剣戟rock'n'roll

久保田

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七話 王都、脱出 下

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「いやぁ、あの時の爺の機転は、私にも思い付かなかったな。 なかなかやるではないか」

 追ってきた兵士をあんな風に追い返すとは、私は爺を見くびっていたらしい。

「Gは、やれば出来る子だ」

 マゾーガもしきりに頷き、爺を褒め称える。

「はっはっはっは、こ、これくらい当然ですよ!」

「う、うう……」

 調子に乗る爺の声で目が覚めたのか、荷車の上に乗せたままだった、袋がもぞもぞと動き始めた。
 袋は焚き火の炎で、ぬめぬめとてかり、そのぬめぬめと光る袋がもぞもぞ動いているのだから、なかなか気色悪い。
 すでに日は落ち、夜の闇で蠢く姿は新たな妖怪か何かか。
 しかし、この中身が勇者様とは仏様も思うまい。

「もがっ!? もがもがもが! もがもーが!」

「しかし、あのてかりがまさかなあ……」

 勇者にも見せてやりたかったな、あの爺の神算鬼謀。
 私は近寄ると、縛っていた袋の口だけを開いた。

「やかましい」

「もが!? もがっ、もがもがもががががが!」

 猿轡をかました勇者は、だらだらと涎を零し、見るも無残な有り様だ。

「もがもーがもがもがーも!?」

「わかったわかった、猿轡外してやるから少し大人しくしていろ」

 うねうねと、袋から顔だけを出し、得体の知れない動きをする勇者を見ていると、背筋にうすら寒い物を感じる。

「……爺、やれ」

「ええー……」

 嫌そうな顔をしながら、爺はしぶしぶ勇者にかましていた猿轡をほどき、地面に投げ捨てた。
 元は私のハンカチだったが、さすがに洗っても使う気がしないから構わないが。

「お前、俺をどうする気だ!? 俺は勇者だぞ!」

「すまん、途中で解放するのを忘れていた」

「へ?」

 正直、途中で捨てる予定だったのだが、爺のお手柄に気を取られ、完全に勇者の存在を忘れていた。
 いや、あの時の爺は……あれが爺の人生最高の輝きかもしれんな。

「ほどいてやるから、帰っていいぞ」

「ふざけんな!?」

 絶叫に顔をしかめながら、爺は勇者を袋から取り出し、縄をほどいていく。
 やかましい男だな、こいつは。

「いくら美人だからって、全て許してもらえると思うなよ! 俺を誰だと思ってやがる!」

「ほどけましたよ。 痛い所はありませんか?」

「お、おう……すまん」

 自由を取り戻した勇者は、爺に頭を下げた。
 一件落着だな、ははは。

「じゃねえよ!? お前ら、俺をナメんじゃねえー!」

「舐めてはいない」

 興味がないだけで。
 身の代金を取るつもりもないし、是非とも大人しく帰っていただきたい。

「お前、本気で俺を怒らせたな……!」

 勇者は右手を天に掲げると、雄々しく叫びをあげる。

「来い、聖剣エクスカリパー!」

「のんびりとやらせると思うか」

「ぐほぉ!?」

 何を考えているのか、無防備につっ立っていた勇者の鳩尾に、私はつま先をめり込ませた。
 誰が得物を取り出すのを待つと思うか。

「き、きたねえ……」

「む、まだ意識があるのか。 なかなかしぶといな」

 腹への打撃は地獄のような苦しみではあるが、なかなか気を失えばない。
 だが、それを考えてしっかり蹴りこんだのだが、生まれ立ての小鹿のような足取りで勇者はまだ立っていた。
 ふむ、それなりに鍛えてはいるのか。
 感動的な頑張りだな。

「どれ、もう一蹴りしておこうか」

 だが無意味だ。

「こ、こうなったら素手でやってやる……! ライトニングムーブ!」

 勇者は叫ぶと同時に、生まれ立ての小鹿のような震える足で、私に向かってきた。
 魔力の爆発もなく、何のつもりなのやら。

「殴っていいのか?」

「……へ?」

 のたのたと寄ってきた勇者の額に、私は拳を乗せ、つっかえ棒を当てるように歩みを止めさせる。

「え、ちょ、え……来い、聖剣エクスカリパー!」

「…………」

「…………」

「そろそろ殴っていいか?」

「た、頼む。 もう一回だけ! もう一回だけチャンスをください!?」

「仕方ないな……」

「来い、聖剣エクスカリパー!」

 雷光も起きず、勇者の手に何か握られるわけでもなく。

「……来い、聖剣エクスカリパー! 来いって言ってんだろ、聖剣エクスカリパー! ……あ、あのごめん、来てください、聖剣エクスカリパーさん……」

 段々、弱気になって行く勇者を、私は見ていられず、声をかけた。

「そろそろ殴っていいか?」

「勇者の力が……勇者の力が消えた!?」

 どうでもいいわ、そんな事。




 なんでどうして嘘だろ有り得ない!?
 俺は勇者のはずだ!

「そろそろやかましいな、貴様は」

「お、お、お前なぁ!? いいのか、俺が魔王倒さなきゃ世界が滅ぶんだろ!? お前のせいで、俺の勇者の力が!」

 そのためにわざわざ異世界から、俺を呼んだんだろ?
 『信じる心が力になる』という勇者の能力で、紡いだ俺と女達の絆の力が、こいつに負けたせいで全て消えてしまった!
 それなのにこの女は、興味のかけらもなさそうな、つまらなそうな顔で俺を見下している。

「ああ、まぁそうだな」

「だ、だったら」

「世界は不条理に満ちている」

 俺の言葉を遮り、女は淡々と言葉を発した。

「山賊に襲われて死ぬ者にとって、魔物に食われて死ぬのは何が違うのだろうか」

 その言葉は俺に向けられた言葉じゃない。

「借金の方に売られた娘は、この生き地獄を終わらせるためなら世界が滅べと、心から望むのではないか」

 自分に問いかけているような、そんな言葉な気がした

「お前一人が勇者でなくなった程度で滅ぶ世界とは、一体なんだ」

「そ、それは……」

「貴様程度に救われなければいけないのが、どうにも私は面白くない」

 俺を見ていなかった女の瞳が、しっかりとこちらを向く。

「だったら……!」

 言葉通り、ただ面白くなさそうな瞳が、どうしようもなくて俺は必死に叫び返した。

「だったら世界が滅びてもいいのかよ!」

「いや、まさか」

「なんだそりゃ!?」

「それなりに私はこの悪しき世界を楽しんでいるからな、それは困る」

「だったら!」

 俺にもっと優しくしろよ、と思ってしまった。
 こっちの世界に来てから、ずっと俺は上手くやってきたのに……この女のせいで!

「いやまぁ……一言で言ってしまえば」

 さらりと、女は言った。

「どうも、私はお前に期待し過ぎていたらしくてな、その反動でお前は嫌いだ」

 自分一人だけ納得したように、ふむふむとすっきりした顔で、女は頷いている。
 こっちは納得いかないけどな!

「お前に俺の何がわかるっていうんだよ!?」

「そんな事はどうでもいい。 それよりも、だ」

 いつ踏み込んだのか、何をされたのかもわからないまま、声一つ上げられないうちに、俺は地面に転がされていた。

「お客様の相手をせねばならん。 貴様はそこで寝ていろ」

「ちく……しょう!」
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