国一番のカタブツ閣下(四十路)は、陽だまりの庭で不器用な初恋を知る

冬苑

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第36話:司法長官と、絵画の青年

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 あれから、数年の歳月が流れた。

 清純は五十路(いそじ)を間近に控え、法務局長から司法長官へと、その地位を上り詰めていた。
 国の司法の頂点に立つ、名実ともに絶対的な存在。
 若い頃の剃刀(かみそり)のような鋭さは、内に深く沈められ、代わりに揺るぎない威厳と、男としての凄みとなって、その身から放たれている。

 彼がひとたび口を開けば、いかなる権力者も息を殺して、その言葉に耳を傾けた。

 一方、春は十代のあどけなさをすっかりと脱ぎ捨て、精悍(せいかん)で、息を呑むほどに美しい青年へと成長していた。

 異国の血を引く神秘的な容貌は、さらに磨きがかかり、巷(ちまた)の女たちの間ではいつしか、『絵画から飛び出してきたような、美青年』と、噂が立つほどになっていた。

 たまに、庭に植える珍しい花の種などを求め、春が都の市中へお使いに出れば、誰もがその姿に足を止め、振り返る。
 だが春はその熱のこもった視線の数々を、柳に風と受け流し、涼やかな顔で歩き去るだけ。
 どこか浮世離れした孤高の美しさが、ますます人々の心を掻き立てるのだった。

 女たちは、噂し合う。
 あのように美しい青年が仕えているのは、あの氷のような司法長官さま。
 きっと庭師としての腕を買われ、特別な信頼を得ているのだろう、と。
 誰もがそれを、知っていた。

 そして誰も、知らなかった。
 誰の指一本も触れさせぬ、気高い絵画の青年が。
 夜になれば、この国で一番堅物な男の腕の中で、熟れた果実のように甘くとろとろに蕩かされていることなど。

 その夜も清純は、国の未来を左右するような重い責務の鎧をその身に纏い、屋敷へと戻ってきた。

 出迎えた春は何も言わず、重い上着を預かる。
 そして主が湯浴みをし、寝間着に着替えた頃合いを見計らって、静かにその私室を訪れるのだ。

「……司法長官さまは、今日という日も、国中の難しいお顔を一身に背負ってこられたご様子。……ご苦労さまでございます」

 春は清純の後ろに回り込み、凝り固まった肩を揉みほぐしながら、悪戯っぽく囁く。
 その声はもう昔のような、ただいじらしいだけのものではない。
 清純のどこをどうすれば喜ぶのかを知り尽くした、恋人の声だった。

「……ですが」
 春は、続ける。

「ここへお戻りになれば、あなたはもう、国の司法長官さまではありません。……ただの、ぼくだけの意地っ張りで、そして可愛い清純さまですよ」

 大胆な言葉と共に、春の唇が清純の耳朶(じだ)を、甘く、食(は)む。

「……っ」
 清純の体から、その日一日、彼を縛り付けていたすべての緊張が抜けていく。

 彼が振り返ると、春は妖艶とさえ言っていい笑みを浮かべて、その逞しい胸にしなだれかかった。

「さあ、清純さま。今宵はどんな趣向が、お好みですか」
「……君は、本当に……」
「今日はそのようなご気分でしょう?」
「……違いない」

 清純は苦笑すると、成長してますます美しく、そして手強くなった恋人を力強く抱きしめる。
 昼間の威厳に満ちた司法長官の顔は、もうどこにもない。
 ただ愛しい青年の挑発に、なすすべもなく翻弄される、一人の男の顔がそこにあった。

 巷の女たちが、今日もまた絵画の青年の、叶わぬ夢を見る。
 そのすぐそばで。
 絵画の青年は、国の頂点に立つ男を、腕の中に蕩かしている。

 世界で一番甘い秘密を、誰にも知られることなく。
 二人の夜は数年の時を経てより深く、そして官能的に更けていくのだった。
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