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しおりを挟む「初めまして」
挨拶は、至って人間らしかった。
人間同士の関係の希薄さが目新しくもない昨今、こんなふうに改まって挨拶をされるのは、本当に久しぶりだ。ユーザー統合センターの面会室で初めて対面したかれは、ニナ、と名乗った。
「これからよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします。敬語はいらないから、好きに話してね」
「ありがとう」
しっかりと握手を交わし、お互いの顔を刻みつけるかのように、認識した。
かれとはすでにパートナー制度相互契約が結ばれており、ニナは、この人生の終わりまで添い遂げる。文字通り、言葉通り、パートナー。……戦友、として。
それはそれとしてまずひとつ。
「ニナ、そのバッグからはみ出しているのは、それ、パン?」
「うん、ソフトフランス」
「なんでパンを?」
「センターの担当から、あなたの好みをひとつだけ訊いたんだ。フレンチトースト、食べない?」
おそらく、かれなりの歩みよりなんだ。と、思って、なんだか胸元が苦しいような気持ちになった、わたしに近寄る人々は、わたしのことなんて何にも考えていない人間ばかりだったから。
「……うん、食べる。お昼がまだだったの、嬉しい」
「よかった。奥のキッチンで作るから、好きにしていて」
「手伝うよ」
「大丈夫」
大丈夫だよ、繰り返して、ニナは奥の扉に消えていく。
知っているのだ、わたしが食品への異物混入を恐れていること、それが身近な人間によっていて、だから。
日本流に甘く味付けされている。砂糖とたまごの風味。粉砂糖が蜂蜜に溶けていく。完璧。わたしの好きなフレンチトースト。
もぐもぐ、もぐもぐ。ひたすら、熱心に食べ進めている自分に驚く。いつもならこの手で作ったモノ以外は、あまり受け付けないのに、ニナのフレンチトーストには、嫌悪感がなかった。「大丈夫」が効いたのかもしれない。あるいはかれを信じ始めている?
目の前で、ニコニコしながら、食べる私をみているニナに、ナイフとフォークを置いて、
「ありがとう、とっても美味しい」
「それはよかった、頑張って覚えたんだ。料理なんてしたことがなかったから」
「そうだったの……ねえ、他にわたしのこと、何を覚えてきたの?」
問いかけると、ニナは。なにも。水を飲みながら言って、そして答えた。
「僕はあなたのパートナーだから、これからあなたの好きなものを覚えていくんだ。この料理は、よろしくね、の一品だよ」 なんだろう。
なんだろう、それは、まるで本当に誠意だ。本当に。……「本当に」?
この思考はよくないものだ。
慌てた内心を隠すように、わたしも、柔らかく笑んでみせた。
「それなら次は、紅茶の淹れ方を覚えて欲しいな、とびきり美味しい、蜂蜜入りが良い」
誤魔化し紛れのお願いに、ニナは、もちろん、と、楽しそうに笑って、おかわりはいる? とお皿をさす。もうおなかいっぱい! おなかを摩って伝えたら、じゃあお茶だね、ティーバッグならあるんだ、立ち上がってまたキッチンへと消えた。
茶色の目が優しく細められるのを、ぼうっと、まるように見た。
ニナは次の面会で、ハニー・ティーを用意してくれた。
何度も何度も繰り返し練習したらしい。本当に美味しかった。
まるで本当にパートナーだな。アホらしいことを思いながら、ありがとう、とお礼を告げた。
私こそ、私の嫌う「人間」みたいな思考だ、この世で唯一、何もかも託した人に、「まるで」なんて。
ニナは正真正銘、私のパートナーだ。
だってかれはわたしを、人として思ってくれた。
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