4 / 11
4話 菖の生活
しおりを挟む
翌日の深夜。
ノクターンでのシフトが早く終わる日は、菖は掛け持ちのバイトに出勤している。
この日は数年続けている、シーシャバーでのバイトだった。
「菖くん、ゲームやろうよ」
「俺ですか?いいっすけど、多分勝っちゃいますよ」
「いいって、ほら。オセロでいい?」
菖が勤めるバーは隠れ家的な店で、雰囲気がいいバーと言うよりはボードゲームが盛んな、大人の遊び場と言った印象の店だった。
元々は学生時代に客として菖も通っていたが、菖があまりにもゲームに強く、スカウトされたのがキッカケで働いている。料理学校で学んだ繊細な技術は、この店でも十分に活かされていた。
火の管理をしていた菖は、誘われて客の席に着く。何度か見かけたことのある顔だったが、声をかけられ、勝負を仕掛けられたのは初めてだった。
ここではスタッフが客とゲームで競い合う事も勧められていた。強者集いのため、客にとっても一種の楽しみとなっている。
菖と客の宅の周りに、視線が集まった。
「もっと複雑なルールのでも良いですよ。俺オセロ得意だし」
「いや、これでいいよ」
「はぁい。あ、負けたら一杯奢ってくださいね。俺が負けたら一杯サービスするんで」
菖は得意げに笑うと、白黒の石を四つ並べ始めた。周りのスタッフは呆れたように菖を見る。負けず嫌いの菖は、酔っ払い相手にも容赦ない事を知っていたからだった。
数分後、菖は盤面のほとんどを白で埋め尽くし、奢ってもらった酒を手に満足気にカウンターまで戻ってきた。
バーのオーナーは呆れつつも、微力ながら売り上げに貢献する菖のことは認めていた。
「あの人来週も来るみたいです、俺にまた挑戦するって」
「はは。大人気ない勝ち方したね、カド全部取ってほとんどひっくり返して。いつか恨み買うよ」
「手抜く方が失礼っすよ。俺は茶化さず真剣に勝つんで真摯です」
菖はそう満足気に笑う。そこそこに給料も良く知的好奇心も満たされるこの職場を、菖は気に入っていた。長く続けるつもりではあった。
ただ、深夜帯のバイトということだけが菖にとってはネックだった。体力がなかなか保たないのだ。それが最近の菖の悩みでもあった。
菖の毎日はアルバイトを中心に回る。シーシャバーとノクターンがメインで、あとは効率よく稼げる居酒屋のキッチンを転々としたり、短期バイトをしたり。遅くとも3年以内には資金を貯めて留学に行くことが目標だったため、菖は多少無理をしてでも、いつも忙しなく働いていた。
菖は勢いのある性格で、決めた目標があればとことん走り抜くタイプだった。その分息抜きは苦手で、いつの間にか疲労が溜まりこむ事が多い。
「なあお前さ、引越しの短期バイトは応募すんの辞めれば?体力仕事向いてないだろ」
「えーでもほら単価高いんだよ、1日だけだしさ」
「いやでもさぁ。なら他のバイトシフト増やした方が良いんじゃねえの、カフェのバイトとか、勉強にもなるんだしさ?知らねえけど」
菖のストッパーとして声をかけるのが一輝だった。
菖が無茶なシフト組みをする前に、一輝はさりげなく声をかける。
一度だけ菖は、一輝の前で弱さを見せた事があった。前職の有名レストランに勤務していた時、菖はストレス性の胃潰瘍を悪化させて家で激しく吐いた事があった。トイレまで間に合わずに一輝の目の前で胃の中を空にするまで吐いて、もうずっとまともに飯が食えてないと泣きながら訴えて、仕事に行きたくないと搾り出すように言うと菖はわんわん泣いた。
一輝がこんなふうに菖が弱って泣いた姿を見たのは、声変わり以降初めてだった。
レストラン勤務を辞めるように勧めたのも一輝だった。一度も取れていなかった有休を消化しぼんやり過ごす菖に、菖が憧れていた留学の話をもう一度持ちかけたのも一輝だった。
菖は一輝の話はいつも素直に聞いた。分かったよと返事をして、バイトの募集画面を閉じる。
「もう平気だって、一輝。レストランで働いてたのだってもう、結構前だし」
「俺が困るんだよ、飯作る人がいなくなるの」
菖は一輝の言い方に笑ってしまう。気軽な物言いは菖のプライドを守るためのものだとわかっていた。菖は一輝の髪をくしゃくしゃと撫でた。
ノクターンでのシフトが早く終わる日は、菖は掛け持ちのバイトに出勤している。
この日は数年続けている、シーシャバーでのバイトだった。
「菖くん、ゲームやろうよ」
「俺ですか?いいっすけど、多分勝っちゃいますよ」
「いいって、ほら。オセロでいい?」
菖が勤めるバーは隠れ家的な店で、雰囲気がいいバーと言うよりはボードゲームが盛んな、大人の遊び場と言った印象の店だった。
元々は学生時代に客として菖も通っていたが、菖があまりにもゲームに強く、スカウトされたのがキッカケで働いている。料理学校で学んだ繊細な技術は、この店でも十分に活かされていた。
火の管理をしていた菖は、誘われて客の席に着く。何度か見かけたことのある顔だったが、声をかけられ、勝負を仕掛けられたのは初めてだった。
ここではスタッフが客とゲームで競い合う事も勧められていた。強者集いのため、客にとっても一種の楽しみとなっている。
菖と客の宅の周りに、視線が集まった。
「もっと複雑なルールのでも良いですよ。俺オセロ得意だし」
「いや、これでいいよ」
「はぁい。あ、負けたら一杯奢ってくださいね。俺が負けたら一杯サービスするんで」
菖は得意げに笑うと、白黒の石を四つ並べ始めた。周りのスタッフは呆れたように菖を見る。負けず嫌いの菖は、酔っ払い相手にも容赦ない事を知っていたからだった。
数分後、菖は盤面のほとんどを白で埋め尽くし、奢ってもらった酒を手に満足気にカウンターまで戻ってきた。
バーのオーナーは呆れつつも、微力ながら売り上げに貢献する菖のことは認めていた。
「あの人来週も来るみたいです、俺にまた挑戦するって」
「はは。大人気ない勝ち方したね、カド全部取ってほとんどひっくり返して。いつか恨み買うよ」
「手抜く方が失礼っすよ。俺は茶化さず真剣に勝つんで真摯です」
菖はそう満足気に笑う。そこそこに給料も良く知的好奇心も満たされるこの職場を、菖は気に入っていた。長く続けるつもりではあった。
ただ、深夜帯のバイトということだけが菖にとってはネックだった。体力がなかなか保たないのだ。それが最近の菖の悩みでもあった。
菖の毎日はアルバイトを中心に回る。シーシャバーとノクターンがメインで、あとは効率よく稼げる居酒屋のキッチンを転々としたり、短期バイトをしたり。遅くとも3年以内には資金を貯めて留学に行くことが目標だったため、菖は多少無理をしてでも、いつも忙しなく働いていた。
菖は勢いのある性格で、決めた目標があればとことん走り抜くタイプだった。その分息抜きは苦手で、いつの間にか疲労が溜まりこむ事が多い。
「なあお前さ、引越しの短期バイトは応募すんの辞めれば?体力仕事向いてないだろ」
「えーでもほら単価高いんだよ、1日だけだしさ」
「いやでもさぁ。なら他のバイトシフト増やした方が良いんじゃねえの、カフェのバイトとか、勉強にもなるんだしさ?知らねえけど」
菖のストッパーとして声をかけるのが一輝だった。
菖が無茶なシフト組みをする前に、一輝はさりげなく声をかける。
一度だけ菖は、一輝の前で弱さを見せた事があった。前職の有名レストランに勤務していた時、菖はストレス性の胃潰瘍を悪化させて家で激しく吐いた事があった。トイレまで間に合わずに一輝の目の前で胃の中を空にするまで吐いて、もうずっとまともに飯が食えてないと泣きながら訴えて、仕事に行きたくないと搾り出すように言うと菖はわんわん泣いた。
一輝がこんなふうに菖が弱って泣いた姿を見たのは、声変わり以降初めてだった。
レストラン勤務を辞めるように勧めたのも一輝だった。一度も取れていなかった有休を消化しぼんやり過ごす菖に、菖が憧れていた留学の話をもう一度持ちかけたのも一輝だった。
菖は一輝の話はいつも素直に聞いた。分かったよと返事をして、バイトの募集画面を閉じる。
「もう平気だって、一輝。レストランで働いてたのだってもう、結構前だし」
「俺が困るんだよ、飯作る人がいなくなるの」
菖は一輝の言い方に笑ってしまう。気軽な物言いは菖のプライドを守るためのものだとわかっていた。菖は一輝の髪をくしゃくしゃと撫でた。
10
あなたにおすすめの小説
両片思いの幼馴染
kouta
BL
密かに恋をしていた幼馴染から自分が嫌われていることを知って距離を取ろうとする受けと受けの突然の変化に気づいて苛々が止まらない攻めの両片思いから始まる物語。
くっついた後も色々とすれ違いながら最終的にはいつもイチャイチャしています。
めちゃくちゃハッピーエンドです。
S級エスパーは今日も不機嫌
ノルジャン
BL
低級ガイドの成瀬暖は、S級エスパーの篠原蓮司に嫌われている。少しでも篠原の役に立ちたいと、ガイディングしようとするが拒否される日々。ある日、所属しているギルドから解雇させられそうになり、焦った成瀬はなんとか自分の級を上げようとする。
たとえば、俺が幸せになってもいいのなら
夜月るな
BL
全てを1人で抱え込む高校生の少年が、誰かに頼り甘えることを覚えていくまでの物語―――
父を目の前で亡くし、母に突き放され、たった一人寄り添ってくれた兄もいなくなっていまった。
弟を守り、罪悪感も自責の念もたった1人で抱える新谷 律の心が、少しずつほぐれていく。
助けてほしいと言葉にする権利すらないと笑う少年が、救われるまでのお話。
【完】君に届かない声
未希かずは(Miki)
BL
内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。
ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。
すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。
執着囲い込み☓健気。ハピエンです。
ポメった幼馴染をモフる話
鑽孔さんこう
BL
ポメガバースBLです! 大学生の幼馴染2人は恋人同士で同じ家に住んでいる。ある金曜日の夜、バイト帰りで疲れ切ったまま寒空の下家路につき、愛しの我が家へ着いた頃には体は冷え切っていた。家の中では恋人の居川仁が帰りを待ってくれているはずだが、家の外から人の気配は感じられない。聞きそびれていた用事でもあったか、と思考を巡らせながら家の扉を開けるとそこには…!※12時投稿。2025.3.11完結しました。追加で投稿中。
【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
僕の幸せは
春夏
BL
【完結しました】
【エールいただきました。ありがとうございます】
【たくさんの“いいね”ありがとうございます】
【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】
恋人に捨てられた悠の心情。
話は別れから始まります。全編が悠の視点です。
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる