孤高のミグラトリー 〜正体不明の謎スキル《リーディング》で高レベルスキルを手に入れた狩人の少年は、意思を持つ変形武器と共に世界を巡る〜

びゃくし

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第百七十話 不穏な報告

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「これは中々厳しいわね」

 グラッジラム大森林の直近で緊急に設置された天幕の中、新たに偵察から帰ってきた騎士たちの報告書を読みながら思わず漏れ出てしまった呟き。

 ああもう。
 ここに団員たちが居なくて良かったわ。
 こんな弱音を吐いているところは見せられないもの。

 でもこの報告書の内容には驚きを隠せない。
 なんなのコイツ、あり得ないでしょ。

「暁霧の山脈龍ブリーズニッグ。鉱石のような鱗は鋼を凌ぐ強度で初級魔法や通常の錬成矢ではまったく歯が立たない。加えて天成器の攻撃や上級魔法でも軽微な傷を与えられるのみ。進行に際しては障害となる大森林の密集した木々も多少の被弾程度でもビクともせず決して足を止めることはない」

 初級魔法の威力は低いからいいとしても、上級魔法すら軽微な傷なんてやってられないわね。

 ただでさえうちの騎士団は魔法特化。
 第四騎士団もお世辞にも一撃の威力は高くない。

 皆多数の連携によって力を発揮する訓練をしてきた集団戦が得意な騎士たち。
 それなのに頑丈な鱗に全身が包まれた防御力の突き抜けた巨大な魔物なんてどう対処すればいいのよ。

「特筆すべきは濃霧を操ると思わしき能力。最初期の遭遇でこそ予兆は見られなかったが、大森林に生息する魔物との遭遇戦において度々身体の周囲を明らかに自然のものとは異なる濃い霧で覆うことあり。またその霧は視界を著しく奪うだけでなく、魔力を遮断するのか魔力察知のスキルが著しく働きにくくなる。更に濃霧は山脈龍の魔力支配域なのか内部では魔法展開も妨害されるため、霧魔法の自動魔法に酷似した特長があると見受けられる」

 霧魔法は存在する。
 自動魔法も。

 《ミストスフィア》、自動束縛霧魔法。
 魔力で作り出した白い霧を周囲に拡散する球体を生み出す魔法。
 薄く広がった霧は視界を遮り、内部の魔力反応を覆い隠し魔力察知を効かなくする。
 また領域内の魔法展開を僅かだけど阻害する特性もある。

 まあ、ほとんど同じね。
 ただ山脈龍の使うものとは流石に規模が異なるでしょうけど。

 それに報告書には濃霧は広範囲に拡散させたものと一箇所に集中して展開したものがあるとある。
 更には濃霧自体が流動的に動き、山脈龍の体表を撫でるように動いていたこともあったと書かれている。

 濃霧をそれほど簡単に操れるなら遠距離まで届かせるなんて造作もないことかも。
 警戒事項ね。

「攻撃手段は巨大な体躯を生かした踏み潰し、長い尾による薙ぎ払い、噛みつきが予想される。大森林の魔物との戦いでは躍起になって襲いかかってきたトロールを右前足の一踏みで踏み潰し、気まぐれに振ったであろう尾が地面を深く抉った。また、移動の際には小規模な地震が常に発生しており、近づけば近づくほど体勢を維持するのは難しい」

 体長五m前後のトロールを一踏みとは豪快ね。
 というか向かっていったトロールは馬鹿なの?
 明らかに相手になるサイズじゃないって一目でわかるでしょうに。

 それより移動の際の地震が厄介。
 明らかに遠距離攻撃に対して高い防御力があるのに、近くで張り付いて攻撃しようにも揺れが激しいなら陣形なんて保てないでしょうね。

「えーと、現在は王都へ向けて進行しているのは間違いないが、常に霧を纏っているため全体の様子を伺うのは難しく追跡をするので精一杯と。後は……到底個人の力で適う相手ではない、か」

 偵察に向かった騎士たちの所見も含まれているけど、あながち間違っているとも思えない。
 見上げようにも全体を見通せない巨体。
 全身が武装されたような鱗の鎧で、動くだけでも地形を変える。

 報告書にはないけど恐らくは物理攻撃以外の攻撃手段も持っているだろうし、濃霧を操る能力も未知数なところが多々ある。

 ホント面倒な相手。
 第一騎士団は王都から出ないだろうし、頼りになるのはあいつの率いる第四騎士団だけなんて世も末だわ。

 なんでこんな時だけイーリアスの奴はいないのよ。
 こういう泥臭い奴の相手はあの突撃女か第六騎士団の無差別男の出番でしょうに。

 不穏な報告書片手に思案にふけっていると天幕に一際小柄な人物が入ってくる。

 いつ見ても気弱そうな辛気臭い顔。
 こんな奴が王国に存在する七つの騎士団の団長の一人なんて到底信じられない。

 動揺に揺れる瞳で小さな口をもごもごとさせながらそいつが口を開く。

「あのあの……クランちゃん。 わたし、どうすればいいの? 騎士団の子たちが『団長は何もしないで下さいって』わたしの話を聞いてくれないの」

 第四騎士団団長トワ・グラントン。
 いまにも泣き出しそうに不安を表に出しながら縋り付いてくる。
 あー、うっとおしい。

 なんでこんな奴が騎士団長に選ばれたんだか。
 ま、弓の腕だけで選ばれたんだろうけど、コイツったらホンットに戦い以外では役に立たないわね。

「あんたってホントに戦い以外はポンコツよね」

 あー、思わず本音が……まあ、コイツ相手ならいいか。

「そんなぁ、わたしだって頑張ってみんなのお手伝いしようと思ってるのにぃ」

 聞けばトワの奴は副団長から『折角合同で任務に当たる以上クランベリー騎士団長とよく打ち合わせをしたほうがいいでしょう』と言われてこの私専用の天幕まですっ飛んで来たらしい。
 コイツ……体のいい厄介払いされてるじゃない。

