剣戟rock'n'roll

久保田

文字の大きさ
10 / 132

五話 誰かにとってのDEADline・下下

しおりを挟む
 何故、走っているのか、という自問はあるが答えはない。
 私は勢いよく扉を開いた。

「チィルダ」

「ソフィア様……ソフィア様が来られたという事は」

「ああ、斬ったよ」

 グレゴリウス氏の家には、特に変わる様子のないチィルダの姿がある。
 私の言葉を受けても、揺るぎはない。
 結局、今の際になってもまだ、グレゴリウス氏とチィルダの関係がなんなのか、まったく知らなかった。

「グレゴリウス様を、ソフィア様は認められましたか?」

「認めはするさ」

 ただ何もかもが遠過ぎて、受け入れられないだけで。

「それはグレゴリウス様にとって、幸いな事だったのかとチィルダは疑問です」

「わからない」

 人が何を思っているかなど、ただ棒振りしかして来なかった私が知るはずもない。
 この身に誰かを背負った事もなく、ただ剣だけに生きてきた。

「チィルダにとって」

 本を守るためか家の中は薄暗く、チィルダの表情は影になってしまい、よく見えないのがもどかしい。
 だが、あと一歩近付くのが、どうしようもなく遠く感じる。
 あと一歩。 その一歩が踏み出せない。

「恐らくグレゴリウス様は、父と呼ばれる存在なのだと、チィルダは考えます」

「そう、か」

 父を斬り、子に詰られるのには慣れている。
 私はチィルダの罵声をただ待つ。
 痛みが、欲しかった。

「チィルダはホムンクルスです」

「ホムンクルス……?」

 覚悟していた罵声はなく、私の知らない言葉をチィルダは紡ぐ。
 無感情ないつもの声ではなく、どこか喜びを滲ませて。

「初めてソフィア様に何かを教えられそうで、チィルダは非常に嬉しいです」

「私も大した事を教えたわけではないだろう」

「いえ」

 チィルダは右手を私に向けて伸ばすと、

「チィルダはグレゴリウス様に製造されたホムンクルス。 剣製用ホムンクルスです」

 その右手が、ぽろりと落ちた。

「なっ……!?」

「チィルダの使命は究極の魔剣を作る事です。 そのためにチィルダはチィルダの魂を、剣に作り替えます」

 落ちた右手は、さらさらとした砂となり、思わず踏み出してしまった私が生み出した風で、吹き飛んでしまった。

「あの時の答えを今、話してもいいでしょうか」

 魔力が一点に、人で言う所の子宮の位置に集まっていく。
 命そのものを振り絞っている、と言っても過言ではない、膨大な魔力。
 その事に気を取られ、昨晩の話だと気付くのに一瞬、遅れた。

「……ああ」

 幼子だってもう少しマシな話をする。
 だというのに、チィルダは律儀に私の返事を待っていた。

「チィルダは、ソフィア様がいいです」

 残っていた左腕が、肩からぽろりと落ちた。

「チィルダは、ソフィア様に認められたいです」

 しかし、その顔に苦痛はなく、満ち足りた表情すら浮かんでいる。

「チィルダ」

「だから、チィルダは、チィルダの出来る事で、ソフィア様に認められる努力をします」

 愛か恋か情欲か、それとも別な何かか。
 まだはっきりとした何かがあるわけでもなく、私の中にチィルダへ返す言葉が、無い。
 命全てに返す言葉など、私の中をどれだけ探そうと出てきはしない。

「随分と、重いな」

 それだけを、何とか言った。

「チィルダ、初めてなので加減がわかりませんでした」

「ならば、仕方ないか」

「納得して頂けると、幸いです」

 もうチィルダの身体からは魔力が消えて、どんどん砂へと変わっていく。
 光に輝くその姿は、言葉にならないほど美しかった。

「チィルダ、私はあまり言葉を作るのが上手くない」

「はい、チィルダもよく考えてみたら、ソフィア様は肝心な所ではダメダメな気がします」

「……ダメダメか」

「はい、ダメダメです」

 ならば仕方ない。

「行動で示すさ」

 可愛いあの子の襦袢に手をかけるように、私はチィルダの胸に手を突き入れた。
 抵抗はなく、だが奥底に堅い感触。

「お前の名を、歴史に残そう」

「いえ、それはグレゴリウス様の望みです」

 やっぱりダメダメですね、と笑うチィルダに、私は苦笑で応えた。

「チィルダは、ソフィア様が好きなのだと思います。 好きで好きで仕方がないのだと思います」

「私はまだわからないな」

「それは、きっと大丈夫だと、チィルダは確信しています」

「そう、かもしれないな」

 チィルダの胸の中にある堅い感触は、恐ろしいまでに私の手に馴染んでいた。
 ゆっくりと引き抜いていけば、支えを失ったチィルダの身体は、さらさらと崩れ落ちていく。

「チィルダは」

 続く言葉は刃鳴りの音。
 しゃらん、と鈴の音に似た響きは、どことなくチィルダの声に似ていた。
 二尺五寸ほどの長さで、上半で深く反って、柄糸の巻かれていない剥き出しの茎もぐっと反っている。
 刃文は小乱れが入り、それが何とも愛らしい。
 身体は砂に、風と消え、ただ残るは一本の刀。

「重いな、お前は」

 全てを賭して、ただ一刀に。
 ずしりと重い荷を、背に乗せられた。
 だが、この瞬間も馴染み過ぎて、手放す気はまったく起きない。

「一緒に行こうか、チィルダ」

 私はチィルダに何を返せるのか。
 ここまでされて何も返せないのであれば、私という存在が腐り落ちる。
 と、そこまで考えて、ふと思い付いた。

「勇者でも、斬ってみようか」

 勇者を斬った刀なら、永遠に名が残るだろう。
 悪名かもしれないが、名は残る。
 それはどうにも魅力的な案のように思えてしまい、

「勇者を、斬ろうか」

 私の頭から、こびり付いて離れなくなってしまうのだった。
 心浮き立つ私を、チィルダが笑っているような気がした。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

愛する夫が目の前で別の女性と恋に落ちました。

ましゅぺちーの
恋愛
伯爵令嬢のアンジェは公爵家の嫡男であるアランに嫁いだ。 子はなかなかできなかったが、それでも仲の良い夫婦だった。 ――彼女が現れるまでは。 二人が結婚して五年を迎えた記念パーティーでアランは若く美しい令嬢と恋に落ちてしまう。 それからアランは変わり、何かと彼女のことを優先するようになり……

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

処理中です...