剣戟rock'n'roll

久保田

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十七話 戦うな、マゾーガ 下

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 暗い闇の中、マゾーガは堰を切ったように内心を話し始めた。

「兄者は、本当は誰かを、傷つけられる人じゃないんだ」

 僕の知るマゾーガの兄は、戦うために生まれてきたような、典型的なオークにしか見えず。

「優しい、兄なんだ」

 そのマゾーガの言葉が、上手く僕の中で消化出来ないでいた。

「どうして、そんなお兄さんは魔王軍に?」

「よくある、話だ」

 確かに、それはよくある話だろう。

「おで達が、住んでいた村は、人間に滅ぼされた」

 物語が好きな人なら、一度や十度は聞いた事があるような手垢のついたような展開だ。
 だけど、実際にそんな目に合った相手を前に、僕は何を言えるんだろう。

「おでも、人間が憎い」

 僕に、何かを言う資格があるのか。
 何もわかっていない人間の子供に、わかったような言葉をかけられたら、マゾーガを傷つけるのは確かだ。
 血を吐くように、それだけを言うマゾーガを前にして、僕は立ち竦む事しか出来ないでいる。

「いけないと、思った。 復讐なんて、誰も喜ばない。 わかっでるんだ」

 だから、とマゾーガは言葉を切った。

「人を助けた、おとぎ話の騎士みたいに」

「マゾーガ……」

「でも、だからって兄者は斬れないだろう………!」

 どちらを選ぶ、という話ですらない。
 親の仇と戦うか、たった一人残った肉親と戦うかなんて問いかける方がどうかしている。
 でも、それだけなんだろうか?
 僕が今まで見てきたマゾーガは、ただ復讐の裏返しだけで戦ってきたわけじゃないはずだ。

「あのさ……僕は」

 音は無かった。
 だけど、僕とマゾーガは弾かれるように動く。
 血の臭いが、した。
 暗い森の小倉から濃い血臭が臭ってきた。
 何度も嗅いだ戦いの臭いは、歴戦の闘士であるマゾーガは勿論、僕のようなあまっちょろいガキにも迷ったままでは許さないと伝えてくる。

「ちっ」

 舌打ちと共に現れたのは、一人のオークの姿だった。
 首をごきごきと鳴らしながら、言ってしまえばおっさんくさい仕草だ。

「まったくよぉ~、なんで気づいちまうのかねぇ。 お前、あんま俺に手間かけさせんなよ」

 喋りまでおっさんくさいが、そこには暢気さの欠片も感じられない。
 そこにあるのは殺しに慣れ、当たり前のように仕事として人を始末するプロの姿があった。
 獣臭く生臭さを感じる吐息、戦場で生きる者らしく
 全身には古傷があちこちに刻まれている。
 急所のみを守る黒塗りされた金属鎧と、腰の後ろに二本、背中に四本。 計六本の剣を担いでいるオークの立ち姿に不自然な所は感じられなかった。
 軍で三等兵見習いをしている時、聞いた事がある。
 歴戦の傭兵は一本が折れても、まだ戦うためにこのように自分の身体に剣をくくりつけておくらしい。
 斬られたとしても、下手な鎧より剣で受けた方がマシだろうし、合理的なのかもしれないな。

「そういやよ、そこの兄ちゃん」

 そして、そんな合理的なはずの傭兵が独りで姿を表した理由。

「今だ」

 自分に注目を集めて、別方向からの奇襲だ。
 森の奥から十本ばかりの矢が、風を切る音と共に僕に向かってくる。

「来い!」

 聖剣の重い刀身を一振りし、その全てを打ち払う。
 矢をよく見てみれば、鏃に返しがなく、尖らせた鉄の棒がついているだけだ。
 つまり、殺傷力が減っている代わりに、矢が飛んでくる音がしにくい。
 正確な狙いといい、奇襲を専門にする部隊か。

「バリー!?」

「あ、誰だ……? って、シャルロット姫様じゃないですかい!?」

「し、知り合い!?」

「ああ、兄者の守役だったバリーだ……」

「姫様、生きてなすったんですか! こいつはめでたい!」

 バリーと呼ばれたオークの言葉を皮切りに、森からぞろぞろとオーク達が姿を表す。
 数にして、三十ほどか。
 重い全身を守るフルプレートメイルのような武装をしている者はおらず、思い思いの装備だ。
 しかし、軽装でありながらも、しっかり使い込まれた風情が出ている。

「まさか、こんな所で姫様に会えるとは、ペネペローペ様もお喜びになりますぜ!」

 傷だらけの顔をくしゃくしゃにして笑うバリーと仲間のオーク達からは、悪い物は感じず、ただ喜びの感情しか感じられなかった。
 表情がわかりにくいマゾーガも(最近、無表情で食べている時ほど、美味しいと思ってるようだと気付いたくらいだ)、仲間達との再開に喜びを面に出している。

「おっと、再会を喜ぶのは後にしやしょう」

 バリーは言った。
 ちょっと近所にサンダルで出かけてくる、そんな気軽さで、マゾーガの微笑みを打ち砕いたんだ。

「ちょいと、人間どもの街、焼き払ってきやすね。 詳しい話は、またあとで」

「バリー?」

 ここで何故、マゾーガが自分を呼び止めるのかがわからない。
 そんなきょとんとした表情をするバリーに、理解の色が浮かんだ。

「大丈夫でさあ。 一発かましたら、さっとケツまくってきやすから。 なぁに、心配なんていりませんや!」

 姫様に心配してもらえるなんて!と感激するオーク達が、僕達の横を通りすぎていく。

「待て、バリー」

「ははは、ちょいと待っててくだせえ」

  マゾーガの意思を無視して、だ。

「マゾーガ、このままで」

 いいのか、と続けようとした瞬間、

「マゾーガ、だ? そこの人間……今、マゾーガって言ったか?」

 バリーのへらへらした態度は一転し、強烈な殺気が僕に放たれた。

「まさか……姫様、マゾーガとお名乗りになってるんけ……ありやせんよね?」

 そして、その殺気はマゾーガにも向かう。
 一体、マゾーガって名前に何の意味があるんだろう。
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