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「この泥棒猫が!」

 知らない女性にいきなり怒鳴られて、首を傾げてしまった。
 状況的にフィンセントかラルド侯爵令息のどちらかの恋人かなぁと思ったのだったが、知らない女性だったので。
 ぼんやりしていたら、フィンセントが病室に飛び込んできた。

「ドリィ! やめないか!」
「私の手を取ったくせに、浮気をするなんて! 私たちは一蓮托生なのよ! シャナに似ているからって平民の女に手を出したりして! お兄様まで!」

 人の病室で痴話喧嘩しないでほしい……。
 うんざりしてしまうが、こうして隣で話を聞いているだけで、色々と情報が集まってきてつじつまが合ってきてしまった。

 どうやらフィンセントとシャナという人は恋人同士だったけれど、フィンセントはシャナを裏切って、このドリィとかいう女性とくっついたようだ。
 そしてドリィのその兄であるのがあの眼鏡のラルド侯爵令息で、シャナという女性はラルド侯爵令息も目をつけていたようだ。恋しいというよりもてあそぶ対象という意味で。なんとも趣味の悪い。
 そして、そのシャナという女性は現在行方不明らしい。

 簡単なパズルだったが呆れてしまった。

 お貴族様というのは、どうにも暇なのかしら。だからこそ、このように悪だくみばかりしているのだろう、とのんきにシャナは思っていた。
 しかし、随分と舐められたものだと思う。

「何をしているんですか!」

 幸い騒ぎを聞いて駆けつけてくれた看護師さんが、目の前で騒ぐ二人を追い払ってくれたが、これだけで終わらないだろうと思えば、シャナはうんざりしていた。


 * *


「セシリア、君のケガはだいぶいいだろう。だから俺と一緒にこないか」

 ある日、フィンセントがシャナの病室に訪れた。
 もともとシャナのケガはそれほど重いものではないので、無理をしなければ動けるようなものだ。

 しかし。

「お医者様の許可もなしに、そんなことできません。それに私はもう修道院に戻らないと……」

 そう拒否するのは当然だっただろう。しかし、フィンセントは。

「君の治療費はもう尽きてるんだ。退院してもらうよ」

 そう言うと、力ずくで病院から連れだされてしまった。

(この人は私を使って何をしたいのだろう)

 状況から見て、このフィンセントという人は自分を昔の彼女の身代わりにしたいと思っていることはわかる。

 しかし、落ちぶれた貴族の娘の面影を追いかけてどうするというのだろうか。
 贖罪?いや、そんな感じではない。
 また何か悪だくみのネタに、自分も巻き込まれているのかしら、と思うとシャナの警戒心は解けなかった。

「あの、手紙を書いていいですか? 私の居場所が転々としたら、セントルイス修道院の皆さまが心配すると思うので」

「……ああ、構わないよ」

 シャナはフィンセントの前で修道院宛てに手紙を書いたが、彼は横からそれを見て『綺麗な字だね』と褒めてくれた。
 しかしそれは都合の悪いことが書かれていないかを確認するためだろうと、予測はついていた。
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