思いを込めて書いた婚約者への手紙は相手にちゃんと届くまでが大事なようです

麻宮デコ@SS短編

文字の大きさ
5 / 5

しおりを挟む
 ダルシムとアリシアは町に出るが、アリシア自身が案内できるわけではない。
 街をよく知る侍女にさらに連れて行ってもらう形になった。

 ダルシムが頼んだものはあまりその辺りの店で販売されているものではなかったようだ。
 長時間探し回って歩いたけれど、しかし二人で歩くだけでも楽しく、侍女や護衛の目を盗んで、こっそりと指を絡めたりするのは忘れられないほどときめいてしまった。

 幸い手に入れることができた目的のものを、ダルシムはそれの扱い方に気を付けて、とアリシアに注意した。

「ダミーの手紙は今までと同じペースで送りあおう。相手が不審がられないように、内容は同じように書くこと。手紙は言った手順で書くこと。そして絶対に素手では触らないこと。ダミーの手紙が届いたら、読まずそのまま燃やすこと。いいね?」

「はい、わかりました」

 ダルシムから渡されたものを、おそるおそるアリシアは手にする。

「それと、本命の手紙はノアの名前で、リック商会の方に出してくれないか?」

 リック商会はダルシムの仕事先だ。それなら検閲されないだろう。侍女のノアも心得たと頷いている。

「しばらくの間、面倒くさいけれど頑張ろうね」

 そう、ダルシムはアリシアを励ました。
 しかし、アリシアからしたら二人で一つのなにかをしていると思うと、それだけで二人の仲が縮まった気がして、少し嬉しかったのは否めなかった。


***



 結局、ダルシムが予想した内容が正しかった。
 ほどなくして郵便局員が捕まったのである。

 犯人の郵便局員は配達の際にたまたまアリシアを見かけて気に入り、女神のように崇拝し、彼女の手紙を盗み読むのを楽しみにしていたようだった。
 しかし手紙の内容からアリシアに婚約者がいて、いつか相手の領地の方に行くということを知ってしまう。
 そのため、この町にアリシアをとどめるために、二人の仲を引き裂こうとしたのだという。アリシアを手に入れるわけでもなく、ただ、見つめるためだけにそんなことを、と思うと逆に不気味だ。

「封筒に入れてたのはなんですか?」

 ダルシムがアリシアの家に改めて訪れた時、侍女のノアがダルシムに質問をした。
 ノアは詳しいことは知らされていない。アリシアもダルシムに言われた通りにするだけで、内容などを話されていなかった。
 二人の好奇心に満ちた視線を受けて、笑いながらダルシムはそれに答えた。

「漆を塗った板だよ。開封する時に絶対触れる場所に入れておけばどうしても触ってしまう。彼は我々の手紙を読まなければ、中の手紙を偽造できないんだしね。アリシアの家から郵便局の距離程度だったら乾ききらないから手に着く。漆にかぶれるかどうかは人次第だけれど、一定期間たっても引っかかってこないようなら別の手を試せばいいやと思ったよ」

 町中の薬局や医者に声をかけ、このような状態の患者が出たら知らせてほしい、とあらかじめ伝えておいてたのだ。
 潜伏期間を置いてから起きた強いかゆみ。それが漆かぶれであると分からず、しかも知識がない相手は、あちこち触ってしまって悪化させてしまったようだ。
 逮捕時点でまぶたまではれ上がっていたのは、気の毒すぎる結果だった。
 漆かぶれはアレルギーのため、発症するかどうかは人による。しかし、犯人は運が悪い方だったようだ。

 これで一安心だ、とダルシムはことさらに機嫌いい。
 アリシアに微笑むとお礼を言う。

「君が僕からの手紙をちゃんととっといてくれていたのがよかったよ。あれが証拠になったから、早く解決できたんだし、犯人も逮捕できたしね」

「ダルシム様からいただいたものは全部、私の宝物ですから」

 恥ずかしそうなアリシアだが、ダルシムはそれを聞くと嬉しそうに目を細めた。

「……僕の本棚の一番下に木の箱があるんだ。もし僕に何かがあったら、それを棺の中に入れてほしいって家族に言ってある」

 唐突なダルシムの話に、なんだろう?と首を傾げるアメリア。

「そこにあるものは全部、君からもらった手紙なんだ。プレゼントは全部部屋に飾ってあるけれど」

 二人して同じことをしているんだね、と笑うダルシムにアメリアもつられて笑ってしまった。 

「近い将来、君が僕のうちに来てくれる、でいいんだよね?」

 照れくさそうにいうダルシムのその言葉は、過去にあの犯人が言っていたことを受けてだろう。

 よほどあの嘘の手紙の言葉に心を痛めていたのだろうか。

 だから、心配しないで、というかのように、アリシアは自分から彼の手を握りしめて囁いた。

「はい、もちろんです」と。
しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

聖女と呼ばれることになった侯爵令嬢はご立腹です!

しゃーりん
恋愛
ちょっとした治癒魔法が使える程度であった侯爵令嬢が、ある事件によって聖女級の治癒力が使えるようになってしまった。 大好きな婚約者と別れて王太子と結婚?! とんでもないとご立腹の令嬢のお話です。

王太子殿下と婚約しないために。

しゃーりん
恋愛
公爵令嬢ベルーナは、地位と容姿には恵まれたが病弱で泣き虫な令嬢。 王太子殿下の婚約者候補になってはいるが、相応しくないと思われている。 なんとか辞退したいのに、王太子殿下が許してくれない。 王太子殿下の婚約者になんてなりたくないベルーナが候補から外れるために嘘をつくお話です。

婚約破棄は予定調和?その後は…

しゃーりん
恋愛
王太子の17歳の誕生日パーティーで婚約者のティアラは婚約破棄を言い渡された。 これは、想定していたことであり、国王も了承していたことであった。 その後の予定が国王側とティアラ側で大幅に違っていた? 女性が一枚上手のお話です。

遺言による望まない婚約を解消した次は契約結婚です

しゃーりん
恋愛
遺言により従兄ディランと婚約しているクラリス。 クラリスを嫌っているディランは愛人に子を産ませてクラリスの伯爵家の跡継ぎにするつもりだ。 どうにか婚約解消できないかと考えているクラリスに手を差し伸べる者。 しかし、婚約解消の対価は契約結婚だった。 自分の幸せと伯爵家のために最善を考える令嬢のお話です。

私の結婚相手は姉の婚約者任せです。

しゃーりん
恋愛
侯爵令嬢であるリュゼットには姉と弟がいる。 姉の婚約者である公爵令息ブルームは父が私に持ってくる縁談話にことごとくケチをつけ、自分が相手を探すので任せてほしいと言い出した。 口うるさいブルームの目に適う令息ってどんな人物なの? いいかげんにしてくれないと適齢期を逃しそうで怖いんですけど? リュゼットに相応しい婚約者を見つけることに必死な姉の婚約者と早く婚約者が欲しいリュゼットのお話です。

答えられません、国家機密ですから

ととせ
恋愛
フェルディ男爵は「国家機密」を継承する特別な家だ。その後継であるジェシカは、伯爵邸のガゼボで令息セイルと向き合っていた。彼はジェシカを愛してると言うが、本当に欲しているのは「国家機密」であるのは明白。全てに疲れ果てていたジェシカは、一つの決断を彼に迫る。

この離婚は契約違反です【一話完結】

鏑木 うりこ
恋愛
突然離婚を言い渡されたディーネは静かに消えるのでした。

両親のような契約結婚がしたい!

しゃーりん
恋愛
仲の良い両親が恋愛結婚ではなく契約結婚であったことを知ったルチェリアは、驚いて兄レンフォードに言いに行った。兄の部屋には友人エドガーがおり、ルチェリアの話を聞いた2人は両親のような幸せな契約結婚をするためにはどういう条件がいいかを考えるルチェリアに協力する。 しかし、ルチェリアが思いつくのは誰もが結婚に望むようなことばかり。 なのに、契約を破棄した時の条件が厳しいことによって同意してくれる相手が見つからない。 ちゃんと結婚相手を探そうとしたが見つからなかったルチェリアが結局は思い人と恋愛結婚するというお話です。

処理中です...