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TURN2 思い出は遥か遠き 上
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戦斧を振る。
たったそれだけの動作が、どれだけ難しい事か。
ペネペローペが戦斧を振った回数は、二十年の生涯で億などとっくに超えている。
兆に届くかもしれない、と考えるが、それでも横に払うだけの動作は完成しない。
冷たい風を切り裂くように、戦斧が真一文字に振られる。
足腰は柔らかく、だが戦斧の重さに振られないように、しっかりと。
戦斧を振るペネペローペがイメージするのは、魔王の姿だ。
謀反を考えているわけではないが、常に最強の相手をイメージしておけば、それ以下の相手を前にしても困る事はない。
魔王を斬るイメージだけを、ペネペローペは身体に染み込ませて行く。
完璧な一打は未だに生まれず。
だが必ずブレる自分の一打に、苛立ちを覚える事もない。
こうして愚直に振り続ければ、いつの日か完璧が見えるとペネペローペは思っている。
「いよう、『幸運の』」
「魔王様!?」
「礼は無しな、面倒くせえ」
そうは言われても無礼講と言われてやらかした者の話くらいは、ペネペローペも聞いた事がある。
余計な所で魔王の不興を買いたいとは望んでいないペネペローペは、湿った土の上に膝をつく。
魔王城の中庭は目を楽しませてくれる物などない、ただ赤土が剥き出しになっているだけの場所で、わざわざ魔王が来るとは思わず、ペネペローペは僅かながら動揺してしまっている自分を恥じた。
「気は済んだか? なら立てよ」
「はっ」
魔王はいつものように鋭く尖った歯を剥き出しにして、にやにやと笑っている。
しかし、彼が自分を殺せる、と思えばいつでも殺せるだけの力があり、ひどく気紛れだという事はわかっていた。
この数日で突然、魔王に殴り殺される魔物がかなりの数になっていて、気は抜けない。
「なあ、ペネやん」
「は?」
ペネやん、という呼び方に一瞬、頭が真っ白になり、対応が遅れてしまう。
だが、拳を振りかぶった魔王の狙いは、ひどくわかりやすい。
大気が速度に焼かれ、焦げた匂いを発するが、ただそれだけだ。
ペネペローペは半歩、横に動き拳をやり過ごす。
「やるじゃねーの」
「お戯れを」
内心では冷や汗をだくだく流しながら、ペネペローペはさも軽々と避けました、という態度を崩さない。
僅かなりとも魔王の心証をよくしようという浅ましい世渡りだが、しないよりはマシだとペネペローペは考える。
「よし、こいつはペネやんで決まりだな」
「……何がでしょうか」
にやにやとした笑いではなく、子供のような満面の笑みで魔王は言った。
「いっちょ俺様に武術ってやつを教えてくれよ」
「……なんだこれ」
魔王が微妙な表情をしているのを、ペネペローペは初めて見た。
自分も始めは意味があるのかと悩んだな、と懐かしく思い出しつつ、口を開く。
「まずは軽く横薙ぎに振ってみてください」
「……おう」
露骨につまらなそうな表情で、魔王は手にした竹竿を構えた。
長さは一般的な、ペネペローペの戦斧よりも短く、その先には大きな木の板が取り付けられている。
持ち方はむちゃくちゃで、構えもなっていない。
しかし、ペネペローペは口を挟まなかった。
「……こうか!」
力任せに振り回された竹竿は、ぐんとしなり、勢いよく風を打つ。
しかし、木の板が風をまともに受け、あっさりと竹竿から脱落してしまう。
「なんだこりゃ?」
「この板はわざと緩く取り付けております。 正しい振り方をしなければ、そのようにあっさりと落ちてしまうのです。 一度、竹竿をお貸しください」
刃筋を立て、空気を切り裂くようにすれば板は落ちない。
魔王から受け取った竹竿に板を取り付け直すと、ペネペローペはしっかりと構えた。
右足を前に出し、自らを根を張る大樹とイメージ。
一歩踏み出すと同時に、僅かに身体を倒しながら、両の腕を宙に流す。
ただこれだけで、人を両断出来るだけの力が乗る。
