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第百三話 謝罪と後悔
しおりを挟む目の前で頭を下げるギルドマスター、シグラクニスさんに慌てて近寄り、そのいまにも折れてしまいそうな身体を咄嗟に支える。
ええ?
なんで、なんでこんな事態に?
頭の中は混乱しっぱなしだった。
ギルドマスターといえばそれぞれのギルドの長のはずだけど、王国本部のギルドマスターなら意味が少し変わってくる。
このお爺さんが王国全土に点在する冒険者ギルド支部を束ねているってことだよな。
そんな雲の上の人が、俺に謝罪?
「ホッホッホ、優しい子じゃのぅ」
俺の支える手を握りそっと撫でるシグラクニスさん。
彼の手はか細く皺だらけで、触れれば簡単に壊れてしまいそうな繊細さを醸しだしている。
そして、同時にその手には他者を慈しむ心が宿っているようにも感じた。
「と、取り敢えず座ってください」
緑のラインの刻まれた長杖の天成器を杖代わりに、緩慢とした動作のシグラクニスさんは、ゆっくりとエディレーンさんの隣に腰掛ける。
「それで、その……なぜ俺に謝罪を?」
「実はのぅ。この間王国本部を訪れてくれたラウルイリナちゃんにも謝ったんじゃが、お主にも迷惑をかけてしまったからのぅ。謝らん訳にはいかないじゃろうて」
ラウルイリナ!?
王都に帰ってきていたのか!?
「あの娘も優しい娘でのぅ。ギルドの不備を謝ったんじゃが。逆に謝られてしもうた。自分の余裕のない行動のせいでギルドにも迷惑をかけてしまっていたと、な。以前は鬼気迫る表情をしていたとも噂で聞いていたんじゃがのぅ。ホッホッホ、若い子はほんに成長が早いものじゃ。実際に会ってみればそんなことを微塵も感じさせんほど、自信に満ちておった。未来への希望を夢見る若人の顔つきはいつ見てもいいもんじゃのぅ」
「ギルドマスター、回りくどいぞ」
「ホッホッホ。年寄りはつい話が長くなっていかんのぅ。……オーク集落壊滅依頼の時のことじゃ。ウチの副ギルドマスターの一人が随分と迷惑をかけたのぅ。先日と言ったのは、その処分を最近やっと終わらせることができてのぅ。それのことじゃ」
副ギルドマスターってエディレーンさん?
俺がつい疑いの目線でエディレーンさんを見ると、彼女は軽く片手を左右に振って否定する。
「ああ、違う違う、私じゃない。あの時、ラウルイリナに絡んでいたギルド職員の男がいただろう? いけ好かない細目の男、スエイトラ。アイツもこの間まで副ギルドマスターの一人だったんだよ」
「え」
「ここは王国本部だからな。副ギルドマスターは私とあの男の二人いたんだ。しかし、あの件があって大人しくしておけばいいものを、ギルドマスターが不在の間ルールの範囲内とはいえ好き勝手やってたからな。やっと目障りな相手が消えて助かったよ」
ハハハと大口を開けて喜ぶエディレーンさん。
それに対してシグラクニスさんは冷静な語り口のまま話し始める。
「スエイトラもあれで昔は純粋な子じゃった。仕事にも真面目に取り組み、冒険者相手にも礼儀を忘れたことはなかった。それだからこそ副ギルドマスターにもなれたのじゃ。……それがいつしかあのような口を開けば嫌味ばかりをいう意地の悪い男になってしもうた。そして、スエイトラが帝国の有力貴族の一員じゃったのが、事態を拗らせてしまったのじゃ」
本来貴族の子弟だろうと冒険者ギルドは特段配慮はしないものなのだそうだけど、スエイトラの実家、シャーウッド伯爵家はその領地にダンジョンを所有し、冒険者ギルドと密接な関係にあったらしい。
そのため、カルマの判定にもかからない程度の軽い悪行で軽々に処罰を下すことを避けていたと、シグラクニスさんは後悔を滲ませながらも教えてくれた。
「過去の蛮行もあって反省することを願っておったんじゃが、終ぞあやつが変わってくれることはなかった。儂が療養中にも、お主には迷惑をかけたようじゃ。本当にすまなかったのぅ」
「あ、頭をあげて下さい」
深く頭を下げ謝罪してくれるシグラクニスさん。
しかし、迷惑といっても俺は特にスエイトラとかいうギルド職員とは直接話し合った記憶はない。
ラウルイリナは王国本部の受付で嫌味をいわれたけど、俺が関わったのは、オーク集落壊滅依頼の報告にいったときに、報告内容を疑われたときくらいか。
なんならすっかり忘れていたくらいなんだけど……。
「お主やラウルイリナちゃんに迷惑をかけてしもうた件以外にも、スエイトラはギルド職員の行動としては看過できんことばかりしておったと報告がきてな。前回のこともある。今回は見過ごすことはできんからのぅ。ギルドから追放こそせんが、閑職について貰ったんじゃ」
「あの嫌味しか知らない男がいまやただの書類と資料の整理で一日を忙殺されているらしいからな、胸のすく思いだよ」
ニヤリと笑うエディレーンさんは本当に晴れ晴れとした思いなんだろう。
口笛でも吹きだしそうなほど上機嫌だった。
それとは対照的なのはシグラクニスさん。
彼はこれまでスエイトラを半ば放置してしまったのを悔いていた。
そのせいなのか心の内の言葉が思わずといった様子で溢れる。
ポツリと漏らしたその言葉は俺にとって驚愕の事実を表していた。
「レトを追い出してしもうた時から反省してくれればのぅ」
「え? レトさん……ですか!?」
「ん? レトを知っておるのか?」
知っているもなにもレトさんはアルレインの街のギルド職員の男性だ。
俺の迂闊な行動を諌めるため苦言を呈してくれた人で、王都に向かう俺を心から心配して忠告をしてくれた人でもある。
そんなレトさんを……追いだした?
「レトは証拠こそないが、恐らくはスエイトラの無形の嫌がらせもあってのぅ。その人と真摯に向き合う優しすぎる心を傷つけられてしもうたのじゃ」
「そんな……」
「この王国本部でも仕事のできる、冒険者からの評判もいい期待の新人だったんじゃが……そんなこともあって大分思い詰めておった。そんな時じゃ。アルレインの街のギルドマスターからギルドを支えられるような人材が欲しいと連絡があってのぅ。儂はその引き抜き話をレトに提案した。このままではレトの心が壊れてしまってもおかしくないと危惧したのじゃ」
レトさんはそれでアルレインの街でギルド職員をしていたのか。
王都の事情、特に犯罪について詳しかったのは、自らの経験があったからこそだったのか。
だから俺に世の中は善人ばかりではないと忠告してくれていたんだ。
「じゃが結局は儂もスエイトラと変わらんのじゃろうな。いくらスエイトラがやった証拠はないといっても、状況証拠は揃っておった。それなのにシャーウッド家への配慮からスエイトラを謹慎処分にしただけで、被害者の方を追い出すようにレトを辺境へと向かわせた。……恨まれておるじゃろうな」
レトさんは目の前でそのときのことを悔い嘆くシグラクニスさんを、どう思っているんだろうか。
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