半分の、君へ

nikka

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二話

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 その日の夕飯は、兄が生姜焼きを作ってくれた。
 兄も僕も料理するのは苦手じゃなく、夕飯は交代で作ることにしている。
 ダイニングテーブルに二人分の料理を並べてから、向かい合わせに座って、「いただきます」と食べ始めようとした時。
 不意に、兄が口を開いた。
「……進路決まったのか?」
 まさか兄の方から聞いてくるとは思わず、返事に戸惑った。今まで勉強のことも、高校進学のことすら聞かれたことはなく、興味がないんだと思っていたが、一応気にしてくれていたということだろうか。
「うん……まぁ。私立は高いし、国立かな」
「国立って、家から通えるとこか?」
「ううん、こっちの大学受けようと思って」
 いつか伝えねばと後回しにしてきたことを、何でもないことのように取り繕って伝えてみる。
 それに、兄は「……そうか」と相槌を打ったきり、興味を失ったかのように、料理に箸を伸ばして食べ始めた。
 その表情からは、何も読み取れなくて。
 ——もしこっちの大学に受かったら、ここにいていい?
 その言葉は伝えられずに、僕は口を噤む。
 もし伝えられたら、兄はなんて答えるのだろうか。
 僕が踏み込めば、兄はこの手を掴んでくれるのだろうか、拒絶するのだろうか。
 でも、まだそれを知る勇気などなくて。
 この感情を悟られないように、僕は少ししょっぱい生姜焼きを口に詰め込んだ。
 
 
 食事を終えたら、僕が食器を片付けて、順番に風呂に入って、リビングで各々好きに過ごす。
 兄はソファで本を読んでいることが多かった。僕はその隣で、動画を見たり、タブレットで絵を描いたりする。
 この時間が、一日の中で堪らなく好きだった。
 場所が変わろうとも、兄が隣にいるだけで、その場が特別な空間になるのが不思議だった。
 息がしやすくなる。
 そんな気がした。
 
 短い動画を見終わって、僕がタブレットで絵を描いていると、不意に耳に吐息がかかって。
 僕のタブレットの画面を覗き込みながら、兄が「何描いてんだ?」と囁く。
「え」
 顔を上げれば、思いの外近くに端正な顔があって、心臓がドキッと跳ね上がった。
「お、オリキャラってやつ……」
 タッチペンを横に置いて、画面を引いて描いてる途中の全体像を見せれば、兄はホゥと声を漏らした。
「やっぱ上手いな」
「そう……かな……」
「イラストレーターとか目指さないのか?」
 周りからも何度か言われたことのあるその問いに、僕は小さく首を横に振る。
 小さな頃から絵を描くのが好きだった。飽きずにずっと描いてたおかげか、それなりに描けるようになったけれど、プロには程遠い気がする。
「まぁ、趣味だし」
 僕には、それより優先すべきことがあった。
 イラストを仕事にできるような人はほんの一握りだろう。地元を出て、兄の元に居続けるためには、ちゃんと大学に入って、ちゃんとした仕事に就くのが近道だと思っていた。
 
 ——兄の側にいるには、その方法しか思い浮かばない。
 
 僕がそれ以上話すつもりがないのを察してか、兄はソファから立ち上がって、「もう寝るか」と目尻を下げて言う。
「……うん」
 僕はタブレットをローテーブルに置いてから、すでに寝室に足を向ける兄を追いかけた。

 
 兄に続いて寝室に入ると、そこはリビング同様に物が少ない。
 あるのは、備え付けのクローゼットに、仕事用の机と椅子、本棚、ダブルベッドくらいだ。
 男二人が寝る分にはやや狭いダブルベッドに、兄と僕は二人並んで横たわる。
 兄が一人暮らしを始めた頃は、普通にシングルベッドだったのに、僕が初めて泊まった次の年にはダブルベッドに変わっていた。わざわざ買い直したらしい、
 ——僕のために。
 その事実に、勘違いしそうになる。
 寧ろ、勘違いさせてほしい。
「消すぞ」
 兄の声とともに電気が消されて、部屋が暗闇に包まれる。
 カーテンの隙間から漏れる街灯は、僕らまでは届かない。
 一枚のタオルケットを分け合って、僕らは寝返りも打たずにじっと息を潜めた。
 エアコンのカタカタとした音がやけに響いて、呼吸音も、胸の鼓動も掻き消してくれる。
 ——ねぇ。つむぎ。
 声を出さずに、唇だけで名を紡いで。
 兄の方へと寝返りを打てば、それを合図にしたかのように、兄は手を滑らせて僕の腰を引き寄せる。
 耳に吐息が吹きかけられて。
「イチ……」
 囁く声は甘い。
「……つむぎ」
 スイッチを切り替えるように、声に出して名を呼ぶ。
 手探りで、つむぎの頬を挟んで引き寄せて、今度は僕の方から唇を重ねた。
 乾いた唇を濡らすように舌を這わせれば、それに応えるようにつむぎの唇が食み返してくる。
 足を絡ませ、隙間がないほど身体を重ねて、貪るように深く口付けた。
「ん……ふ……ンッ……」
 歯を割って口内に侵入してきたつむぎの舌を、僕は引き摺るように迎え入れる。息継ぎすら忘れて、夢中で舌を擦り付け合った。
 鼻先から抜ける声が甘くて、脳が痺れて何も考えられなくなる。
 寝間着のTシャツの裾から侵入した指先で背中を弄らて。肌が粟立った。
「イチ……イチ……」
 僕を求める声に、腰がとろけそうなほどに揺れる。
 上ではグチュグチュと卑猥な水音を立てながら、熱を持った指先が下へと撫で進んでいく。
 ハーフパンツの中へと侵入してきた指に、思わず声を漏らせば、重なった身体がビクッと震えると同時に、指の動きがピタリと止まった。
「つむぎ……」
 引き留めるように腕を掴むも、温かな熱は波が引くようにあっさりと離れていく。
 先程まで温かだった胸に、エアコンの冷えた風が吹き込んで、寒くて、寂しい。
 このまま一緒に溶けてしまいたい——そう思うのに。
 僕たちはまだ、混ざり合えない。
「おやすみ」
 かすれたつむぎの声が、束の間の抱擁に終わりを告げる。
 寝返りを打ったつぐみは、僕と反対側を向く。ほどなくして、小さく寝息が聞こえてきた。
 夜の空気は何事もなかったかのように、ひっそりと静まり返って。
 中途半端に熱を上げられた僕は、天井を見上げて、つむぎに聞こえないようにそっと息を吐く。
 僕らはずっと、この分岐点で立ち竦んだまま動けないでいた。
 いつまで兄は、僕とこんな半端な関係を続けるのだろう。
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