力は力みとなり、刃筋を乱す。
ただでさえ力を持て余しているオークのために考えた、ペネペローペの修行法であった。
竹竿は風切り音すらなく、右から左に弧を描いた。
真円には、まだ遠い。
目指す場所を常にイメージしながら、ペネペローペは手首を返す。
竹のしなりを殺し、柄を腰で止める。
足と腰を連動させ、振り上げからの振り下ろし、叩き付けの動きをそのままに、今度は自分の身体を回し、遠心力を多大に載せた袈裟切り。
竹竿の先をぴたりと、魔王の顔の前で止めて見せた。
勿論、風切り音も板が脱落する事もなく、だ。
「わかっていただけましたか?」
「ふん」
鼻を鳴らす魔王に、ペネペローペは自分が調子に乗っていた事に気付かされてしまう。
「し、失礼しました!」
初めて自分が勝っている所を見付け、子供のように調子に乗っていた。
「構わねえよ、こいつは確かに技ってやつだ」
魔王はペネペローペから竹竿を引ったくるようにして奪うと、楽しそうな声音を上げる。
「こいつをマスターすりゃ、俺はもっと強くなれるな?」
「はい、必ず」
素人は腕で振るが、この訓練は絶対にそれではクリア出来ない。
体幹を安定させ、"身体で"振る事を覚えなければいけないが、どんな技も体幹を安定させる事から始まり、どんな得物を扱うにせよ、絶対に損にはならないはずだ。
「いいぜ、ペネやん。 やっぱ俺様の目に狂いはなかった」
お前はロックな男だ、と魔王が言った。
「ロック……ですか」
「ああ、クソみてえに力自慢してるカスどもとは違う、どうしようもないバカだ」
言葉は乱暴だが、魔王の声に嘲りはない。
聞き覚えのある言葉と、真摯さすら感じる魔王にペネペローペは一瞬、自失した。
「こんなバカみたいな真似を、バカみてえにやり続けられる奴は、ロッケンローラーしかいねえ」
それだけを言うと魔王は、ひたすらに竹竿を振り始める。
真剣な表情で、落ちた板を自分で拾い、ペネペローペの動きを思い出すようにゆっくりと、魔王は竹竿を振るう。
魔王の、まだまだ不細工な風切り音は、どこかかき鳴らされるエレキギターの音に似ている。
そんな事を、ペネペローペは思った。
たったそれだけの動作が、どれだけ難しい事か。
ペネペローペが戦斧を振った回数は、二十年の生涯で億などとっくに超えている。
兆に届くかもしれない、と考えるが、それでも横に払うだけの動作は完成しない。
冷たい風を切り裂くように、戦斧が真一文字に振られる。
足腰は柔らかく、だが戦斧の重さに振られないように、しっかりと。
戦斧を振るペネペローペがイメージするのは、魔王の姿だ。
謀反を考えているわけではないが、常に最強の相手をイメージしておけば、それ以下の相手を前にしても困る事はない。
魔王を斬るイメージだけを、ペネペローペは身体に染み込ませて行く。
完璧な一打は未だに生まれず。
だが必ずブレる自分の一打に、苛立ちを覚える事もない。
こうして愚直に振り続ければ、いつの日か完璧が見えるとペネペローペは思っている。
「いよう、『幸運の』」
「魔王様!?」
「礼は無しな、面倒くせえ」
そうは言われても無礼講と言われてやらかした者の話くらいは、ペネペローペも聞いた事がある。
余計な所で魔王の不興を買いたいとは望んでいないペネペローペは、湿った土の上に膝をつく。
魔王城の中庭は目を楽しませてくれる物などない、ただ赤土が剥き出しになっているだけの場所で、わざわざ魔王が来るとは思わず、ペネペローペは僅かながら動揺してしまっている自分を恥じた。
「気は済んだか? なら立てよ」
「はっ」
魔王はいつものように鋭く尖った歯を剥き出しにして、にやにやと笑っている。
しかし、彼が自分を殺せる、と思えばいつでも殺せるだけの力があり、ひどく気紛れだという事はわかっていた。
この数日で突然、魔王に殴り殺される魔物がかなりの数になっていて、気は抜けない。
「なあ、ペネやん」
「は?」
ペネやん、という呼び方に一瞬、頭が真っ白になり、対応が遅れてしまう。
だが、拳を振りかぶった魔王の狙いは、ひどくわかりやすい。
大気が速度に焼かれ、焦げた匂いを発するが、ただそれだけだ。
