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十四話 敗北の後 中下
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僕がソフィアさんと話をしようと思って探していると、
「む」
「……何やってるんですか?」
なんでこんな所で鳥をかじっているんだろう、この人は。
生地の薄いパジャマに似た格好で、焼いた鳥と桃っぽい果物を豪快に食らうソフィアさんは、どっかりと地面に胡座をかいている。
大口を開けて、骨もばりばりと食べるソフィアさんはどこからしくなくて、どこかソフィアさんらしく見えた。
「腹が減ったのだ」
「それなら何か作ってもらえばよかったじゃないですか」
「ふん、わかってないな」
脂でギトギトに汚れた唇を、ぺろりと赤い舌が這う。
ぞくり、とするような色気。 ぞくり、とするような笑い。
僕の見てきたソフィアさんの笑顔とは、何かが違う。
「さて、腹ごなしだ。 相手になれ」
「い、いや、僕は」
腕の先ほどもある長さの枝を、僕に投げ渡しながら立ち上がるソフィアさんは、逃げようとする僕を見て鼻で笑った。
「勇者様ともあろうお方が、何と情けない。 女の剣など軽く受けてくださいまし」
「……一回だけでいいですか?」
どうせ断り切れなくなるのが、目に見えているし、やるしかないだろう、戦いたくなくても。
「ああ、勇者の力は使えよ」
「……あんまり使いたくないんですけど」
誰かを倒す力より、ルーを泣き止ます力が欲しいくらいだ。
長年、一緒にいた執事と死に別れ、落ち込んでいたルーを慰めるなんて事は、僕には難易度が高すぎた。
魔王を好きにさせてちゃいけない、だけどそう言ったら彼女は泣くだろうか。
「じゃあ、行きます」
「ああ」
僕がルーを想うくらいに、自然な感覚で力を発動させる。
構えもしないソフィアさんに、僕は正面から飛び込んだ。
一瞬で視界から消える風景、ソフィアさんの細い腹が眼前にある。
コントロールし切れず、思わず飛び込み過ぎたけど、このまま剣を振れば問題はない。
避けられる距離でもないはずだ。
投げられなければ、一撃入れて終わりになるか、受けられて枝同士が砕けて終わりになる。
僕は全力投球するピッチャーのように、右手で枝を思い切り叩き付けた。
「慢心でもしたか、リョウジ」
「そんなつもりはなかったんですけどね」
だからって調子に乗っていた時に比べると、段違いになっている出力任せの一撃を、あっさりと片手で止められるとは思わなかった。
今の僕なら完全装備の騎士も、漫画みたいに木の枝で殴り飛ばせる、枝は砕けるだろうけど。
それは慢心ではなく事実だけど、ソフィアさんが軽く握っているだけにしか見えない枝を打った感触は、吹き飛ばしの気配などどこにも起きず、水面を叩いたような捉えどころのない感覚だけが僕の手に残る。
「まだまだだな、お前は」
呆れたような言葉と共に、ソフィアさんは手の中でくるりと枝を回した。
「くっ……!?」
踏み込み過ぎて残心の乱れた僕の顔面に、フェンシングのような突きが送り込まれる。
一発貰って適当に負けよう、と思っていたけど、容赦なく目を狙われたら、さすがに貰えない。
「ふむ、見えるようにはなっているのか」
ソフィアさんは半身の姿勢で右手一本で構えると、素早い刺突が次々と送り込んでくる。
それを必死になって受け、避け、いなす。
捌くだけなら、ぎりぎり間に合うけど反撃に持ち込むのは厳しい。
「見えるだけですけどねっ……!」
そのうちの一突きが、ちょうど僕の枝に弾きやすいポジションを通り、反射的にかち上げてしまう。
「だから、こんな手にひっかかる」
力を篭めた僕のかち上げは、確かにソフィアさんの枝を跳ね上げたけど、身体が流れて胴ががら空きに。
対するソフィアさんはあっさりと枝を手放し、深く踏み込んできた。
「受け身、取れよ」
枝を手放すか、離れるか、と一瞬迷っていた思考が、その言葉で身体が反射的に対ショック姿勢に入る。
次の瞬間には襟首を締められ、足を払われていた。 多分、大外刈りか何かか。
深く逆らわず、流されるように受けたお陰でダメージはほとんどない。
だけど、弾いた枝をキャッチして、突き付けてきたソフィアさんに、僕は両手を上げた。
「参りました」
「やる気の欠片もないな、お前は」
心底うんざりだ、という視線をソフィアさんは隠す気もないらしく、さっさと立ち上がる。
「だって勝てませんよ」
剣鬼のような人にどうやって勝てと。
「勝とうとしてから言え」
僕もゆっくりと立ち上がり、身体の埃を払う。
「勝つ気がなかったわけじゃないんですけどね」
「負けると思ったまま戦って、勝てると思う方がどうかしてるわ」
「あはは……」
笑って誤魔化していると、ソフィアさんは表情を変えた。
どこか面白がっているような、悪戯を思い付いた子供の笑い方だ。
「で、お前はどうするんだ、リョウジ」
ああ、何だか全部、見抜かれてるっぽい……。
「魔王と戦います」
ソフィアさんが寝ていた三日間、僕はずっと考えていた。
色々と考えてはみたものの、やっぱり知ってる人達が傷付くのは嫌だ、という結論しか出ない。
「……で、ですね。 お願いがあるんですけど」
「お断りだ。 自分の女の機嫌取りなど、自分でやれ」
「ですよねー……」
ルーに何て言ったらいいんだろう……。
「……まぁそのうち機会はあるだろう」
「何のですか」
「いや、なに。 気にするな」
ぼそっと呟いたソフィアさんの声はカラッとしていて、逆にそれが不安だった。
「む」
「……何やってるんですか?」
なんでこんな所で鳥をかじっているんだろう、この人は。
生地の薄いパジャマに似た格好で、焼いた鳥と桃っぽい果物を豪快に食らうソフィアさんは、どっかりと地面に胡座をかいている。
大口を開けて、骨もばりばりと食べるソフィアさんはどこからしくなくて、どこかソフィアさんらしく見えた。
「腹が減ったのだ」
「それなら何か作ってもらえばよかったじゃないですか」
「ふん、わかってないな」
脂でギトギトに汚れた唇を、ぺろりと赤い舌が這う。
ぞくり、とするような色気。 ぞくり、とするような笑い。
僕の見てきたソフィアさんの笑顔とは、何かが違う。
「さて、腹ごなしだ。 相手になれ」
「い、いや、僕は」
腕の先ほどもある長さの枝を、僕に投げ渡しながら立ち上がるソフィアさんは、逃げようとする僕を見て鼻で笑った。
「勇者様ともあろうお方が、何と情けない。 女の剣など軽く受けてくださいまし」
「……一回だけでいいですか?」
どうせ断り切れなくなるのが、目に見えているし、やるしかないだろう、戦いたくなくても。
「ああ、勇者の力は使えよ」
「……あんまり使いたくないんですけど」
誰かを倒す力より、ルーを泣き止ます力が欲しいくらいだ。
長年、一緒にいた執事と死に別れ、落ち込んでいたルーを慰めるなんて事は、僕には難易度が高すぎた。
魔王を好きにさせてちゃいけない、だけどそう言ったら彼女は泣くだろうか。
「じゃあ、行きます」
「ああ」
僕がルーを想うくらいに、自然な感覚で力を発動させる。
構えもしないソフィアさんに、僕は正面から飛び込んだ。
一瞬で視界から消える風景、ソフィアさんの細い腹が眼前にある。
コントロールし切れず、思わず飛び込み過ぎたけど、このまま剣を振れば問題はない。
避けられる距離でもないはずだ。
投げられなければ、一撃入れて終わりになるか、受けられて枝同士が砕けて終わりになる。
僕は全力投球するピッチャーのように、右手で枝を思い切り叩き付けた。
「慢心でもしたか、リョウジ」
「そんなつもりはなかったんですけどね」
だからって調子に乗っていた時に比べると、段違いになっている出力任せの一撃を、あっさりと片手で止められるとは思わなかった。
今の僕なら完全装備の騎士も、漫画みたいに木の枝で殴り飛ばせる、枝は砕けるだろうけど。
それは慢心ではなく事実だけど、ソフィアさんが軽く握っているだけにしか見えない枝を打った感触は、吹き飛ばしの気配などどこにも起きず、水面を叩いたような捉えどころのない感覚だけが僕の手に残る。
「まだまだだな、お前は」
呆れたような言葉と共に、ソフィアさんは手の中でくるりと枝を回した。
「くっ……!?」
踏み込み過ぎて残心の乱れた僕の顔面に、フェンシングのような突きが送り込まれる。
一発貰って適当に負けよう、と思っていたけど、容赦なく目を狙われたら、さすがに貰えない。
「ふむ、見えるようにはなっているのか」
ソフィアさんは半身の姿勢で右手一本で構えると、素早い刺突が次々と送り込んでくる。
それを必死になって受け、避け、いなす。
捌くだけなら、ぎりぎり間に合うけど反撃に持ち込むのは厳しい。
「見えるだけですけどねっ……!」
そのうちの一突きが、ちょうど僕の枝に弾きやすいポジションを通り、反射的にかち上げてしまう。
「だから、こんな手にひっかかる」
力を篭めた僕のかち上げは、確かにソフィアさんの枝を跳ね上げたけど、身体が流れて胴ががら空きに。
対するソフィアさんはあっさりと枝を手放し、深く踏み込んできた。
「受け身、取れよ」
枝を手放すか、離れるか、と一瞬迷っていた思考が、その言葉で身体が反射的に対ショック姿勢に入る。
次の瞬間には襟首を締められ、足を払われていた。 多分、大外刈りか何かか。
深く逆らわず、流されるように受けたお陰でダメージはほとんどない。
だけど、弾いた枝をキャッチして、突き付けてきたソフィアさんに、僕は両手を上げた。
「参りました」
「やる気の欠片もないな、お前は」
心底うんざりだ、という視線をソフィアさんは隠す気もないらしく、さっさと立ち上がる。
「だって勝てませんよ」
剣鬼のような人にどうやって勝てと。
「勝とうとしてから言え」
僕もゆっくりと立ち上がり、身体の埃を払う。
「勝つ気がなかったわけじゃないんですけどね」
「負けると思ったまま戦って、勝てると思う方がどうかしてるわ」
「あはは……」
笑って誤魔化していると、ソフィアさんは表情を変えた。
どこか面白がっているような、悪戯を思い付いた子供の笑い方だ。
「で、お前はどうするんだ、リョウジ」
ああ、何だか全部、見抜かれてるっぽい……。
「魔王と戦います」
ソフィアさんが寝ていた三日間、僕はずっと考えていた。
色々と考えてはみたものの、やっぱり知ってる人達が傷付くのは嫌だ、という結論しか出ない。
「……で、ですね。 お願いがあるんですけど」
「お断りだ。 自分の女の機嫌取りなど、自分でやれ」
「ですよねー……」
ルーに何て言ったらいいんだろう……。
「……まぁそのうち機会はあるだろう」
「何のですか」
「いや、なに。 気にするな」
ぼそっと呟いたソフィアさんの声はカラッとしていて、逆にそれが不安だった。
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