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十五話 はじめてのたいまん 上
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「剣製用ホムンクルスに必要なのは、用途に合った形の魂なのよ」
「はあ……」
「で、こうしてぽっきぽきに折れた事によって、剣の魂も欠損してしまった。 でも逆に魂を補完してやれば、理屈の上では戻るんじゃないかしら!」
「……そうなんですか」
「そうよ。 でも問題は―――」
適当に相槌を打っているが、よくわからない事に変わりなく、延々とくっちゃべるユーティライネン殿に私は口を挟む気もない。
魂と言われても坊主の世迷い言としか思ってこなかったし、二度目の生というやつもまぁそういうものだ、としか思ってこなかった。
死んだ所で良ければ煙に、悪くても糞になって土に還るだけだろうに。
魂の実在など別に興味はないのだ。
「……で、結局、どうしたらチィルダは直るのですか」
「今、説明してあげてるんじゃないの、バカ!」
確かにそうだが、相手に理解出来ない説明など何の意味があるのか。
「さっぱりわかりません」
「あんたね……!」
「とりあえず結論だけお願いします」
「産みなさい」
「……はあ」
結論だけ過ぎてわからない。
「なら、こうしましょう。 やるの? やらないの?」
「ふむ」
結局の所、チィルダを直しても相手は魔王だ。
命の危険がある手法を使うらしいが、魔王相手では十中八九、私は死ぬ。
結論は最初から出ている。
「お願いします」
「もう少し迷いなさいよ、つまらないわね! ルーテシア、ちょっと来なさい!」
「は、はい!? なんでしょうか、大賢者様」
慌てて走ってきたルーテシア嬢に、ユーティライネン殿は小さな胸を張った。
「理論を話しても理解出来る相手がいないとつまらないから、一緒に来なさい」
「は、はい……?」
冷たい金属製の寝台が私の素肌から熱を奪って行く。
ユーティライネン殿の家に戻ってきた私は、全裸になっていた。
身を隠す布も、頼りになる愛刀もなく、冷たい寝台の上に縛り付けられている状況は、私でなくとも落ち着かないだろう。
「始めるわ」
「はい、大賢者様」
清潔感のある白い服と口元を隠す布、髪を纏める頭巾を被った二人。
始めは戸惑っていたルーテシア嬢だったが、何をやるか聞いた途端に協力的な態度を取り始めた。
「まずは患部の消毒」
「あふっ」
へそと恥骨の間をひんやりとした水で清められ、思わず声が出てしまう。
当然のように口には不可視の触手が、猿ぐつわのように押し込まれていて、おかしな声しか出ない。
「大賢者様、こちらを開くより、別な部分から入れてはいかかですの?」
「いざ使う時、裂けたらちょっとね……。 縫って治癒しても、やっぱり弱くなるし」
「ああ、そうですわね」
そうですわね、と言われても。
まな板の鯉だって、まだ跳ねる自由はあるだろうが、今の私にはそれすらない。
「本来であれば男女の魂が結合し、子供が生まれる。 そこをホムンクルスの魂と、人間の魂が結合したらどうなるか、というのがこの実験のテーマね!」
「さすが大賢者様ですわ!」
魔術師という者は頭がおかしくなければ出来ない。
自然の理を解き明かす、などと言いながら動物の腹を切り開く魔術師達に、禍がありますように。
「メス」
「はい」
特に私の腹を切り開こうとする連中に!
「これよりオペを始めます」
「鳥うめえ」
「待て、それはおでの肉だ」
マゾーガの指摘を無視して、僕はかしらの肉にかぶりつく。
じっくりと焼かれて滲み出た肉汁と、クリスさん特製のタレが何とも言えない美味さを作り出し……とにかく美味い。
「マゾーガ、僕達は仲間だ。 だけど、それは食事時には関係ない」
「貴様ァ……!」
大体、さっきマゾーガだって僕のもも肉を奪ったじゃないか……!
「醜い争いですね……」
食糧がないから皆、争うんだ。
食べるのに困らない国が戦争を始める事なんて、滅多にない。
うんざりとした顔で肉を焼き続けるクリスさんのぼやきに、僕は世界が平和になればいいな、と思った。
具体的には胃袋の平和だ。
「……ん?」
マゾーガと生存競争をしていると、ばっさばっさと羽音が聞こえてきた。
「ドラゴンだ!?」
想像していたトカゲの親玉みたいなドラゴンに、岩肌のような鱗をくっつけたような姿だが、前足の代わりにくっついているアンバランスな巨大な羽は危なげなく、その巨体を宙に浮かせている。
何かを探しているのか、きょろきょろとあちこちを見渡しているドラゴンは……あ、目が合った。
どうやら争う気はないらしく、ドラゴンはこちらを警戒させないためかゆっくりと近付いてくる。
クリスさんは手早く片付け、すでに逃げ出していて残るのは、まだ食べきれなかった肉だけだ。
逃げ足早いな……。
それはともかく最悪、この肉を囮に逃げるしかない。
「問う、そこの人間」
僕達から少し離れた所でホバリングするドラゴンの口から、思ったよりもはっきりとした言葉が発せられて、僕はファンタジーだなあ、とのんきな事を考えていた。
やっぱりドラゴンはファンタジーの華だよね。
「……なんでしょうか?」
「この辺りで神鳥シムルグを見なかったか。 その場所を我に教えるのなら、我はうぬを見逃そう」
ドラゴンと戦うとかやってられない。
ここは正直に言うべきだろう。
「これです」
「……なに?」
僕は手に持っていた肉を掲げた。
「神鳥シムルグです、これが」
「なん……だと……」
鳥とドラゴンとか、ライバル関係だったのかなあ。
ショックを受けたのか、ドラゴンはゆっくりと地面に降りてきた。
「先輩……!」
血を吐くような声でドラゴンは叫んだ。
「先輩……?」
あ、何かやらかした気がする。
ドラゴンの、思ったよりつぶらな瞳から涙が流れ始めた。
「貴様か……!」
「ち、ちょっと待って!」
ドラゴンがパカッと口を開いた。
勿論、噛まれたら僕なんてあっさり食いちぎられそうな、鋭い牙が並んでいる。
「我が名は魔王軍四天王の一人、風のフリードリヒ」
その言葉と共に吐き出されたのは、文字通りのブレス。
台風の何倍も強そうな風が、僕達に迫っていた。
「先輩の仇、討たせてもらうぞ、人間!」
「はあ……」
「で、こうしてぽっきぽきに折れた事によって、剣の魂も欠損してしまった。 でも逆に魂を補完してやれば、理屈の上では戻るんじゃないかしら!」
「……そうなんですか」
「そうよ。 でも問題は―――」
適当に相槌を打っているが、よくわからない事に変わりなく、延々とくっちゃべるユーティライネン殿に私は口を挟む気もない。
魂と言われても坊主の世迷い言としか思ってこなかったし、二度目の生というやつもまぁそういうものだ、としか思ってこなかった。
死んだ所で良ければ煙に、悪くても糞になって土に還るだけだろうに。
魂の実在など別に興味はないのだ。
「……で、結局、どうしたらチィルダは直るのですか」
「今、説明してあげてるんじゃないの、バカ!」
確かにそうだが、相手に理解出来ない説明など何の意味があるのか。
「さっぱりわかりません」
「あんたね……!」
「とりあえず結論だけお願いします」
「産みなさい」
「……はあ」
結論だけ過ぎてわからない。
「なら、こうしましょう。 やるの? やらないの?」
「ふむ」
結局の所、チィルダを直しても相手は魔王だ。
命の危険がある手法を使うらしいが、魔王相手では十中八九、私は死ぬ。
結論は最初から出ている。
「お願いします」
「もう少し迷いなさいよ、つまらないわね! ルーテシア、ちょっと来なさい!」
「は、はい!? なんでしょうか、大賢者様」
慌てて走ってきたルーテシア嬢に、ユーティライネン殿は小さな胸を張った。
「理論を話しても理解出来る相手がいないとつまらないから、一緒に来なさい」
「は、はい……?」
冷たい金属製の寝台が私の素肌から熱を奪って行く。
ユーティライネン殿の家に戻ってきた私は、全裸になっていた。
身を隠す布も、頼りになる愛刀もなく、冷たい寝台の上に縛り付けられている状況は、私でなくとも落ち着かないだろう。
「始めるわ」
「はい、大賢者様」
清潔感のある白い服と口元を隠す布、髪を纏める頭巾を被った二人。
始めは戸惑っていたルーテシア嬢だったが、何をやるか聞いた途端に協力的な態度を取り始めた。
「まずは患部の消毒」
「あふっ」
へそと恥骨の間をひんやりとした水で清められ、思わず声が出てしまう。
当然のように口には不可視の触手が、猿ぐつわのように押し込まれていて、おかしな声しか出ない。
「大賢者様、こちらを開くより、別な部分から入れてはいかかですの?」
「いざ使う時、裂けたらちょっとね……。 縫って治癒しても、やっぱり弱くなるし」
「ああ、そうですわね」
そうですわね、と言われても。
まな板の鯉だって、まだ跳ねる自由はあるだろうが、今の私にはそれすらない。
「本来であれば男女の魂が結合し、子供が生まれる。 そこをホムンクルスの魂と、人間の魂が結合したらどうなるか、というのがこの実験のテーマね!」
「さすが大賢者様ですわ!」
魔術師という者は頭がおかしくなければ出来ない。
自然の理を解き明かす、などと言いながら動物の腹を切り開く魔術師達に、禍がありますように。
「メス」
「はい」
特に私の腹を切り開こうとする連中に!