「そういえば今回は御使いの人たちも同行してるんだよね。どこにいるの? わたし、挨拶もしてない……」

「御使いねー」

 王都に突然現れた天界の使者、御使い。
 神や天使と共に天界に住むという彼ら、彼女らは降臨直後こそトラブルがあったものの、いまは大分地上の生活にも馴染んでいた。

「御使いなら偵察に何人かついていったわね。後の奴らは邪魔な大森林の魔物の間引きをうちの騎士団と一緒にやって貰ってるわ。あいつら異常に士気が高いから。何処かでガス抜きしとかないとそのまま山脈龍に向かって行きそうで困るのよね」

 今回同行を許したのは不測の事態に備えるため。
 神の試練の最初期、魔物の大量発生では油断もあったが明らかにこちらの想定外の規模が発生することとなった。
 
 そのための御使い。
 《簡易鑑定》のエクストラスキルは魔物の名前やレベルを表示できる。
 でも報告書ではすでに石版に記されてあった名前しか表示されなかったようね。
 ……微妙に使えない。
 本人たちはやる気だけは満ち溢れているのに……思惑通りにはいかせてもらえないわね。

 ホントはいくら御使いが特別とはいえ協力を頼むのは嫌だった。
 最近は御使いの中でも派閥のようなものもあるみたいだし、できるなら接触する必要はなかったとも思う。

 彼ら、彼女らは元は天界の住人とはいえ、いまや私たち騎士団の守るべき民の一人。

 でも……戦う力のない人々を守るには少しでもできることをしないと。

 歯痒い想いに悩みは尽きない。

「あーあ、わたしならここからでも射抜けるのになー。なんでみんな『そんなことは団長にしかできません。無茶苦茶なことを言わないで下さい!』って怒るんだろう」

 不貞腐れたようにソファのような簡易の長椅子に寝転ぶトワ。
 あんたそれ私のお気に入りなんだけど……。

 というか馴れ馴れしくなったものね。
 初対面の時ぴぃぴぃ鳴いてたのが懐かしいわ。

「あんたここから山脈龍まで何kmあると思ってんのよ。だいたい森の木に阻まれて標的なんて欠片も見えないでしょうが」

「えー、でもテキトーに射れば多分当たると思うんだけどなぁ」

 また惚けた顔でアホなことを言い出して……でもコイツなら言った通りに当てるでしょうね。
 それだけの超絶技巧の持ち主だからこそ騎士団長に選ばれた。
 弓の腕だけで一つの騎士団を束ねる地位にいる。
 ……本人に自覚はないんだろうけど。

「ねぇ……クランちゃんは怖くないの? 今回の相手は普通の魔物じゃないってみんな言ってるよ」

 今度は暗い顔で不安を吐露するトワ。
 でもコイツの場合、山脈龍自体ではなく戦いの場に向かった騎士たちが傷つくのが怖いのだろう。
 騎士たちの思いはともかく自分の預かり知らないところで配下が傷つくのが怖いと顔に書いてある。
 
 しかし……。

「たとえ未曾有の脅威に晒されているとしても私のやることに変わりはないわ。魔物は倒す。それだけよ」

 神の石版を信じるなら暁霧の山脈龍は王都を蹂躪すべく進行している。
 実際にかの魔物の進路の行く先には民たちの住む王都がある。

「うん……そうだよね」

「トワ、あんたは騎士団長なのよ。騎士たちを束ね、王国の民を守る最後の砦。戦う力のない者にとっての心の拠り所なの。それが……この程度の試練で不安を表に出しては駄目。たとえ神が与えた困難な試練だろうと必ず私たちは乗り越える。そう自分たちの培ってきた力を信じるの。あんたの配下の騎士たちを」

「クランちゃん……うん、ごめんね」

「謝らない。……不安を抱えていてもいいの。それはきっと正常な感覚だから。でもあんたは騎士団長なのよ。不安は伝播する。配下が心配なら余計あんたは動じてはいけない。冷静に確実に事態の推移を見守るの。それでいて決めるところは決める。それがきっと騎士団長なんだから」

 きっとトワにもわかってる。
 いまのは一瞬見せてしまった心の弱み。

 心を許してくれているからこそ見せてくれた本音の一部

 ……らしくないことを言ったわね。
 私も少なからずこの異常な自体に不安を感じていたのかも。

 ちょっと……なんか恥ずかしい。
 顔が熱いんだけど、なにその目。

 トワの生暖かい眼差しに顔を背けて誤魔化しながらも決意を新たにする。

 必ず、進行を阻止して見せる。

 たとえ神の課した試練がどれだけの障害だったとしても。

 人々の育む平和を壊させはしない。
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