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第十五話 『消毒液』VS『ウッドショートスピア』
しおりを挟むラーツィアと師匠が馬鹿にされているのに我慢ならなかったとはいえ、正直勢いで模擬戦を提案していた。
ラーツィアと師匠は帝国の追っ手に追われている。
本来ならオレの力は隠すべきだろう。
それでもオレは戦うことを選んでいた。
そんなオレにラーツィアは晴れやかな笑顔を向ける。
「アル様のお力をここの人たちにも見せてあげて下さい! きっとアル様が本当はお強いことをわかって下さいます!」
師匠は苦笑いを浮かべながらも仕方ないなという表情を浮かべていた。
「仮にも私の……その……弟子になったのだ。あんな小物に苦戦するなよ」
言い切った後、顔を勢いよく逸らす師匠は明らかに照れていた。
……二人のためにもこの勝負、尚更負ける訳にはいかないな。
冒険者ギルドの訓練場、その中心でオレとセヴランは相対する。
セヴランはオレの弱さを知っている。
余裕綽々といった態度を隠していない。
「ルールは簡単だ。どちらかが気絶するか、戦意を失って降参するまで。それでいいな」
「ああ、いいぜ。……そういえば立会人はどうした?」
「これは決闘じゃねぇだろ。ただの模擬戦だ。必要ない。まあ、もし大怪我をしたとしても自己責任ってことだな。……どうした? 怖くなったか?」
相も変わらず気持ち悪い笑みで模擬戦の中止を提案してくる。
そんなことを言って、実際は反抗してきたオレを必要以上に痛めつけてやりたいだけだろ。
「いや? 別に」
「……一応最後に確認してやる。前言を撤回して俺に誠心誠意謝るつもりはないか? はっきり言ってお前に勝機はない。公衆の面前で怪我をさせられ恥まで掻くことになる。……それに冒険者ギルドに楯突いて得することなんてないぞ」
この後に及んでこの野郎はオレに謝れという。
しかも自分が冒険者ギルドの代表かのような物言い、呆れるな。
「御託はいい。とっととやろうぜ」
「っ、後悔するなよ!」
怒りを滲ませた表情でオレを睨むセブラン。
それを軽く無視して問いかける。
「合図は?」
「……この銀貨が地面に落ちたら開始の合図としようじゃないか。……そうだマリネッタ。お前がやってくれ」
「私が? ですか?」
オレとセヴランの模擬戦に最後まで反対していたマリネッタ。
突然話を振られて困惑している。
「銀貨を上に放り投げるだけだ。簡単だろ?」
「でも私はアルコさんにこんな危険なことは――――」
「マリネッタ。何も問題はない」
「……わかりました。でも、明らかに模擬戦の域を超えるような行為があったら私は止めますからね」
「ああ勿論だ」
ニヤケやがってオレが怪我したとしても止める気なんてないだろうが。
「では準備をさせて貰おうか『ウッドショートスピア』」
セブランが手元に作り出したのは魔力で編み込まれた木製の槍。
『ウッドショートスピア』の恩恵は武器系統の恩恵であり、一~二m程度の木製の槍を魔力によって作り出せる。
その槍は木製とはいえ魔力で編まれた武器だ。
オレの苦戦したゴブリン程度なら、たった一突きでその粗末な武器ごと貫通し絶命させることが可能だろう。
そんな恩恵の持ち主といまからオレは戦うことになる。
「セブラン、そこの生意気な“ゴミ恩恵”野郎をぶちのめしてやれ!!」
「どうせ弱っちいままだ。せいぜい手加減してやれよぉ!!」
「おいおい、セブランが本気を出したら死んじまうぞ! “万年Dランク”! とっとと降参した方が身のためだぞ!!」
ギルドの中で目立ってしまったからか、訓練場には多くの野次馬が詰めかけていた。
それにしても、どいつもこいつもオレの敗北を疑っていない。
オレの勝利を信じてくれているのはラーツィアと師匠だけ、か……それで十分だな。
マリネッタが訓練場の中心で相対する両者を見る。
頷いて返した。
いよいよ模擬戦が始まる。
銀貨が宙を舞う。
一回転、ニ回転、日の光を反射し銀光を撒き散らす。
「いくぞ! 『ウッドスピアシュート』!!」
「――――っ!?」
おい、いまのは銀貨が地面に落ちる前だったろうが!
セブランの前方に構えた右手から放たれる木槍。
鋭い穂先を真っ直ぐにこちらに向けて空中を翔けてきたそれを既の所で躱す。
危ねぇ、いきなり戦闘不能になるところだった。
「セブランさん! いまのは銀貨が地面に落ちる寸前でしたよ!」
「ん? ああ悪い悪い。まあでも模擬戦だからな。多少は仕方ないだろ?」
明らかに狙って放った攻撃だった。
あの野郎……。
抗議するマリネッタを強引に言いくるめて、体勢を立て直したばかりのオレを見る。
「どうする? 勿論続行するよなぁ?」
「続行だ」
「アルコさん!」
返事を返しながらもずっと考えてきたことがある。
果たしてオレの恩恵は吸魔の指輪でどれほど強化されているのか?
全力を出したらオーガを吹き飛ばしたようにセブランも一撃で吹き飛ばせるだろう。
だが、それでは駄目だ。
この模擬戦をやることを決めたのはオレだが、ラーツィアたちには迷惑を掛けたくない。
オレが西の森を破壊した犯人だとこんなことでバレる必要はない。
勝利と必要以上に目立たないことを両立する。
そのためには……。
「どうした! かかってこないのか? その剣は飾りか?」
「『消毒液光線』」
「……へ?」
「う~ん、狙いが難しいな。思った方向に行かない」
オレの指先から放たれた消毒液は操作の難しさからあらぬ方向に飛んでいった。
「俺の槍が……欠けた?」
「あっ、ごめん」
「お、俺の槍が……そんなこれは恩恵で作り出した槍だぞ。い、いまのは何だ! 何をした!」
「なんだろうな?」
恩恵に限りない自信を持つセブランには、目の前で起こったことが信じられなかったらしい。
俺の攻撃でウッドショートスピアの先端が砕けて欠けたことを。
「くそっ、惚けやがって、ぐ、偶然だ。む、無意識の内に弱い槍を作り出してたんだ。“ゴミ恩恵”相手だから無意識に加減した。そうに違いない」
そんなはずないだろうが。
セブランの動揺したまま突進してくる。
その動きは明らかに精彩を欠いていた。
「だあああ! 『木槍林』!!」
その技は知っている。
手元の槍を地面に突き刺し、任意の方向に無数のウッドショートスピアを伸ばし相手を攻撃する技。
なら……。
「『消毒液』……
槍が伸びてくるところを防げばいい。
『半固体粘体壁』」
俺の作り出した半固体の透明に近い壁が、地面から伸びてくる木製の槍を捉えて俺まで届かせない。
「な、何だコレは!? こ、このぉ!」
あーあ、セブランの奴ヤケになって手元の槍で俺の壁を突き刺しやがった。
そんなことをしても無駄なのに……。
「ぬ、抜けない!?」
吸魔の指輪のお陰でオレは消毒液について理解を深めた。
知っているぞ。
消毒液は時に半固体の姿になって使われることを。
といっても勿論槍が抜けなくなるほどの粘度では使われることはない。
しかし、消毒液はすべからく俺の魔力でできている。
物体の絡め取るほどの粘度に変えることぐらいはできる。
「くそっ、くそっ、なんで抜けない。槍が、この俺の槍が……」
「見苦しいな……わかっただろ? 師匠が言った通りお前はオレより弱い」
「嘘だ! そんなはずがない! 俺が……俺がお前なんかに負けるはずが……」
曇った瞳では最早真実は見えないだろう。
うわ言のように負けるはずがないと呟いている。
そんなセブランの姿は滑稽を通り越して哀れですらあった。
「これで終わりにしてやる」
俺は剣を抜く。
恩恵で作り出す一線級の武器とは違う貧相な剣。
だがそれで十分こと足りる。
「『消毒液螺旋突き』」
オーガの時より小規模に、それでいてある程度のダメージを出せるように剣に纏わせた消毒液を突きと同時に射出する。
「ぐううぅぅぅ」
螺旋回転する消毒液がセブランの腹部を捉えた。
あれだけ騒がしかった訓練場に無言の時が流れる。
セブランはたったの一撃で気絶していた。
「最後は呆気なかったな」
ここに勝者と敗者が定まった。
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