追放聖女のもふもふスローライフ

臥龍岡四月朔日

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追放聖女のもふもふスローライフ

第32話 神のいない村と光の剣

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 チュンチュン

 小鳥のさえずりで目を覚ますいつもの朝。
 いつものように身支度を整え、いつものようにみんなで朝食をとる。
 ――今日も変わらない、一日の始まりだ。

 そう言えば、最近ティンカが、飛んでいるところをあまり見ないなぁ。やっぱり服が邪魔なのかも。
 早いうちに小妖精フェアリー用の服の材料を見つけなきゃ……伝説の素材だけど。


 * * *

 食後、いつものように雑貨屋へと向かう。

 屋敷へと戻る時、アリサちゃんと一緒に村を歩いて回ることにした。
 この村には、まだ私が気づいていない“何か”がある気がする。
 裏庭の木の実や、雑貨屋の裏手にあるお爺さんのミカンみたいに、当たり前すぎて見過ごしているものが、きっとある。

 ケイトさんの雑貨屋。
 ここでは日用品も調味料も、ちょっとした贈り物も手に入る。
 パン屋さんからは、焼きたての香ばしい匂いが漂ってくる。
 木こりのジャンさんは、今日も元気に薪を割っていて、
 畑では農家さんたちが野菜を並べている。
 鍛冶屋の煙突からは、鉄を打つ音がコンコンと響き、
 ロゼを作った細工師、ゴードンさんの工房も健在。
 そして村の中心には、立派な屋敷――村長さんの家がある。

 ――ふと、私は気づいた。

 この村には、聖堂がない。

 そういえば、誰かが神に祈りを捧げている姿を、私は一度も見たことがない。
 私自身、前世の影響で“信仰”というものを意識してこなかったから、今まで気づかなかったのかもしれない。
 マリーは食事の前に手を組んで祈っていたけれど、アリサちゃんにはその習慣がなかった。

「ねぇ、アリサちゃん。この村には、みんなを見守ってくれてる“すごい存在”とかいるのかな?」

 わざと『神』という言葉を使わずに聞く。

「それって――聖獣様のこと?」

 ああ、そうか。
 この村では“神”ではなく、“聖獣様”が信じられているんだ。

『聖獣様の加護だ!』

 狼たちが助けに現れたあの日、村人の誰かがそう叫んでいたのを思い出す。

 王国の領内なのに、男爵領なのに――どうしてだろう。
 精霊王=聖獣様のお膝元だから、ということなのか?

 そういえば、村長さんが言っていた。
 「男爵家は、もともと精霊王を祀る一族だった」と。

 ……なるほど。
 祭祀の一族を貴族に取り立てることで、王国はこの地を“支配下”に置いたのかもしれない。
 でも、普通なら――そういう信仰は滅ぼされるはずだ。
 聖獣様は“悪魔”として扱われ、その信仰は異端として抑圧され、代わりに“神への信仰”を強制される。
 それが歴史の常、支配の定石だ。

 ……なのに、この村ではそうなっていない。
 なぜだろう?

 ――うん、この考えはやめよう。
 なんだか、極めて政治的な匂いがする。

 ……私はただ、平々凡々とスローライフを送りたいだけなのだ。

 でも、ひとつだけ確かなことがある。

 この村には――
 『神はいない』。


 * * *

 屋敷に戻り、アリサちゃんの授業を始める。

「アリサちゃんは、読み書きできるよね?」

 雑貨屋を手伝っているくらいだ。
 計算なんかも、きっとケイトさんに教えてもらっているはずだ。

「うん」

「じゃあ、今日はこの本を読もうか」

 そう言って取り出したのは――『聖女物語』。
 私が“聖女”という存在に憧れるきっかけになった本だ。

 内容は、森の動物たちと心を通わせた聖女が、彼らと協力して悪い人たちを追い払うというもの。
 子ども向けの寓話だが、私は昔からこの話が好きだった。

「この本の聖女様って……おねーちゃんみたい」

「えっ!?」

 思わず変な声が出た。

「だって、おねーちゃんもミミィちゃんやもふぞー、小鳥さんとか……ユニコーンさんとも仲良しだし。
 この前は狼さんたちと一緒に、やとーの人たちを退治したんでしょ?」

「い、いやいや。野盗を倒したのは村の人たちと狼で、私はちょっと手伝っただけだよ。
 それにユニコーンと仲がいいのは、アリサちゃんの方でしょ?」

 アリサちゃんは照れくさそうに笑いながら、本の続きを読み始めた。
 その無邪気な笑顔を見ていると、胸の奥が少しだけざわつく。

 ――私と、この物語の聖女が似てる、か。

 そんなふうに思ったこと、今まで一度もなかった。

 それと同時に、改めて気づく。
 この物語の“聖女”は、大聖堂が語る“聖女”とはまったく違う。

 大聖堂の聖女譚には、動物も、精霊も出てこない。
 ただ「神の声を聞き、黒竜を調伏した」としか書かれていなかったはずだ。
 でも、この『聖女物語』の聖女は、“神”ではなく、“森の命たち”と心を通わせていた。

 ……どちらかといえば、精霊信仰や聖獣信仰に近い。

『この、魔女め!』

 ふと、あの野盗の叫びが頭をよぎる。
 この村には“神”がいない。
 ならば――神の恩寵を受けた“聖女”という存在も、本来は成り立たないはずだ。

 それでも、この地には“聖女”の物語がある。
 それはつまり、大聖堂が語る“聖女”とは異なる、“もう一つの聖女像”が存在しているということ。

 異端の聖女。
 神に仕えず、森と共に歩む聖女。
 ――大聖堂から見れば、それはきっと“魔女”と呼ばれる存在なんじゃないだろうか。


 * * *

「それじゃあ私はちょっとやることがあるから、みんなで遊んでてね」

「やることって何?」

「ちょっとお父様の書斎で調べものをね」

「私も手伝う」
「手伝いますよー!」
「私もおねーちゃんのお手伝いする!」
「キュキュゥ」

「……それじゃあ、お願いするね」

 そう言って、みんなでお父様の元書斎まで向かう。

 ドアを開けた瞬間、むっとした空気が鼻をついた。
 うん、すごく埃っぽい。
 
「埃っぽいから気をつけて」

「はーい」

「それで、どんな物を探すの?」

「うーん、精霊とか妖精とか、昔の伝承なんかが書かれた本、かな?」

「了解」

 そう言って部屋に入ったロゼが不思議そうに首をかしげた。

「何かあった?」

「この部屋……何か、すごく近しい力を感じる」

「これは、精霊王様の力だね」

 ティンカがもふぞーの背にちょこんと座りながら言った。

 精霊王!? ここに何かあるの!?

「どのへんから?」

「うーん、この下だね」

 ティンカが指差したのは、カーペットで覆われた床の一角。
 もしかして……地下室でもあるの?

 恐る恐るカーペットをめくる。
 一見、何の変哲もない木の床だ。でも、ロゼとティンカが力を感じるからには絶対に何かがあるはず!

 くまなく探していると、指先が“カコッ”と音を立てた。
 床板の一部が外れ、取っ手のような金具が現れる。
 みんなで力を合わせて持ち上げると、下から階段が現れた。

「……中は暗いね。明かりを用意しないと――」

「大丈夫! あたしが照らすよ!」

 ティンカが胸を張るように言い、ふわりと光を放つ。
 小妖精の光が、階段の奥をやわらかく照らし出した。

 ――便利だな、小妖精。

 私たちは慎重に階段を降り、地下室へと足を踏み入れた。
 そこには、古びた本が並ぶ本棚がいくつかと、頑丈そうな金庫がひとつ、ひっそりと置かれていた。
 
 私は何の気なしに金庫へと近づき、取っ手に手をかける。

「リリアナ、待って。罠とかあるかもしれないから、私が開ける」

 ロゼが前に出て、慎重に取っ手を回す。
 ……けれど、金庫はびくともしなかった。

「駄目。開かない」

「どこかに鍵があるのかな……?」

 金庫には鍵穴らしきものが見当たらない。
 ――となると、開くための“条件”があるのかも。

 私も試しに取っ手に手をかけてみた。

 カチッ。
 何かが外れる音がした。

「……開いた?」

 金庫の扉が、ゆっくりと開いていく。
 ……多分、私に反応した?

 中には、長細い包みと木箱がいくつか、それから数冊の本が入っていた。

 まずは包みを手に取る。
 布を解くと、刃渡り五十センチほどの白銀色の剣が現れた。

 銀製の剣? ……いや、これは……もしかして――

「魔銀の剣だね」

 ティンカが静かに言う。

 やっぱり!?
 魔銀――それは真銀とも呼ばれる伝説の鉱物だ。
 銅のように打ち延ばせ、ガラスのように磨け、鋼よりも硬い。
 そして、決して曇らぬ永遠の輝きを持つ。

 国宝級の代物じゃないか。
 ……思ったよりも、ヤバいものが出てきたな。
 
 見なかったことに……はできないよね、やっぱり。

 私はその魔銀の剣を改めて見つめる。
 木製だった柄はすっかり朽ち、なかごが露出している。
 そこには『アウラ』という刻印が掘られていた。

 ……鍛冶師の名前? それとも――。

 次に、木箱のひとつを開ける。
 中には、剣と同じ白銀色のビキニアーマーが収められていた。

 ……これ、夢で見たことがある。
 でも、胸のサイズは――かなり小さい。
 夢の中の“私”が着ていたやつ、なのかな?

「ねぇティンカ。これも……」

「うん、魔銀製だね」

 やっぱり……これ、私のご先祖様の物だったりするのかな。

 もうひとつの箱を開ける。
 そこに収められていたのは、エメラルドグリーンの布。

 光を受けて淡く揺らめくその布は、まるで春の若葉のように瑞々しい。

「……もしかして、これって」

新緑の緑エヴァーグリーン……」

 ティンカが小さく呟いた。

 マジで!?
 これで――ティンカ用の服が作れる!


 * * *

 私たちは地下室の探索をいったん切り上げ、森の泉へとやって来ていた。

 「新緑の緑」と本以外のものはすべて金庫へ戻してある。
 一度閉めると、金庫はまた私以外には開けられなくなっていた。

 泉のほとりで、私たちは埃まみれの体を洗い流す。
 ひんやりとした水が心地いい。

「みんな、今日見たことは内緒ね」

「「うん!」」
「キュキュゥ!」

 ……まさか、屋敷の地下であんなものが見つかるとは思わなかった。
 でも、ティンカの服の材料が入ったのは思わぬ収穫だったね。

 ……なにか、厄介なことにならなければいいけど。
 私は小さくつぶやき、もふぞーの背をそっと撫でた。
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