「これよりオペを始めます」
「鳥うめえ」
「待て、それはおでの肉だ」
マゾーガの指摘を無視して、僕はかしらの肉にかぶりつく。
じっくりと焼かれて滲み出た肉汁と、クリスさん特製のタレが何とも言えない美味さを作り出し……とにかく美味い。
「マゾーガ、僕達は仲間だ。 だけど、それは食事時には関係ない」
「貴様ァ……!」
大体、さっきマゾーガだって僕のもも肉を奪ったじゃないか……!
「醜い争いですね……」
食糧がないから皆、争うんだ。
食べるのに困らない国が戦争を始める事なんて、滅多にない。
うんざりとした顔で肉を焼き続けるクリスさんのぼやきに、僕は世界が平和になればいいな、と思った。
具体的には胃袋の平和だ。
「……ん?」
マゾーガと生存競争をしていると、ばっさばっさと羽音が聞こえてきた。
「ドラゴンだ!?」
想像していたトカゲの親玉みたいなドラゴンに、岩肌のような鱗をくっつけたような姿だが、前足の代わりにくっついているアンバランスな巨大な羽は危なげなく、その巨体を宙に浮かせている。
何かを探しているのか、きょろきょろとあちこちを見渡しているドラゴンは……あ、目が合った。
どうやら争う気はないらしく、ドラゴンはこちらを警戒させないためかゆっくりと近付いてくる。
クリスさんは手早く片付け、すでに逃げ出していて残るのは、まだ食べきれなかった肉だけだ。
逃げ足早いな……。
それはともかく最悪、この肉を囮に逃げるしかない。
「問う、そこの人間」
僕達から少し離れた所でホバリングするドラゴンの口から、思ったよりもはっきりとした言葉が発せられて、僕はファンタジーだなあ、とのんきな事を考えていた。
やっぱりドラゴンはファンタジーの華だよね。
「……なんでしょうか?」
「この辺りで神鳥シムルグを見なかったか。 その場所を我に教えるのなら、我はうぬを見逃そう」
ドラゴンと戦うとかやってられない。
ここは正直に言うべきだろう。
「これです」
「……なに?」
僕は手に持っていた肉を掲げた。
「神鳥シムルグです、これが」
「なん……だと……」
鳥とドラゴンとか、ライバル関係だったのかなあ。
ショックを受けたのか、ドラゴンはゆっくりと地面に降りてきた。
「先輩……!」
血を吐くような声でドラゴンは叫んだ。
「先輩……?」
あ、何かやらかした気がする。
ドラゴンの、思ったよりつぶらな瞳から涙が流れ始めた。
「貴様か……!」
「ち、ちょっと待って!」
ドラゴンがパカッと口を開いた。
勿論、噛まれたら僕なんてあっさり食いちぎられそうな、鋭い牙が並んでいる。
「我が名は魔王軍四天王の一人、風のフリードリヒ」
その言葉と共に吐き出されたのは、文字通りのブレス。
台風の何倍も強そうな風が、僕達に迫っていた。
「先輩の仇、討たせてもらうぞ、人間!」
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