スコットさんの右手には低音で渋い男性の声がする白銀の天成器が握られている。
片手で持てるクロスボウだ。
射程は弓より短いが弓矢より太く短い矢は威力に優れる。
腰ベルトには太く短い矢がケースに何本も納められていて、その脇には短剣が括り付けられていた。
「こちらこそよろしくお願いします」
「ははは、どうやら愉快なタッグのようだね。私はミストレア、クライ共々よろしく頼むよ」
「おう、よろしく。そうだ。クライは瘴気獣についてどれぐらい知ってる?」
「戦ったことはありません。知っていることといえば、体から灰色の瘴気を出していて、魔物より強く、見掛けることがあればすぐに逃げて街に報告する必要があることぐらいです」
「瘴気獣がでることは最近少なくなってるらしいからな。おれが子供のころは何度も街に襲撃があったもんだがなー。まあ知らなくても無理はない。瘴気獣は灰色の瘴気を纏い、眼が紅く光っているのが特徴だな。森でも平原でも突然現れて、人だろうが魔物だろうがなんでも襲う。そして魔物と違って金属の武器防具で武装してやがる」
「武装……ですか?」
「そうだ。やつらがどうやって発生してどこで装備を手に入れてるかはわからないが、大抵の瘴気獣が強力な武器や防具を持つ。瘴気獣自体も魔物とは圧倒的に強い。天成器や魔法による攻撃でないと傷も付けられない。そんなやつが質のいい武装をしたらその辺の冒険者は手も足もでないな」
「そんな……」
「まあ心配すんな、今回は準備を整える時間がある。これだけ街を守ろうって躍起になってる奴らがいるんだ。このおれもついてるしな」
ニヤッと笑うスコットさんを見ると不思議と少し不安が和らいだ。
偵察隊の報告ではもうすぐそばまで瘴気獣が近づいている。
緊迫した空気が防衛陣を包み込む。
その最中鋭い警戒の声が辺り一帯に響き渡った。
「来たぞ!!」
「グアアァァァァァァッ!!!」
オークの雄叫びが近づいてくる。
アルレインの街の北門の先、緑の平原が広がる大地に徐々に大きくなる姿が見える。
三mほどの巨体を左右に揺らしながら疾走してくる。
オークの集落にはどれほどいたんだ。
見えているだけで二十体以上はいる。
オーク以外は数は少ないがブルズボアやマーダーベアまで何体か混ざっているようだ。
「射撃隊、撃ち方用意!」
父さんの掛け声で一斉に矢をつがえる。
「放てっ!!」
文字通り無数の矢の雨がオークの集団に降りかかった。
放った矢は火の属性矢だ。
街に被害が広がらないよう離れたところに撃ち込む。
当たったと同時、平原に炎が巻き上がり突撃してくるオークの集団を焼く。
「ガァァァァッーー!」
「よし、効いてるな。この後は錬成矢に切り替えて一体でも多く仕留めるぞ。本命の瘴気獣がまだ見えてない。気を抜くなよ。なーんていってもおれの手にかかればあんなやつら屁でもないがなっ!」
スコットさんの放つ矢はオークの足の関節に吸い込まれるように当たる。
軽口を言いながらも装填の手は一切止まらず撃ち続ける。
止めどめなく撃ち続け、そのたびにオークを転ばせていく姿はさすがCランクパーティーの冒険者と思わせる腕前だ。
足を射抜かれたオークは次々転び他のオークを巻き込む。
北門の前ではギルドマスターが指揮している姿が見えた。
声を張り上げ近接部隊を鼓舞する。
「本番はこの後だ、オーク共の勢いに負けるんじゃないぞ! ここで食い止めるんだ! 正面の防衛線を維持しろ!」
近接部隊では魔物たちとの激戦が繰り広げられている。
片手剣の冒険者がオークの振り下ろした棍棒をかろうじて防ぎ、その間に仲間だろう槍使いが腕を貫く。
弓矢が何本も足に刺さり身動きができないブルズボアに、脳天目掛けて短剣が突き刺さる。
そうかと思えばオークが冒険者の盾を弾き飛ばし、腕を振り回し叩きつけた。
別の場所では何体ものオークが足元の岩を投げつけ、冒険者を押し潰そうとする。
(こちらにも攻撃が来るかも知れない。私も警戒するがクライも警戒してくれ)
(わかってる。あれは……)
「らぁぁぁーー!!」
光輝く大剣の天成器を持つ女性がオークの側面から斬りかかる。
太い腕を一撃で切り落とした。
返す刃で足を傷つけ、膝まづいたところに跳び上がり首を落とす。
「カルラッ! あまり前に出すぎるな!」
「わかってる!」
冒険者の中には光輝く刃をもつ武器を使う人達もいる。
光刃武器とも呼ばれる天成器の形態の一つで魔力の刃で相手を切断する。
天成器の数ある形態の中でも強力で有名だ。
「ブオォォォーーーーーーーーッ!!!」
な、なんだ!?
突然の爆音に鼓膜が破れそうだ。
「ぐぅっ…………あれが瘴気獣」
北門の先、小高い平原についに瘴気獣が現れた。
圧倒的なプレッシャーと灰色の瘴気を身に纏い、大地を揺らすほどの咆哮が戦場を轟かす。
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