60 / 132
十四話 敗北の後 下
しおりを挟む
「な、なんですか、これ!?」
桃源郷の空気が変わった。
リョウジでも気付くほどの、はっきりとした害意が私へと向けられている。
暖かな日差しはどこからともなく現れた黒い雲に隠され、柔らかい風は刺すような冷ややかさを持つ。
「お前、何かやったのか?」
「ソフィアさんが何かしたんじゃないですか!?」
「鳥と果物を食べただけだぞ、私は」
「あああああああ!?」
甲高い、子供のような声が私達耳に飛び込んでくる。 ユーティライネン殿だ。
背丈より長い杖を抱える姿は、まるで子供が不釣り合いな人形でも抱えているかのようだった。
「あんた達、一体なにしたのよ!? ここは、聖域なのよ!」
「え、何なんですか、聖域って!?」
「最も神様へと近い場と言われて、魔王すら入れない神聖な領域で、あんたみたいな勇者に有り難いお言葉を授けてくれるのよ!」
道理で不自然なほど綺麗なわけだ。
しかし、言葉だけ貰っても困るだろう。
それとも何か貰えるものなのか。
「ここでのルールは『殺さず、犯さず、争わず』の三つよ。 どれを破ったの? 言ってみなさい、場合によっては私が仲介してあげるから」
「ふむ……まず鳥を殺して食べたな」
「焚き火したのは入りますかね?」
「あとは軽く立ち合ったくらいか」
「全部じゃないのさ!?」
ユーティライネン殿の言葉と共に、ばっさばっさと巨大な羽ばたきの音が聞こえてくる。
そちらに視界を向けてみれば、深い青い羽が鮮やかな巨大な鳥の姿があった。
鋭い嘴から吹雪よりもなお冷たい吐息が漏れ、羽ばたきをするたびに粉雪が舞う。
巨木すらなぎ倒してしまいそうな巨体の割に、やたらとつぶらな瞳を持っていて、妙に可愛らしい鳥だ。
「神鳥シムルグ……!」
「ほう、知っておられるのですか」
「こ、この聖域を守る守護者よ……敵対する相手は氷の像にされてしまうわ」
「大賢者様でも実際には見た事がないんですか!?」
「ここの管理者やってるのに、守護者に狙われるような事しないわよ!?」
そんな風に騒ぐ我々に、神鳥シムルグは一声鳴いた。
明らかに攻撃的な鳴き声で、私達を敵と見ているようにしか思えない。
「知らなかったんだ、許してはくれないか」
「キシャァァァァァァ!」
神鳥シムルグは私の言葉を理解した気配もなく、吹雪のように凍えた息を吐く。
「所詮は畜生か、語り合う事も出来ん」
「これは……美味いな、神鳥」
「マジ神鳥うめえ」
「まだまだありますから、たくさん食べてくださいね!」
爺が満面の笑みで、網に乗せた神鳥の肉をどんどん焼いている。
辺りには激戦の痕が残っているが、この美味さの前では多少の風情の無さなど気にならない。
あちこちに壊れた剣や、凍り付いた木々が見えるが、爺特製のたれをつけて焼かれた肉は、全身を氷付けにされて包帯を巻かれたリョウジも怪我を推して貪る美味さだ。
「どうしよう、これ……」
「まぁ食べてから考えるのはどうでしょうか」
何だかんだと言いながら、一緒に神鳥に狙われたユーティライネン殿も、最終的に協力して戦ってくれた。
虚空から剣を取り出し、不可視の触手で相手を絡め取る魔術がなければ、相当苦労しただろう。
「一応、これでも聖域の管理者なん……だけど……」
目の前に差し出した骨付きもも肉は、ユーティライネン殿の胃を動かす破壊力があった。
聞かなかったふりくらいはしてあげよう。
「し、仕方ないわね! 残したら勿体無いものね!」
そう言いながら、ばくりと大口を開けて食らいつく辺り、食べたくて仕方なかったのだろうなあ。
「そういえばユーティライネン殿」
「あによ」
爺が焼く肉を狙って、リョウジとマゾーガが並んでいる。
ルーテシア嬢はかぶりつく事に慣れていないのか、助けを求めてリョウジをチラチラと見ているが、それに気付くような気の効く男ではない。
「大賢者様と見込んでお聞きしますが、魔剣を直せたりはしませんか?」
ユーティライネン殿に借りた魔剣、名剣の類はどうも合わず、その殆どをへし折ってしまった。
チィルダ並みに私に合う刀でなければ、精密な受けなど出来ない。
「あの折れた剣でしょ? 無理よ」
「そこを何とか」
「値切ってるわけじゃあるまいし……そうね」
しばし考えこみながら、ユーティライネン殿は肉にかぶりついた。
「理論上でしか考えた事がない施術だけど、試してみない?」
「それで直るのなら」
「あ、あとあなたの命に関わるかもしれないけど、いいわよね?」
「……なにをするつもりなんですか」
嫌な笑顔を浮かべるユーティライネン殿に、私の背筋に冷たい汗が流れるのだった。
桃源郷の空気が変わった。
リョウジでも気付くほどの、はっきりとした害意が私へと向けられている。
暖かな日差しはどこからともなく現れた黒い雲に隠され、柔らかい風は刺すような冷ややかさを持つ。
「お前、何かやったのか?」
「ソフィアさんが何かしたんじゃないですか!?」
「鳥と果物を食べただけだぞ、私は」
「あああああああ!?」
甲高い、子供のような声が私達耳に飛び込んでくる。 ユーティライネン殿だ。
背丈より長い杖を抱える姿は、まるで子供が不釣り合いな人形でも抱えているかのようだった。
「あんた達、一体なにしたのよ!? ここは、聖域なのよ!」
