剣戟rock'n'roll

久保田

文字の大きさ
23 / 132

九話 Not in Education, Employment or Training 中下

しおりを挟む
「てめえ……コルデラート一家に逆らう気か!」

 チンピラは長目のナイフを懐から抜くと、オークの正面に立った。
 そのくせ近付く気はないらしく、戦斧の間合いに入ろうとはしていない。
 チンピラの問い掛けに対して、オークは無言だ。
 答えるまでもない、と態度で示すのみ。

「あんまりおてんばが過ぎるのは、ちょっと笑えねえな……」

 魔術師が不快げに口を歪める。
 この状況は間違いなく悪い。
 二対一という不利は言うまでもなく、それ以上に勇者として召喚された時に教わった対魔術師戦闘でなってはいけない状況に陥っている。
 まず隠れる場所の無い所で魔術師と戦うべきじゃない。
 現場はきちんと整理され、オークの巨体が隠れられる都合のいい物はなかった。
 そして、数の差がある時に戦うべきじゃない。
 小さな雷に打たれただけでも、スタンガンを食らったみたいに俺のように動きを止められてしまう。
 もしソフィアさんがいれば、どちらか一人が雷を受けても、残った一人が魔術師を倒せばいい。
 でも、もし僅かな間でも動けなくなってしまえば、チンピラにトドメを刺されてしまうだろう。
 明らかに攻め気はなく、時間稼ぎをする姿勢のチンピラは、魔術師を味方にした戦い方を熟知している。
 自分で敵を倒す必要はない。 ただ魔術師が相手の動きを止めればいいのだから、これほど楽な戦いはなく、それがわかっているチンピラはにたにたといやらしい笑みを浮かべて、オークを見つめる。

「俺と兄貴のコンビに、たった一人で勝てると思ってんのか?」

「おでを、無駄口で殺せるのか」

 ピシリ、と亀裂の入った音がした。
 それはほんの少しくらいは残っていたかもしれない、丸く収まる可能性が割れた音で、チンピラの堪忍袋が切れた音で、

「殺すなら、黙って殺せ」

 オークの斧が風を砕く音だ。
 まだ何事か言おうとしていたチンピラは、あっと言う間に間合いを詰めたオークが下から上に跳ね上げた斧でかち上げられる。

「人って……あんな風に飛ぶのか」

 呆けたようなシーザー先輩の声の通り、チンピラがトラックに跳ねられたかのようにぽーんと放物線を描き、近くにあった二階立ての建物の屋根に乗った。
 ピクリとも動かないチンピラの手から零れたナイフが、下で人間の争いを無視して逃げもせずふてぶてしく昼寝をしていた猫の目の前に落ち、びっくりした猫は悲鳴を上げながら走り去る。

「ちっ、油断しやがって、サムの野郎!」

 だけど、まだ魔術師は無傷のまま。
 斧を振り上げた姿勢のオークは、武器の重さのせいで動きが取れずにいる。
 魔術師の杖の先には、小さな雷の塊が三つ。
 奇跡的に一発避けられたとしても、まだ二発も撃てるとなれば、

「ちくしょう……!」

 俺のせいで皆が傷付く。
 このままじゃシーザー先輩も親方も、露骨に冷たい態度をしていたのに、助けに来てくれたオークまで……こんな所で寝転がって何やってんだ、俺は!

「オーク!」

 いつの間にか声が出ている事にも気付かず、俺は必死に脚に力を篭めた。
 魔術師を倒せなくても、オークの盾くらいにはなれる。
 動け、俺の足……!

「討て」

 だけど間に合うはずもなく、俺が何とか立ち上がるのと、魔術師が雷を放つのはほぼ同時だった。
 大した音もなく、人を殺す力もないけど、相手の動きを止めるだけの力を持った雷球がオークの胸にぶつかるのが、妙にはっきりと見え、











「フンッ」

「えええええええ!?」

 ぱちん、と消えた。
 避ける素振りも見せず、斧を下ろしたオークはそのまま土煙を上げながら戦車のように突進。
 ふらつく様子もなく、しっかりとした足取りだ。

「あ、当たったはずだろ!?」

 次弾を撃つ事を忘れ、動揺する魔術師にオークはさらりと言い放つ。

「筋肉があれば、問題ない」

「問題しかないわ!?」

 筋肉すげー。
 集中が切れたらしく、雷球を霧散させてしまった魔術師は、必死に杖をかざして防ごうとするが、そんな物で防げるはずもなく。

「お前、肉を食わないからだ」

 オークの一撃は人体を水平に吹き飛ばし、石壁にめり込ます事が出来るという事を、俺は初めてしった。

「肉食えば、ああなれるのか……」

「先輩、無理っす!? そ、それよりオーク」

 大丈夫か、と聞こうとした俺をオークは手を上げて制する。

「マゾーガだ」

「へ?」

「おでの名前は、マゾーガだ。 オークって名前じゃ、ない」

「ご、ごめん、マゾーガ」

「うん」

 オーク、いや、マゾーガの表情はわかりにくいけど、心なしか満足げな雰囲気を出している気がする。

「そ、それより魔術食らったけど大丈夫なのか!」

 俺はマゾーガの元に走り寄ると、雷球を食らった胸元に手を当てた。
 ひょっとしたら我慢してるだけで、怪我してるんじゃ。

「お前、殴るぞ」

「ぐぼぉ!?」

 マゾーガの顔を見ていたはずが、俺は地面にキスさせられていた。
 多分、ボディブローかストレートが顔に刺さったんじゃないかな、痛すぎてわからないけどさ。

「なん……でだ……」

 ソフィアさんに殴られた時と、マゾーガのパンチのどちらが痛かったか、そんな事を考えながら、俺は意識を手放した。
 どっちが強烈かはわからないけど、とりあえずどっちも雷食らったより痛かった事だけは確かだ……。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

処理中です...