好きになった歳上オーナーはどうやら訳アリっぽい

りちょ

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1話 アルバイトの始まり/菖の日常

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「ええと、葛西菖(しょう)さんだね。……今、フリーターをしているのかな。バイトは他にも掛け持ちしているのかい」

「はい。二つ、バーと居酒屋でバイトしています。深夜帯のシフトに入ることがほとんどなんで、ここでのシフトには特に影響しないと思います」

「うん、なるほどね。ちなみに、君の家からここまで少し遠いと思うんだが、どうしてうちに?」

「ああ、よくこの辺りには来るんですけど、一度ここで飲んだコーヒーが忘れられなくて、ずっと覚えていたんです。それで求人がたまたま目に入って、応募しました」

 話しながら菖は、今のは少し嘘くさかったかな、と不安に思う。何一つ嘘はついていないが、自宅からほとんど1時間かかる距離から通う理由としては弱すぎると思われたかもしれない。

「専門学校を出て、結構有名なレストランで働いていたんだね。どうして今はフリーターを?」

「はい、その…レストラン勤務では体調を崩してしまって。それと、就職してからやっぱり留学したいなって思いまして、今は資金調達のためにもいくつかアルバイトを掛け持ちしてるんです」

 菖がそういうと、オーナーはやっと履歴書から目線を外した。ようやく目が合う。彼の年齢は30代後半くらいだろうか。落ち着いた雰囲気で、立ち上げた前髪が少しだけ目元にかかるのが、なかなか様になる男だと菖は思っていた。

 都内から少し外れた、駅からバスで10分、歩いて約20分の立地にあるカフェ、「ノクターン」。古民家のような古い造りの小さなカフェ。
 菖はその優しい店内の内装も、コーヒーの香りも、このオーナーの洗練された手つきも全て印象に残っていた。たった一回しか訪れていないのに、今も鮮明に思い返せるほど。
 いまいちオーナーの無表情からは手応えを感じられないものの、菖はどうか受かりますようにと祈りながら面接を続ける。

「留学ね。具体的にどこに行きたいのか、決まっているのかい」

「そうですね…学校までは具体的に決めてないんですけど、フランスに行こうと思っています。本場のフレンチを学びたいのと、自分の実力がどこまで通用するかも確かめてみたくて」

 面接はあといくつかシンプルな質問をされて終わった。オーナーの視線は履歴書と菖の目を何度も行き来していたが、笑顔を見せることも険しい顔を見せることもなかった。最後まで手応えは感じられなかったものの、ノクターンの開店前の静かな朝に菖は周辺を散歩してから帰路に着く。


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「あ、悪い一輝、電話。ちょっと待ってて」

「食ってる最中に行儀悪いぞ」

「バカ、これ面接受けたカフェからだから。俺らの生活費かかってんだよ」

 面接の結果が出たのは、それから数日後の夜だった。狭い2DKの古いアパートで、ちょうど同居人と夕食を食べてる時に連絡が入った。
 通話は至ってシンプルな内容で、採用になったこと、来週の水曜日のオープン前から入ってほしいとのことだった。

 通話を終えて戻ると、幼馴染の同居人である真嶋一輝は、すっかり自分の分の食事を終えていた頃だった。

「お前丸呑みみたいな食い方すんなよ」

「してねえよ、ちゃんと味わってるから」

「体型管理とかさー、必要なんじゃないの?役者って。早食いって太るぜ、もっとゆっくり食えば良いのに。せっかく俺が作ってやったのにさ」

 菖がそうぶつぶつと文句を言うと、一輝は困ったように笑い、「美味かったったって」と機嫌をとるように菖に声をかけた。菖はそれでもまだ文句を言い続けたが、一輝は台本を開き始めたのでもはや聞いていない。美味かったといっただけいいか、と菖は切り替えて自分も箸を進める。
 スーパーの安い肉も、玉ねぎやキウイに漬けると柔らかくなる。今日は舞茸でも試してみたのだが、そこそこに成功していた。
 きのこを使った方がそのままソースにも使えて味もまとまる、多分複雑な味が苦手な一騎はこっちの方が好きだろうな、と綺麗になった皿を見て菖は一人満足していた。

「そういやさ、菖は中学の同窓会、行く?」

「あれ?案内来てたっけ」

「来てたよ、実家にだけど。姉ちゃんが転送してきた」

「へえ。俺はいいかな。一輝は行ってこいよ、役者様だぞ、スターだぞって顔して闊歩しろって。女子にキャーキャー言われてこいよ」

「カッコつかねえよ、役者っつったってバイトで食い繋いでる舞台役者じゃ。俺やだよ、もう結婚してるような同級生に、自分が主演でもない舞台の、しかも高円寺のパンフ渡すの」

 眉間に皺を寄せたままにそう言い放った一輝に、菖は思わず笑ってしまう。
 二人は幼馴染で、どちらも夢追い人だった。菖は料理での留学費用を貯める為、一輝は役者一本で食っていけるようになる為。別々の理由ではあるものの、上京してからかれこれ数年は同棲生活をしている。
 きっかけは2人ともほとんど思い出せない。お互い仕事が上手くいかずに項垂れていた時に、どちらかが提案して勢いのままに決まったことは確かだった。洗濯はどちらかが休みの日に行い、あとはそれぞれ綺麗好きな一騎が掃除を行い、料理が得意な菖が食事を作る。これが2人の中のルールになっていた。

 一輝との暮らしは、菖にとっては安定で日常で、ほんの少し停滞したものだった。
 お互いに専門学校を卒業してから三年、年齢は22歳。一輝は4月生まれだからもう23になった。地元の同級生の女の子は結婚し始めているようで、SNSにはキラキラと輝く婚約指輪がところどころに散見されるような年齢。
 対して自分達は友人同士、良く言えば支え合って、悪く言えば傷を舐め合うように都会の隅っこにしがみついて生活している。居心地の良さの中に焦りが混ざり始めた、そんな暮らしだった。
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