「え、何なんですか、聖域って!?」
「最も神様へと近い場と言われて、魔王すら入れない神聖な領域で、あんたみたいな勇者に有り難いお言葉を授けてくれるのよ!」
道理で不自然なほど綺麗なわけだ。
しかし、言葉だけ貰っても困るだろう。
それとも何か貰えるものなのか。
「ここでのルールは『殺さず、犯さず、争わず』の三つよ。 どれを破ったの? 言ってみなさい、場合によっては私が仲介してあげるから」
「ふむ……まず鳥を殺して食べたな」
「焚き火したのは入りますかね?」
「あとは軽く立ち合ったくらいか」
「全部じゃないのさ!?」
ユーティライネン殿の言葉と共に、ばっさばっさと巨大な羽ばたきの音が聞こえてくる。
そちらに視界を向けてみれば、深い青い羽が鮮やかな巨大な鳥の姿があった。
鋭い嘴から吹雪よりもなお冷たい吐息が漏れ、羽ばたきをするたびに粉雪が舞う。
巨木すらなぎ倒してしまいそうな巨体の割に、やたらとつぶらな瞳を持っていて、妙に可愛らしい鳥だ。
「神鳥シムルグ……!」
「ほう、知っておられるのですか」
「こ、この聖域を守る守護者よ……敵対する相手は氷の像にされてしまうわ」
「大賢者様でも実際には見た事がないんですか!?」
「ここの管理者やってるのに、守護者に狙われるような事しないわよ!?」
そんな風に騒ぐ我々に、神鳥シムルグは一声鳴いた。
明らかに攻撃的な鳴き声で、私達を敵と見ているようにしか思えない。
「知らなかったんだ、許してはくれないか」
「キシャァァァァァァ!」
神鳥シムルグは私の言葉を理解した気配もなく、吹雪のように凍えた息を吐く。
「所詮は畜生か、語り合う事も出来ん」
「これは……美味いな、神鳥」
「マジ神鳥うめえ」
「まだまだありますから、たくさん食べてくださいね!」
爺が満面の笑みで、網に乗せた神鳥の肉をどんどん焼いている。
辺りには激戦の痕が残っているが、この美味さの前では多少の風情の無さなど気にならない。
あちこちに壊れた剣や、凍り付いた木々が見えるが、爺特製のたれをつけて焼かれた肉は、全身を氷付けにされて包帯を巻かれたリョウジも怪我を推して貪る美味さだ。
「どうしよう、これ……」
「まぁ食べてから考えるのはどうでしょうか」
何だかんだと言いながら、一緒に神鳥に狙われたユーティライネン殿も、最終的に協力して戦ってくれた。
虚空から剣を取り出し、不可視の触手で相手を絡め取る魔術がなければ、相当苦労しただろう。
「一応、これでも聖域の管理者なん……だけど……」
目の前に差し出した骨付きもも肉は、ユーティライネン殿の胃を動かす破壊力があった。
聞かなかったふりくらいはしてあげよう。
「し、仕方ないわね! 残したら勿体無いものね!」
そう言いながら、ばくりと大口を開けて食らいつく辺り、食べたくて仕方なかったのだろうなあ。
「そういえばユーティライネン殿」
「あによ」
爺が焼く肉を狙って、リョウジとマゾーガが並んでいる。
ルーテシア嬢はかぶりつく事に慣れていないのか、助けを求めてリョウジをチラチラと見ているが、それに気付くような気の効く男ではない。
「大賢者様と見込んでお聞きしますが、魔剣を直せたりはしませんか?」
ユーティライネン殿に借りた魔剣、名剣の類はどうも合わず、その殆どをへし折ってしまった。
チィルダ並みに私に合う刀でなければ、精密な受けなど出来ない。
「あの折れた剣でしょ? 無理よ」
「そこを何とか」
「値切ってるわけじゃあるまいし……そうね」
しばし考えこみながら、ユーティライネン殿は肉にかぶりついた。
「理論上でしか考えた事がない施術だけど、試してみない?」
「それで直るのなら」
「あ、あとあなたの命に関わるかもしれないけど、いいわよね?」
「……なにをするつもりなんですか」
嫌な笑顔を浮かべるユーティライネン殿に、私の背筋に冷たい汗が流れるのだった。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
愛する夫が目の前で別の女性と恋に落ちました。
ましゅぺちーの
恋愛
伯爵令嬢のアンジェは公爵家の嫡男であるアランに嫁いだ。
子はなかなかできなかったが、それでも仲の良い夫婦だった。
――彼女が現れるまでは。
二人が結婚して五年を迎えた記念パーティーでアランは若く美しい令嬢と恋に落ちてしまう。
それからアランは変わり、何かと彼女のことを優先するようになり……
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます
山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。
でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。
それを証明すれば断罪回避できるはず。
幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。
チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。
処刑5秒前だから、今すぐに!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる