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第二十六話 本当の価値
しおりを挟む「この指輪……価値は金貨五枚どころじゃない。然るべきところに持っていけば金貨十枚、二十枚以上の価値はあるだろう。それを代金に渡す気かい?」
「はい」
笑顔で頷くラーツィアが信じられなかった。
魔法書がいくら高いとはいえなぜ希少な貴金属を?
それはラーツィアが母親から贈られた大切なものじゃなかったのか?
驚いたのはオレだけじゃなかった。
ミクラ婆さんは怪訝そうな表情でラーツィアの真意を計りかねている。
「レオに聞きました。お婆様、そちらの魔法書は金貨五枚などでは到底買えない代物でしょう」
「それは……」
「著書の欄にフロイド・ヴァーミリアンの名前がある。……私でも知っている有名な魔法研究家だ。なぜここにそんな著名な人物の著書が存在するのか……。そこまでは不明なれど、そんな珍しい書物が金貨五枚で買える訳がない」
そう、だったのか?
師匠には教本の著者について聞かれていたのに、魔法書の著者なんて気にも止めていなかった。
なら、ミクラ婆さんは値段を安く言ったのか?
「ふぇっふぇっふぇ、価値の分かる者にはバレちまうもんだねえ」
眉間にしわを寄せて難しい顔をしていたミクラ婆さんは、ふっと力を抜くと温和な表情を見せた。
「そうさ、この魔法書はフロイド・ヴァーミリアン著『魔法大全・基礎魔法陣理論』。数多の魔法、特に魔法陣についてを網羅した古の書物」
「なんで金貨五枚だなんてワザと安い値段を言ったんだ。そんなことする必要なんてないだろ?」
「……この魔法書はね。その昔この古びた魔道具屋にある人が売りにきたものさ」
「ある人?」
「そうさ、フードを目深に被っていたから顔は見ちゃいない。ただなんとなく訳ありなのはわかったよ。あんたたちと同じようにね」
ミクラ婆さんは懐かしむように魔法書の表面を撫でる。
「その人はこの魔法書を買い取って欲しいといったんだ。わたしゃ言ったよ、こんな高いもの買い取れる金はこの店にはない、とね。いくら王都の魔法書専門店でなくとも長年物の鑑定をしてきたんだ。フロイド・ヴァーミリアンの書物が高値で取引されているのぐらいわかる。どうせならランクルの街なんかじゃなくもっと大都市で売るんだねと忠告もした。だが、そいつはどうしても買い取って欲しいと譲らない。……わたしゃ精一杯の金額を提示したよ」
「それが……金貨五枚?」
「そうさ、そいつは金貨五枚と引き換えにこの魔法書を置いていった」
「なら得したんじゃないのか? その魔法書は凄い価値があるんだろ?」
「馬鹿だね、あんたは。……だが、普通はそう思うだろうさ。たった金貨五枚で十倍近い価値のものを手に入れた。だがね……わたしゃ不公平な取引をしちまった」
悔やんでいた。
オレの馬鹿な質問に答えるミクラ婆さんは苦悩の日々を思い出すように語る。
「ずっと心残りだったんだ。この魔法書をどうするべきか思い悩んでいた。そこにどうだ。顔馴染みの幸薄い男が如何にも訳ありな二人組みを連れて、魔法書を求めてここにきた」
「幸薄いは余計だろ」
「ふぇっふぇ、何言ってんだい、本当のことだろう。それよりツィアといったかい。その娘の澄んだ瞳を見て思ったんだ。ああ、この娘に託すためにわたしゃこの魔法書を預かっていたんだとね」
「お婆様……」
「本当は何か理由をつけてタダで渡そうと思ってたのに、先にこんな綺麗な指輪を渡されるなんてね。魔法書は持っていきな。ただ、お代は要らない、この指輪は返すよ。こんなに貰ったらそれこそ貰いすぎだ」
ミクラ婆さんは机に置かれていた指輪をそっとラーツィアの小さな手に握らせる。
しかし、ラーツィアは指輪を受け取った後、ミクラ婆さんの手をすっと握り返すとその手のひらに指輪を置く。
「いいえ、お婆様。この指輪はお婆様に差し上げます」
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