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第二十五話 魔法とは

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 魔法とは何か。
 
 それは体内に蓄積している魔力を用いて超常の現象を起こす技術である。
 恩恵を具現化することにも使われる魔力は、使い手の意思で火や水、土、風といったさまざまな属性の現象や物体を作りだすことが可能だ。

 属性は多岐にわたり、火、水、土、風、光、闇の六つの主要な属性に、その他の系統外属性と呼ばれる属性魔法が存在する。

 勿論それぞれ個人によって適性は存在する。
 火属性魔法は得意でも水属性魔法が苦手。
 あるいは風属性魔法のみが得意で、他の属性の魔法は軒並み使えないなど様々だ。

 そして、魔法使いは魔法陣と呼ばれる術式によって魔力を操り現象として結実させる。
 魔力を属性に変化させ魔法陣を描くことで、攻撃、防御、補助などに分類される多彩な現象を発生させることができる。


 


「ここが魔法書を販売しているお店ですか……随分古風そうな建物なんですね」

 やってきたのはこのランクルの街でオレの知る魔法書を扱う唯一の魔道具店。
 外観は正直いって……ボロい。
 建物全体に絡みつく植物の蔦、窓は黒く曇り中の様子は覗えず、年季の入った外壁はパッと見は汚く見える。
 ただ、店自体の作りはしっかりしているし、玄関先はいつも綺麗に整頓されてる。
 奥まったところに店があるだけで、古くからある店には違いない。
 
「本当にここで大丈夫か? なんだかいまにも崩れ落ちそうだが……」

「そうですか? わたしは楽しみです!」

 不安そうな師匠とは対象的に笑顔の絶えないラーツィア。
 そもそも冒険者になると言い出したのはラーツィアだが、彼女は戦うすべを持っていない。
 ならなんで冒険者登録したんだと言われるかもしれないが、師匠もオレもラーツィアの希望は叶えてあげたいと願っているので、ここに彼女がなりたいといって止める者はいない。

 かといって、昨日の薬草採取のような依頼ならともかく、今後ラーツィアが冒険者として活動していくのにも自衛の手段は必須だ。

 体術はからきしなラーツィアのために、オレと師匠が考えたのは……その身に宿る莫大な魔力を活かせないかということ。

 魔力暴走の危険がないなら魔法さえ覚えれば、莫大な魔力はそのまま戦う力となる筈だ。

 それに、吸魔の指輪の魔力を魔法として使えるのかどうか確かめたい想いもある。
 いままでオレは魔力の少なさから魔法を学んでこなかったけど、吸魔の指輪の莫大な魔力を魔法として利用できるならかなりの戦力になり得る。

 扉を開ければカランッと備えつけられた鐘がなり、店の奥からしわがれた声が聞こえた。

「あ~い、いらっしゃい」

「ミクラ婆さん、久し振り」

「おうおう、誰がきたのかと思ったらアルコ、あんたか。こりゃあ挨拶して損したねぇ」

 この鋭い眼差しで悪態をつく婆さんはミクラ婆さん。
 オレの恩恵が発覚したことで離れていってしまった人は多々いるが、こう見えてこの婆さんは発覚後も態度の変わらない数少ない人だ。
 ……口を開けば憎まれ口ばかりだけど出会った当初からそうだった、悲しいかな。

「まったくあいも変わらず幸薄そうな顔をして、ウチの店に一体何の用だい」

「魔法書が欲しくてきたんだ。俺が知る限りここしかなかったからな」

「魔法書だって? あんたの魔力じゃ魔法なんて使えもしないだろうに。……もしかしてそこのお嬢ちゃんたちが関係してるのかい?」

 ミクラ婆さんの鋭い眼差しがラーツィアと師匠に向く。
 だが、ラーツィアはまったく気になっていないようだ。
 それどころか、店の中の様々な道具に興味をそそられたのかそちらばかり熱心に見ている。

 自分に向けられた視線に気づいたのだろう、ラーツィアがミクラ婆さんに振り返りキラキラとした瞳でいう。

「これって全部魔道具なんですよね? わたし、こんなにいっぱいの魔道具見たことありません! この隠れ家みたいなお店といい、お婆さんは物語に出てくる魔女さんみたいですね!」

「ふぇっふぇっふぇ、このあたしが魔女かい? そりゃあ怖い魔女なんだろうねえ」

「そうですか? お婆さんはとっても優しそうです!」

「そうかい、そうかい。面白い娘だねえ」

 なに?
 なんだかオレを見る目とラーツィアに向ける眼差しがまったく違うものに見えるんだけど……気のせいじゃないよな。
 ま、まあ、ラーツィアは素直で可愛いから気難しいミクラ婆さんにすぐに気に入られてもおかしくない。
 ……ちょっと早いけど。

「レオだ。ここにはコイツの案内で魔法書を手に入れにきた。よろしく頼む」

 クールに挨拶する師匠はミクラ婆さんの独特の迫力にも臆していない。

「……アルコが連れてきたにしては二人共小綺麗で訳がありそうだね。……いいだろう。ちょっと待ってな」

 訝しげな表情だったミクラ婆さんはふとニヤリと笑うと店の奥に引っ込んでいく。
 次に戻ってきたときにはその手に古めかしい本を持っていた。

「これは魔法を扱うための基礎が記された魔法書さ。しかし、冒険者ギルドなら同じようなもんが見れるはずだけど、本当に買っていくつもりかい?」

 確かに冒険者ギルドは独自に蔵書を保存している図書室のようなものがある。
 マリネッタに申請さえすればそれを閲覧することは可能だろう。
 だが、たとえ冒険者ギルドで似たようなものがあったとしても教本の件もある。
 全面的に信用するのは怖い。

 ラーツィアも魔法を学ぶ以上しっかりとしたものをお手本としたいのは当然だ。
 その点ミクラ婆さんの薦めてくれる魔法書なら信頼できる。

 この婆さんは口こそ悪いものの、こんな恩恵のオレにも冒険者ギルドには内緒で店の掃除や薬草採取の依頼をしてくれて、なにかと生活の心配をしてくれる人でもある。

「だが、割と高いよ。あんたたちに払えるかい?」

 ミクラ婆さんが掲示した額は金貨五枚。
 到底オレには払えない額だ。

 ちょっと予想外だ、こんなに高かったのか……。

「レオ、お支払いをお願いします」

 ラーツィアはその金額にまったく動じていなかった。
 それどころか毅然とした態度で師匠に支払いを命じる。

「はい……御婦人こちらを」

 師匠が渡したのは装飾品の一つ。
 遠目からでも光輝く宝石のついた精緻な装飾の指輪。

「あんたたち……これじゃあ貰いすぎだよ。こんなもん出してどうするつもりだい」

「いえ、受け取って下さい」

 ラーツィアはミクラ婆さんの目を真っ直ぐとして見て譲らない。
 その瞳はオレと出会ったときのように澄んでいた。
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