ペネペローペは半歩、横に動き拳をやり過ごす。
「やるじゃねーの」
「お戯れを」
内心では冷や汗をだくだく流しながら、ペネペローペはさも軽々と避けました、という態度を崩さない。
僅かなりとも魔王の心証をよくしようという浅ましい世渡りだが、しないよりはマシだとペネペローペは考える。
「よし、こいつはペネやんで決まりだな」
「……何がでしょうか」
にやにやとした笑いではなく、子供のような満面の笑みで魔王は言った。
「いっちょ俺様に武術ってやつを教えてくれよ」
「……なんだこれ」
魔王が微妙な表情をしているのを、ペネペローペは初めて見た。
自分も始めは意味があるのかと悩んだな、と懐かしく思い出しつつ、口を開く。
「まずは軽く横薙ぎに振ってみてください」
「……おう」
露骨につまらなそうな表情で、魔王は手にした竹竿を構えた。
長さは一般的な、ペネペローペの戦斧よりも短く、その先には大きな木の板が取り付けられている。
持ち方はむちゃくちゃで、構えもなっていない。
しかし、ペネペローペは口を挟まなかった。
「……こうか!」
力任せに振り回された竹竿は、ぐんとしなり、勢いよく風を打つ。
しかし、木の板が風をまともに受け、あっさりと竹竿から脱落してしまう。
「なんだこりゃ?」
「この板はわざと緩く取り付けております。 正しい振り方をしなければ、そのようにあっさりと落ちてしまうのです。 一度、竹竿をお貸しください」
刃筋を立て、空気を切り裂くようにすれば板は落ちない。
魔王から受け取った竹竿に板を取り付け直すと、ペネペローペはしっかりと構えた。
右足を前に出し、自らを根を張る大樹とイメージ。
一歩踏み出すと同時に、僅かに身体を倒しながら、両の腕を宙に流す。
ただこれだけで、人を両断出来るだけの力が乗る。
力は力みとなり、刃筋を乱す。
ただでさえ力を持て余しているオークのために考えた、ペネペローペの修行法であった。
竹竿は風切り音すらなく、右から左に弧を描いた。
真円には、まだ遠い。
目指す場所を常にイメージしながら、ペネペローペは手首を返す。
竹のしなりを殺し、柄を腰で止める。
足と腰を連動させ、振り上げからの振り下ろし、叩き付けの動きをそのままに、今度は自分の身体を回し、遠心力を多大に載せた袈裟切り。
竹竿の先をぴたりと、魔王の顔の前で止めて見せた。
勿論、風切り音も板が脱落する事もなく、だ。
「わかっていただけましたか?」
「ふん」
鼻を鳴らす魔王に、ペネペローペは自分が調子に乗っていた事に気付かされてしまう。
「し、失礼しました!」
初めて自分が勝っている所を見付け、子供のように調子に乗っていた。
「構わねえよ、こいつは確かに技ってやつだ」
魔王はペネペローペから竹竿を引ったくるようにして奪うと、楽しそうな声音を上げる。
「こいつをマスターすりゃ、俺はもっと強くなれるな?」
「はい、必ず」
素人は腕で振るが、この訓練は絶対にそれではクリア出来ない。
体幹を安定させ、"身体で"振る事を覚えなければいけないが、どんな技も体幹を安定させる事から始まり、どんな得物を扱うにせよ、絶対に損にはならないはずだ。
「いいぜ、ペネやん。 やっぱ俺様の目に狂いはなかった」
お前はロックな男だ、と魔王が言った。
「ロック……ですか」
「ああ、クソみてえに力自慢してるカスどもとは違う、どうしようもないバカだ」
言葉は乱暴だが、魔王の声に嘲りはない。
聞き覚えのある言葉と、真摯さすら感じる魔王にペネペローペは一瞬、自失した。
「こんなバカみたいな真似を、バカみてえにやり続けられる奴は、ロッケンローラーしかいねえ」
それだけを言うと魔王は、ひたすらに竹竿を振り始める。
真剣な表情で、落ちた板を自分で拾い、ペネペローペの動きを思い出すようにゆっくりと、魔王は竹竿を振るう。
魔王の、まだまだ不細工な風切り音は、どこかかき鳴らされるエレキギターの音に似ている。
そんな事を、ペネペローペは思った。
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