15 / 52
第十四話 怒りの理由
しおりを挟むオレを蔑みの視線で見るこの男はセヴラン。
孤児院を飛び出し冒険者になるべく奔走した四年前。
その当時もいまと変わらず指導員だったコイツは、出会った当初それなりに優しかった。
冒険者になったばかりの十四歳のガキに剣の持ち方から日々の鍛錬の仕方まで教えてくれた。
……まあ、冒険者ギルドお手製の教本から学んだことの方が大半だったが。
それでもあの当時といまの態度はまったく違う。
そう、オレの恩恵が判明した時を境にコイツは態度を一変させた一人だ。
「“万年Dランク”のお前がそこの優男の言うように本当に強くなったのか俺が確かめてやるよ」
「……や、優男……」
あ、師匠がまたショックで膝をついてる。
「……ギルドも今はこんな状態だ。そんなことをしている暇はないだろ」
「西の森に未確認の脅威がいるかもしれないからって、殊更に恐れる必要もないだろ。それに俺はお前が心配なんだ。昨日はゴブリンごときを取り逃したんだって? 愛弟子が本当に強くなったのか確かめてやらないとなぁ」
ニタニタと気持ち悪い奴だ。
マリネッタの心配とお前の心配じゃあ雲泥の差があるぞ。
少なくともお前はオレを公衆の面前で叩きのめして恥を掻かせたいだけだろうが。
そもそもお前の愛弟子になったつもりもない。
このギルドで講習を受けた冒険者全員にそんなこと言ってるのは知ってるんだぞ。
オレの恩恵がわかってからは講習に参加させなかったくせに、偉そうな態度だ。
「アル様は本当に強いんです! 貴方みたいな気味の悪い人、アル様ならすぐに倒せます。そうですよね! アル様!」
「き、気味の悪い……俺……そんなに気味悪いか?」
セヴランの奴、自分が気持ち悪い笑顔を浮かべている自覚なかったのか……。
隣に居合わせた冒険者に小声で確認してるけど、結構お前嫌われてるから素直に教えてくれる奴なんていないだろ。
「ところで……そちらの美しい金の髪のお嬢さんと凛々しい男性はアルコさんとどんな関係なんですか? 随分と親しい間柄のようですけど……」
さっきまで涙ぐんでいたはずのマリネッタが今度は怒りをあらわにしてオレに詰め寄ってくる。
受付のテーブルから出てきてまで聞くことか?
取り敢えず誤魔化さないと。
オレは事前ラーツィアたちと相談していた言い訳をマリネッタに説明する。
「ツィアとレオ師匠はその……ハジバの街から来たんだ。オレの家は元は爺さんの家だってのは知ってるだろ。最近爺さんの訃報を知ったみたいで家を訪ねて来たんだよ」
ハジバとはランクルの街より大きい隣街だ。
ここが森と山に囲まれたド田舎ならハジバは都会に憧れる田舎みたいなもんで、しっかりと整備された街道と商店が無数に軒を連ねる大通りがあり、旅の商人たちの宿場町になっている。
「ツィアさんと……レオ師匠? ですか?」
「そうだ。師匠の剣技はそりゃあもの凄くてな。『ファルシオン』の恩恵も持ってるし、無理いって剣を教えて貰ってるんだ」
「『ファルシオン』!? 純粋な剣の恩恵の持ち主なんてすごいですね!」
マリネッタに褒められて満更でもなさそうな師匠。
なんとか誤魔化せたか?
