4 / 9
3
しおりを挟むニナと出会って半年ほど経った、事故に遭ったようだった。自動移動車の暴走に巻き込まれたのそうで、起きてからの説明では、あちこちに傷を負い、臓器まで痛めているらしかった。しばらく絶対安静に、と医師から告げられ、わたしは真っ先に、パートナーは来ましたか、とだけ訊ねた。
「かれなら廊下にいたわ、呼びますか?」
看護師が気遣ってくれる。わたしはそれに甘えて、お願いすることにした。
今後の治療についてはパートナーさんと一緒に、後日話しましょう。言い置いて、医師が出ていく背中を見送って、それと入れ替わりに、ニナが入ってきた。
きっといつもの笑顔で、お疲れ様、と言うのだろう、と、予想していた。だから、がら! と、大袈裟なほど大きな音を苦しいほど泣きそうな顔で飛び込んできたニナに、心底驚いた。
縋り付く、とでもいうような様子で、かれはベッドのふちに寄り、
「生きていてくれてよかった……」
端に頭を伏せて悲しみ、それ以上に安堵しているような、声音、泣いているような。
ああ、ニナはわたしを心配して、心痛めてくれたのか。
思い至って、今度こそわたしが泣きそうだ。
痛くてあまり動かない体をなんとか動かして、ニナの投げ出された手を、そっと握る。頼りない力だった、でも、ニナは、わたしに負担をかけないような優しい手つきで、握り返してくれた。
「心配をかけてごめんなさい」
「あなたが謝ることではないよ。本当に、生きていてくれて嬉しい」
ニナはやっと顔を上げて、おや、とし、わたしに指をそっとそわせて、瞼のふちの何かを、ううん、涙を、拭ってくれた。
「手続きはすべて済んでるから、安心して。あなたはなにも気にせず、しっかり休んで」
ありがとう、と、口から出てこようとした言葉が止まった。そこでわたしは見えたのだ、かれの頬や腕に、傷があること。
怒りでどうにかなりそうだった。
「外に家族が来ているでしょう。何か言われなかった?」
思わず確かめた言葉に、ニナは、にやり、と口角を上げて、繋がった手をもう一度、改めて繋ぐ。「あなたのことをなにも知らない人たちだね」 それでわたしは全部わかった。
わかったから、一度口をつぐんで、また思いを探す。探したけれど、結局出てきたのは、単純なことだけだった。
「…ありがとう、ニナ」
精一杯の感謝と、込めた謝罪。彼は笑みを深めて。
「僕たちは戦友だろう、戦友は、助け合わなければね」
応えにのどの奥が詰まった。痛いとか、辛いとかではなく、ただ感謝だけがあった。それゆえ、呼吸すら詰まって、もうなんて言葉でどれだけ繰り返し、この気持ちを伝えたらいいかわからなくなっていた。
ぽろぽろと際限なく溢れ出した涙を、かれはハンカチでおさえては拭ってを何度もしてくれて、ああ、この人がパートナーでよかった、そんなことを思う。
「ほら、傷に障るから、もう一度おやすみ」「ニナは……?」
「僕は一度、家に戻ってくるよ。ああ、あなたの着替えなんかはどうする……もう寝てる?」
寝てないよ、返したつもりで、深く、眠りに、思考のうずに落ちていく。
わたしのパートナー、優しいニナ。わたしに興味がないなんてそんなことなかった。そのことがこんなにも嬉しい。
でも、わたしの方は、かれに、何をしてあげられているのだろう?
わたしは。彼をなにも助けられていないのに、こんなにも、守られて、いる。
そんなのは、本当に戦友なの?
もっと対等にありたい。わたしだってニナの助けに、力になって、理不尽からかれを守りたい。どんな困難からも、逃してあげたい。
だから、逃げてばかりいないで、わたしはもっとニナを知ろう。教えてくれなかったとしても、もっと知ろう。だって彼はわたしのために、悲しんでくれるのだから。労って、大切にしてくれるのだから。
眠りにつきながら、決意、した。
0
あなたにおすすめの小説
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
ワガママを繰り返してきた次女は
柚木ゆず
恋愛
姉のヌイグルミの方が可愛いから欲しい、姉の誕生日プレゼントの方がいいから交換して、姉の婚約者を好きになったから代わりに婚約させて欲しい。ロートスアール子爵家の次女アネッサは、幼い頃からワガママを口にしてきました。
そんなアネッサを両親は毎回注意してきましたが聞く耳を持つことはなく、ついにアネッサは自分勝手に我慢の限界を迎えてしまいます。
『わたくしは酷く傷つきました! しばらく何もしたくないから療養をさせてもらいますわ! 認められないならこのお屋敷を出ていきますわよ!!』
その結果そんなことを言い出してしまい、この発言によってアネッサの日常は大きく変化してゆくこととなるのでした。
※現在体調不良による影響で(すべてにしっかりとお返事をさせていただく余裕がないため)、最新のお話以外の感想欄を閉じさせていただいております。
※11月23日、本編完結。後日、本編では描き切れなかったエピソードを番外編として投稿させていただく予定でございます。
【短編】ちゃんと好きになる前に、終わっただけ
月下花音
恋愛
曖昧な関係を続けていたユウトとの恋は、彼のインスタ投稿によって一方的に終わりを告げた。
泣くのも違う。怒るのも違う。
ただ静かに消えよう。
そう決意してトーク履歴を消そうとした瞬間、指が滑った。
画面に表示されたのは、間の抜けたクマのスタンプ。
相手に気付かれた? 見られた?
「未練ある」って思われる!?
恐怖でブロックボタンを連打した夜。
カモメのフンより、失恋より、最後の誤爆が一番のトラウマになった女子大生の叫び。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる