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第二十八話 金を稼ぐ

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「その……金が必要だ」

 ミクラ婆さんから魔法書を譲り受けてから数日。
 ラーツィアは貪るように記された知識を吸収していた。
 
 そう、ラーツィアのみが……。

 オレはというとどうやら魔法陣って難解なんだなあ、と朧げながら理解している程度。
 ラーツィアがいうには理解しやすく丁寧に記されていてとても面白いとのことだったが……。

 いや、魔法陣ってムズくね。

 魔力の操作だって恩恵を使う分にはなんとなくでいけるけど、魔法を使うとなると魔力を属性に変化させる必要もでてくる。

 取り敢えず魔法についてはラーツィアに任せよう。
 当初の目的はラーツィアの戦闘手段を手に入れるためだったし、そもそもラーツィアがミクラ婆さんから譲り受けた魔法書だ。
 ラーツィアが使ったほうがミクラ婆さんも、本を売りにきた人も喜ぶだろう。
 ……きっとそうに違いない。

「お金、ですか?」

 ラーツィアが魔法書から顔をあげ、小首を傾げる。
 今日も可愛いな、おい。

「そうだ。今日も朝からロガンの使いっぱしりが代金の催促にきた。期日まで日数はあるがここらで魔物を倒して稼いでおきたい」

「そうはいっても結局オーガの魔石や素材だって冒険者ギルドで売却していないではないか。討伐報酬の高い強力な魔物もこの辺りには山脈まで行かないと出現しない。どうするつもりだ」

 そう、師匠の言う通り結局オーガの魔石やらは冒険者ギルドで買い取って貰っていない。
 そりゃあそうだ。
 あんな一発でこの辺りにはいない魔物だってわかるものを持っていったら、この田舎のギルドじゃ大騒動になるのは目に見えてる。
 それこそ“万年Dランク”とその仲間が倒せる魔物じゃないってな。

 それに、西の森を壊滅させたのも俺たちだと紐付けられるのも不味い。
 ……目立たないように行動するのは楽じゃないな。

「一応金を稼ぐ目星はつけてある」
 
「なに?」

「ダンジョンだ。ダンジョンで狩りをする」

 ダンジョン。
 迷宮とも呼ばれる地下深くへと下っていく魔物の巣窟。
 そこは一説には異空間と繋がっているとも言われる未知の空間。

 ダンジョンはそれぞれ規模が異なり、途中にある階段を降りることで深く深く潜っていく構造になっている。
 ダンジョンが異空間だと言われるのは階層ごとに環境が一変する場合があるからだ。

 ある時は洞窟、ある時は古城の回廊、ある時は森、または水辺や草原、湿地帯など多種多様な環境に挑むことになる。
 階層ごとに疑似太陽のような光源まで存在し、昼夜が刻一刻と変化する場合もある。
 そこはさながら一個の別世界であり、生息する魔物たちは独自の生態系をもっている。

「なるほど、ダンジョンほど外界、地上と隔離され閉鎖された空間なら目立たずに魔物とも戦える、か」

「ああ、残念ながらこの街にはダンジョンはない。だけど近隣の都市には小規模ながらあるからな。多少出費が痛いけど、乗合馬車で行けば俺たちでも挑戦できるはずだ」

「流石にオーガの魔石を売るのは難しくとも、その街の冒険者ギルドでダンジョンの魔物から手に入れた魔石等を売れば足もつきにくい……と。そうなると遠征することになるな。この街に探し人がいる以上あまり離れたくないんだが……」

「わたしはいいと思います! ダンジョン! 行って見たいです!!」

 本当はオレ一人で行かせて貰おうかとも考えていたけど、それを説明してもラーツィアは一緒に行くといって聞かなかった。
 師匠は少しだけ渋い顔をしていたけどラーツィアの望みが優先だ。
 今後の方針は決まった。
 しかし、早速ダンジョンを楽しみにしてウキウキしているラーツィアには悪いけど、オレの考えを話しておかないと。
 
「ラーツィアがオレのためにそういってくれるのは嬉しいけど、今すぐどうこうという話じゃないんだ」

「へ? そうなんですか?」

 ラーツィアの気の抜けた返事にオレは頷く。

「ダンジョンに行くならなおさら攻撃手段は必要だ。魔法の練習もする必要があるだろうし、ジルバのことも探したい。オレももう少し恩恵の練習と師匠との特訓を終えてから向かいたいからな。実際に向かうのはもうちょっと後だな」

 ただこれで、全員の意思は確認できた。

 オレは取り敢えずゴブリン相手に特訓だ。
 師匠が教えてくれる訓練方法や体術は、実践形式ながら自分が少しずつ強くなっていると実感できる。
 フワダマ相手なら完封できるようになってきた以上、もっと強い敵と戦う必要がある。
 それに、ゴブリンの魔石なら貯めておけば後で売ることもできるしな。

 ラーツィアは変わらず魔法書で魔法の勉強。
 幸い本を読むのは苦ではないらしく、その内容の面白さもあって夢中になって読み進めている。
 その甲斐あって徐々にラーツィアは魔法陣を自らの魔力で形成することができるようになってきていた。
 
 師匠はラーツィアの護衛と魔力操作についてアドバイスを行っていて、時折オレの訓練を見てくれている。
 魔法は使えないけど騎士だけあって恩恵を頻繁に使っていたお陰か、魔力操作は割とお手の物らしく、嬉々としてラーツィアに教えていた。

 探し人ジルバの消息こそわからないものの、着々と遠征準備は整いつつあった。
 




 そんなこんなで数日後。

 西の森の壊滅事件をまだ街の人たちが忘れていない間にさらなる激震がランクルの街を襲う。

「は? 街の中央に新たなダンジョンが見つかった!?」

 ダンジョン。
 
 それは時として思いもよらない場所に出現する。

 ダンジョンを中心にそこから齎される恵みを糧に、著しく発展した都市を迷宮都市と人々はいう。

 え? ランクルの街って迷宮都市になるの!??
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