師匠の恩恵は冒険者として活動するなら遠からずバレることになるだろうし、先に言っておいたのが功を奏したようだ。
そっちに気を取られてラーツィアと師匠の出自については聞かれない。
ホッとしたのも束の間、そこに気持ち悪い男が性懲りもなく突っかかってくる。
「剣技だぁ? 確かにお前の剣はお世辞にも上手いとは言えなかったからな。だが、それはお前の努力が足りないからだろ。人に教わるならまずは自力をつけろ。話はそれからだ」
また、これだ。
ギルド職員のくせに気に入った特定の相手にしか熱心に教えない。
そのくせ弱い恩恵持ちには自分たちで実力をつけるまで一切面倒を見ない。
そんな奴だから裏では嫌われてるんだ。
本来ならギルドマスターが取り締まれば良いものをここのギルドマスターはアレだからな……。
オレたちが黙っているのをいいことに、あろうことかセヴランはさらに調子に乗り始めた。
大仰な手振りでギルド中に伝わるように話す。
「あんたもそこのお嬢ちゃんと同じく見る目がないな。こんな奴は冒険者として大成するはずがない。“ゴミ恩恵”だぞ。剣が上手くなったってどうせ大して変わらないさ。教えるだけ時間の無駄だ」
「……時間の無駄かどうかは私が決める。貴様が意見することではない」
セヴランの吐き捨てるかのようなセリフに師匠は毅然として答えた。
「おいおい、兄ちゃん。俺はあんたのためを思って忠告してるんだ。その格好……見たところ冒険者ですらねぇんだろ」
師匠はいまオレがランクルの街の服屋で買ってきた安物の服を着ている。
「経緯はわからねぇがそんなあんたが冒険者ギルドに来た。寄りにも寄ってそんな奴に連れられて」
セヴランはオレを指差す。
「あんたは知らないだろうから教えてやってるんだ。この男の恩恵は『消毒液』。正体も意味も不明な“ゴミ恩恵”。この先強くなれる要素はどこにもない。いつまで経っても弱いままだ。こんな奴と馴れ合うメリットがどこにある? あんたもこんな奴とは縁を切った方がいい」
「セヴランさん! 言い過ぎです!」
「マリネッタ……お前だってアルコの奴が冒険者を続けるのは無理だってわかるだろ? お前だって年中心配だ、心配だ言ってるじゃねぇか」
「違います! 私はアルコさんがいつか無理をして大怪我をしないか心配で……」
「同じことだ。この男が弱いから心配なんだろ。いつまで経っても弱いまま成長しないから」
悲しげに顔を伏せるマリネッタと反対に得意げに周囲に語るセヴラン。
神妙な空気がギルドに流れる中、師匠の言葉が突き刺さる。
「いや、コイツは現時点でお前より強い」
「…………は?」
「少なくともコイツはお前よりは強い。お前では私の弟子に勝てない」
「ば、馬鹿な!? さっき節穴だなんだとか言ってたけど、お前の目の方がよっぽど節穴じゃねぇか! こいつに騙されてるかと思って親切に教えてやれば、俺がこんな奴より弱いだと!? 馬鹿も休み休み言え! ……さてはお前『ファルシオン』の恩恵も嘘を言ったな。本当は大して強くもないんだろうが! おかしいと思ったぜ。“ゴミ恩恵”が連れてきた男だ。どうせこいつもゴミ野郎だろ!」
いつもの戯言なら笑って聞き流しただろう。
恩恵が判明してからは慣れたことだし、冒険者ギルドで幅を利かせてるコイツにいちいち反応してもいい気になるだけだ。
放っておいて相手しないのが一番だと思っていた。
だが、いまのは違うだろ。
「あ゛?」
「な、なんだよ。俺は間違ったことは言っちゃいねぇ」
「オレの師匠だぞ」
オレの師匠だ。
オレを認めてくれた人だ。
嘘つきでもゴミでもない。
お前如きが馬鹿にしていい人じゃないんだ。
「いいぜ。ギルドの訓練場でオレの腕前を観て貰おうじゃねぇか。……だが、覚悟しておけ。オレは以前のオレとは一味違うぜ」
この相容れない男をぶちのめす。
オレの頭にはそれしかなかった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜
KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞
ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。
諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。
そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。
捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。
腕には、守るべきメイドの少女。
眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。
―――それは、ただの不運な落下のはずだった。
崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。
その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。
死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。
だが、その力の代償は、あまりにも大きい。
彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”――
つまり平和で自堕落な生活そのものだった。
これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、
守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、
いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。
―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。
転生先はご近所さん?
フロイライン
ファンタジー
大学受験に失敗し、カノジョにフラれた俺は、ある事故に巻き込まれて死んでしまうが…
そんな俺に同情した神様が俺を転生させ、やり直すチャンスをくれた。
でも、並行世界で人々を救うつもりだった俺が転生した先は、近所に住む新婚の伊藤さんだった。
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる