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第十六話 男装師匠は見た
しおりを挟む私は何を見させられている?
ざわざわと冒険者ギルドが騒がしくなる。
それは模擬戦が始まる前の、罵倒の飛び交う野卑な雰囲気ではない。
未知のものに遭遇し、恐れの感情に支配された者たちの怯える気配。
それが恐ろしい速度で伝播した結果だった。
「ま、負けたのか? セヴランが? あいつギルド職員になる前はCランク冒険者だった筈だぞ! それが……あんなに簡単に負けた?」
「恩恵で作り出した武器がなぜ壊れるんだ!? インチキだ! “ゴミ恩恵”がインチキしやがったに違いねぇ!!」
「何をしたんだ? あれは魔法か? いやそんなはずがねぇ。あの“万年Dランク”は魔力なんて禄になかったはずだ! だが、あんな現象は魔法でないと説明がつかない! あれは一体何なんだ!!」
結果を信じられない者、不正を信じ目の前の現実に盲目となった者、疑いの眼差しで推し量り真実から遠ざかる者。
ギルドを訪れた時よりもより大きな混乱とうねりが観戦者たちを包んでいた。
「やはりアル様はお強いですね! これで皆さんにもアル様のすごさがわかっていただけます!」
隣で無邪気に喜ぶ姫様。
今日も可憐です。
……私も姫様のように素直に喜べればどれだけいいか。
先程見せられた不可思議な光景の数々に、私もこの場にいる者たちのように目の前で繰り広げられた現実を否定したくなる。
だが、残念ながらそんな現実逃避はできない。
あれは紛れもなく実際に起こったことなのだから。
思い出す。
この戦いのはじまりを。
私の想像を遥かに超える戦いを。
はじまりは下品な男が現れたところからだ。
まあ、その前からこの冒険者ギルドの奴らは気に食わない奴ばかりだったが、特にそう、セヴランと名乗る中年男。
執拗にバステリオに絡んでくると思ったら、意味もなく模擬戦を提案してくる。
お前のような小物がバステリオに敵う筈もない。
そもそもコイツはオーガを瞬殺したんだぞ。
最早私ですら敵うか怪しい相手に、お前如きでは戦いにすらならないだろう。
さらに、この下品な男は私に忠告といって禄に中身のない情報を教えてくる。
別に聞いてもいないことをペラペラと得意げに……。
「いや、コイツは現時点でお前より強い」
気付けばこの男に不都合な真実を教えてやっていた。
……口が滑ってバステリオのことを弟子と言った気もするが……忘れよう。
「オレの師匠だぞ」
……怒りを滲ませて師匠を守ろうとする姿は、まあ嫌ではなかったけど……。
姫様に激励されたバステリオが訓練場の中心に向かう。
相対する下品な男の手元には恩恵で作り出された『ウッドショートスピア』。
武器を生成する恩恵は強力だ。
見たところ木製の槍を作り出す恩恵のようだが、あんなものでも普通の金属製の武器防具なら容易く破壊できる。
バステリオの装備する武器では打ち合っただけで破壊されてしまうだろう。
マリネッタとかいうやたらとバステリオをチラチラと見てばかりいる受付嬢が、開始の合図の銀貨を投げる。
地面に銀貨の落ちる寸前、下品な男が恩恵技を発動した。
それは自らの恩恵で生成したものを射出する恩恵技の基本の技だが、バステリオ相手には有効だった。
だが、既の所でバステリオは前転し回避する。
……ふぅ、心配させるな、まったく。
再び彼らは向かい合う。
私はてっきりバステリオはオーガを押し流した洪水を放つものと考えていた。
あの下品な男を押し流し訓練場の壁に激突させて模擬戦は一瞬の内に終わる。
だが、そんな浅はかな予想など私の弟子は実現してくれない。
「『消毒液光線』」
……恩恵の生成物は普通の手段ではまず破壊できない。
それは最早常識だ。
生成物同士でぶつかり合う、またはそれなりの硬度、強度を誇る魔物の外皮や甲殻と打ち合うことでも欠けることはある。
だが、あれは何だ?
バステリオの操る液体も一応恩恵の筈だ。
そう、液体だぞ!
どうやって固体、それも恩恵の生成物を砕く?
あの細い水流のようなものになぜそんな威力がある?
わからない。
わからないことだらけだ。
『消毒液』の恩恵が特段優れているのか?
姫様の吸魔の指輪があの現象を引き起こしたのか?
……多分どちらも微妙に違うだろう。
バステリオだ。
私の弟子があの結果を生み出している。
それがわかったところで私にはこの模擬戦を最後まで見守るしかない。
ただもうあの下品な男が勝つ可能性は一ミリもないと、この時点で確信していた。
「『消毒液半固体粘体壁』」
液体だっただろ!
なんでぐちゃぐちゃとした形に変わるんだ!
それでなぜ恩恵技を止められる!
地面から無数に伸びる木製の槍。
恐らくはあの下品な男が修練の果てに身に着けた必殺の一撃。
確かにヒヤリとはした。
危険だと身を乗り出して観戦していた。
何なんだよ。
私の心配を返して欲しい。
あの恩恵はどこまで幅のある使い方ができるんだ。
私はこの時点で思考することを放棄していた。
「『消毒液螺旋突き』」
……私の軽く教えた突きを最後に繰り出したのは褒めてやってもいい。
恐らく威力を抑えたのだろう。
吹き飛ばし訓練場の壁にぶつける程度に留めた判断は正解だと言っておこう。
下品な男の腹に風穴が開いてないからな。
ただ、バステリオ、お前は恩恵を使いこなすまでが早すぎる!!
恩恵技を連発するんじゃない!
私ですら新たな技の開発には数ヶ月、数年かかることもある。
ファルシオンを射出する『ファルシオン・ファング』だって数ヶ月の時を必要としたんだぞ!
あいつは私の怒りにも似た感情を知ってか知らずかこちらに顔を向ける。
向き直った私の弟子の表情は……あの不敵な笑みだった。
思わず目を逸らす。
はぁ……どうやら私の弟子は師匠を困らせる悪い弟子らしい。
私はこの先に待ち受けるであろう困難に頭を抱える。
だが不思議と最悪な気分ではなかった。
予想もつかない光景の連続は思いの外楽しかった。
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